15.甘いコーヒーと夜の作戦会議
何となく、その晩は勉強に集中できていなかった。
普段は集中するために手元に置かない携帯を、その晩は机の上に置いてみたりして。
虫の知らせというやつだろうか。着信ランプが灯ったときも、迷うことなく手に取っていた。相手は、見なくても分かるような気がした。
『もしもし、叶?今大丈夫?』
「うん、丁度勉強がはかどらなくて気分転換したかったところだよ。」
勉強のお供にと手元においたコーヒーを一口すする。眠気覚ましのために、砂糖もミルクも入れていない。お喋りのお供に変えるため、僕は自分好みに甘みを加えた。
「それで、どうかした?わざわざ電話なんて」
吹雪の次の言葉が届くまでに、コーヒーを2口味わえる程の間があった。
『叶は、渡部君って1年の子知ってる?』
知っているも何も、今日の昼その名前を知ったばかりだ。
「渡部君、ね。忠からきいたよ。生徒会室に連れて行ったんだって?」
『そうなのよ!』
思わず、携帯を耳から離す。電話の向こうでもガタン、と机が揺れるような鈍い音がした。
『こんなこと、今までなかったわ』
「そうだね。よっぽど気に入ったのかな。昼休みも楽しそうに話してたよ」
『……叶は、どう思った?』
冗談やはぐらかしは通用しないだろう。
僕は忠ほど鈍くない。それを、この幼馴染は知っている。
「多分、吹雪と同じだよ……重ねてるかもね、(あの子)に」
僕は、正直に望まれた答えを返した。何もないよ、大丈夫。そう嘘をつくのは簡単だ。でも、吹雪が求めているのはそんな言葉じゃない。
『やっぱり、叶もそう思う?』
吹雪はいくらか覚悟していたように深く息を吐いた。
『今日、クラスの図書委員に言われたわ。忠平が、やけに渡部君のことを気にかけてたって』
それが、吹雪の中の不安を大きくしたのだろう。珍しく僕に電話をかけてくる程に。
『雰囲気が似てるもの。彼と、咲楽ちゃん。見た瞬間に思い出しちゃったわよ』
久しぶりに聞く名前は、あえてぼかした僕に正面から現実を突きつけた。漠然としていた不安が、形になっていく。やっぱり、考えていることは同じだ。
「そうだね。僕を怒鳴るところなんてそっくりだ」
『待って、何したのよ』
教室を教えてあげたんだよ、なんて言ったら渡部君にまた怒鳴られるだろうか。。
僕は何も言わずに電話口でこっそりと苦笑した。
「大丈夫かしら、忠平。少し不安なの。渡部君に近づくことで、忠平が咲楽ちゃんを思い出して不安定になるんじゃないかって」
ありえないと断言できれば、どれだけ楽だろう。目に見えない傷は、治っているかどうかは触れてみないと分からない。大きな傷に触れて確認する勇気は、僕等にはなかった。
「どうかなぁ。委員会なんて1年の付き合いなんだから、3年と1年じゃそれほど関わることもないんじゃない?」
『そこをわざわざ関わりに行くのがあの世話焼き男なんじゃないの』
「……おっしゃる通りで」
あぁいう不器用な人間を放っておけない。それが三木忠平という男だ。
僕は残っていたコーヒーをすすり、息を整えた。
「でも、僕らには見守ることしかできないよ。それに、忠はそんなに弱くない。吹雪だって知ってるでしょ」
『そう、よね。ありがとう、叶』
しおれた花に水を1すくいかけたように、吹雪の声は気休めの回復を見せた。
『ちょっと落ち着いたわ。ありがとう。ごめんなさいね、勉強中だったでしょ』
「いいよ、僕も気になって勉強に集中できてなかったから。むしろ助かったよ」
まだ夜の9時にもなっていない。ここからは勉強に集中できそうだ。
少し他愛もない話をして通話を終えると、僕は携帯をベッドに投げて机に向かった。
次の日起こる騒ぎを考えれば、夜遅くまで勉強している場合でもなかったのかもしれないけれど。




