2.江藤さん
「あった。僕3組だ」
「俺は4組。吹雪は……2-1か」
「忠、さすがにそれは過保護すぎない?」
この男は吹雪のクラスに問題児がいないか、毎回クラス表をチェックしているのだ。心配性というか、過保護というか。
かく言う僕も、こっそり2年の欄を確認してしまうのだけれど。
「あっ、三木くんおはよー!クラスどこだった?」
朝一番の頭には少々辛い、高く響く声。
「あぁ、おはよう。俺は4組だったぞ」
「あーぁ、それじゃ初めて離れたね。あたし3組なんだ」
パワフルな声の主は、残念そうにクラス表を見上げた。顔は見たことがある。忠と、神谷さんを通じて仲良くなった子だ。名前は、なんて言っただろう。不自然なくらい、思い出せない。
「3組だったら、叶と一緒だな。」
「えっ、若松君3組なの?」
「あぁ、うん。そうだよ。僕も3組」
「そうなんだ、よろしくね!」
「こちらこそ、よろしく」
無邪気に笑いかけられて、僕はぎこちなく愛想を返した。
「……若松君。あたしの名前分かってないでしょ」
「えっ……はは、ごめん」
こうも澄んだ目で指摘されては敵わない。僕は素直に白旗を上げた。
「あははっ、同じクラスになるの初めてだしね。あたし、江藤夏奈。よろしくね、若松叶君」
「?そういえば、何で僕の名前……」
「三木君から話は聞いてるよ、色々と」
「ちょっと待って、何話したの忠。」
色々と、のニュアンスは、どう聞いてもいいものではない。
僕が問い詰めると、忠は白々しく顔を背けた。
「さーて、予冷なるぞ。急げー」
「忠!」
僕の声は、忠の予告通りの予鈴で掻き消えた。掲示板に群がっていた生徒たちが、一斉に歩き出す。僕たちもその波に倣って校舎へと雪崩れ込んだ。
「若松君って、三木君のこと(忠)って呼んでるの?」
「うん、忠平だからね。小学校からこうだよ」
「いいなぁ」
「?そう?」
名前を省略しただけの、ごく普通のあだ名だと思う。
「うん、仲良さそうだし……何だろ、懐かしい感じ」
前を行く忠が、一瞬だけ江藤さんに視線をやった。
「ねぇねぇ、あたしも忠君って呼んじゃダメ?」
「……好きにしろ」
忠は、嫌なことは嫌だとはっきり言える人だ。そんな忠が投げやりな承諾を返したのが、僕には少し意外だった。
「やった。じゃ、忠君ね!」
江藤さんは何も知らず無邪気に喜んでいるけれど、僕はどうにも違和感がぬぐえないまま隣の教室へと入っていく忠を見送った。
「若松君、早くしないと式遅れるよ」
「あ、あぁ。そうだね」
始業式が始まるまでに、体育館に移動しなきゃならない。ドアを開けると、残っていた数人も慌ただしく支度をしていた。
黒板に、教卓の上の座席表で自分の席を確認するよう書かれている。
「あ!あたし達席近いよ」
「あ、本当だ」
名簿順に、まず男子が並んで、そのあとに女子が並ぶ仕組みだ。男子最後の僕と、女子で3人目に当たる江藤さんの席は自然と近くなる。江藤さんの席は、僕の斜め前に配置されていた。
「1年間よろしくね、若松君」
「こちらこそ。とりあえず、早く体育館いこうか」
教室からカウントダウンのように1人、また1人と減っている。そろそろ出ないとまずい。
「ちょっと急いだ方がいいね。いこっか」
江藤さんは時計を確認すると、ひょいと教壇から飛び降りた。鞄につけられた大きなキーホルダーが勢いよく揺れる。あんなにつけて、重くないのだろうか。
僕は何もつけていない自分の鞄を席に置きながら、揺れるキーホルダーたちを眺めていた。