1.高校最後の一年、その始まり
幼いころから、明らかに自分のものではない記憶を持て余している。
見慣れた両親や祖父母の顔が浮かぶものもあれば、時代劇に出てきそうな景色の中を歩いているものまで、その内容は様々だ
他人の人生を覗き見るといえば、楽しそうに聞こえるかもしれない。
誰かが目の前で死ぬものもあった。記憶の主が死にそうな目に合うこともあった。
所詮、記憶に刻み込まれている(傷)だ。碌なものじゃない。
この悩みが他人に理解されないと悟った時から
僕は、自分の人生を諦めたのだ。
新学期
高校3年生ともなると新鮮味もないが、緊張した様子の新入生達は微笑ましい。
そんな新入生たちも混じる流れに乗って校門をくぐり、クラス表のある掲示板へと向かう。
掲示板に群がる生徒の多さに思わず足を止めると、その横を荷物を抱えた女子が歩いていくのに気が付いた。
「吹雪、おはよう」
「あ、叶。おはよう」
両手いっぱいに荷物を抱えて頑張っているこの娘は黒瀬吹雪。
僕、若松叶の幼馴染だ。
「生徒会の荷物?手伝おうか」
「大丈夫よ、そんなに重くないから。そっちこそ、早めにクラスを確認しておかないと遅れるわよ」
一応、僕のほうが一つ年上なはずなのだけど。大真面目な顔で言う吹雪に、僕は苦笑してクラス表を見遣った。
「人が多すぎてね。あれじゃ並ぶ気になれないよ……」
「まぁ、そうよね。毎年あの状態だから何とかしなきゃとは言われてるんだけどなかなか……あ、悪いけど私そろそろいかないと。遅れないようにね」
「うん、お疲れ様。またあとでね」
去年の吹雪は新入生側だったけれど、今年は生徒会副会長として新入生を迎える立場だ。体育館へと向かう吹雪を、僕は保護者のような気持ちで見送った。
「ほんと、吹雪はよく働くわよね」
「ねー……で?何でここにいるのさ、生徒会長サン?」
吹雪が生徒会の副会長で、当然そこには生徒会長というものが存在する。それが、今僕の横でうなずいている神谷千歳さんその人だ。いつから居たのか、全く気が付かなかった。
「息抜きよ息抜き。たまにはいいでしょ?」
「そう言っていつも吹雪に怒られてるでしょ。戻らなくていいの?」
「やーよ。私新入生歓迎の挨拶もあるんだから、今息抜きしておかないと緊張して新入生の前で失敗するかもしれないでしょ」
「お前がそんな繊細なたまか」
とつぜんの低い声と共に、神谷さんの襟がしっかりと掴まれる。
その先には、吹雪同様、僕の幼馴染である三木忠平が立っていた。
「忠。おはよ」
「よ。クラスもう見たか?」
「いや、あの大群に入る勇気はなくて……」
「まぁ、すごいもんな毎年。俺ももう少し様子を見るか」
淡々と喋りながらも、忠の手はしっかりと神谷さんを捕まえている。自由奔放な神谷さんと生真面目な忠の追いかけっこはいつものことだ。今日は忠の勝ちらしい。
「ちょっと、みっきー!放しなさいよ!」
「みっきーって呼ぶな。……お、きたきた。喜べ神谷。迎えだぞ」
「会長?なにしてらっしゃるんです?」
「あ、ふ、吹雪……」
さっきの爽やかさから一転。吹雪の顔は般若のように威圧感を放っていた。神谷さんが、僕の後ろに隠れる。
「もう入学式の最終確認やってるんですよ!何やってるんですか」
「いや、ちょっとした息抜きを、ね?」
「行きますよ。あ、忠平。連絡ありがとう」
「連絡って何!?もしかして、みっきーが吹雪にちくったの!?」
「どうせ叶あたりに絡んでるだろうから、見つけたらメールしてくれって言われてたからな」
2人が勝ち誇ったように携帯を掲げる。僕を含めて3人でよく遊んでいたからか、2人はいつも息がピッタリだ。
「う、裏切り者ぉぉぉぉぉ!みっきーの馬鹿あぁぁぁぁぁ!」
「はいはい、行きますよー」
慣れた様子で神谷さんを連行する吹雪は、とても頼もしい。それは結構なのだけれど、周りの新入生たちの怯えるような視線が少々心配だった。
「裏切りものって……俺、あいつの味方になったことあったか?」
「忠、もうちょっと言葉選ぼう?」
「冗談だ。さて、俺らもそろそろクラス表見に行くか」
「そうだね」
いつの間にか、クラス表の前の行列はかなり減っていた。
それだけ、予冷が近いということでもある。吹雪の手前、式に遅れるわけにもいかない。
てきぱきと進んでいく忠に、僕も慌てて後に続いた。