その気持ちは、『愛』ではありませんか?
「はぁ・・・根が深いですね」
珍しく、呆れたようなケイトさんの深い溜め息。
「このようなことは、あまり言いたくないのですが」
そう前置きしたケイトさんの言葉に、嫌われてしまっただろうかと身構える。
「実はわたし、セディック様とネイサン様のご両親の話を聞いたときから、彼らのことが嫌いでした」
「え?」
「でも、今。更に大嫌いになりました」
顰められた顔に、静かな怒りを感じる。
「知っていますか? セディック様。人間は・・・自分の子供を生んだだけでは、母親には成れません。そして、自分と血の繋がった子供が生まれただけでは、父親には成れないのですよ。そういう意味では、セディック様とネイサン様のご両親は、親に成り切れなかった残念な方々ということになります」
「?」
「セディック様と、ネイサン様をお育てになったのは、誰ですか? ご家族の方と言われて、すぐに思い浮かぶのは誰のお顔でしょうか? ネヴィラ様とヒューイ様ではありませんか? クロシェン家の方々ではありませんか? 彼らは、セディック様とネイサン様のご家族ではありませんか?」
「それ、は……」
「セディック様は、彼らに愛されているのではないですか? それとも、セディック様は彼らからの愛情を感じられませんか?」
ケイトさんの質問に、首を振って否定する。
「セディック様の言葉を聞いたら、ネヴィラ様とヒューイ様は、セディック様に家族だと思われていなかったのだと、ショックを受けてしまいますよ。それに・・・」
ぐいっと頬に手を添えられ、無理矢理上げられた顔を、ケイトさんに真っ直ぐに覗き込まれた。
「わたしは、セディック様に傷付けられる程柔じゃありません。もしセディック様が間違ったことをしたら、引っ叩いてでも止めてあげます。わたしの平手打ちは痛いですから、覚悟してくださいね? リヒャルトのことを悪く言った元婚約者を、吹っ飛ばしたこともあるんですから」
強くて、優しい眼差し。
「ぁ、ははっ……痛いのは、嫌だなぁ……」
確かに。ケイトさんなら、あっさりと僕を制圧できそうだ。きっと、素手じゃ敵わない。
そして……ケイトさんの元婚約者はリヒャルト君のことを悪く言ったから、縁を切られたのか。
「それから、今からわたしはとても嫌なことを言いますので。怒ってくれても構いません」
「え?」
「ご両親の愛情を知らないというなら・・・セディック様と同じご両親を持つネイサン様は、ご自分の子供が生まれたら、可愛がることができないと思っているのですか? 疎んでしまうと思いますか? 酷いことをすると思いますか? ネイサン様が、スピカ様を傷付けると思っているのですか?」
「ネイトがそんなことする筈ない!」
「ええ。わたしも、そう思います。ですが、セディック様はご自分のことをそういう風に思っていらっしゃるのですよね? 違いますか?」
「そ、れはっ……」
「ご自分がそうなる可能性があるというのでしたら、ネイサン様も同じではありませんか?」
「ネイトは、違う。ネイトは、とっても優しくて。それ……に、ネイトは、愛されてる、から……」
「それでしたら、セディック様だって同じです。ネヴィラ様に、ヒューイ様に、ネイサン様に愛されているではありませんか」
確かに。お祖父様とおばあ様が両親に邪険にされて嫌がられながらも、ずっとハウウェル子爵邸に来て、気に掛け続けてくれなければ、あの両親の許にいた僕達はまともな貴族としてはやって行けなかっただろう。
ネイトも、こんな僕のことを・・・
「リヒャルトも、セディック様のことをセディー兄様と呼んで慕っています。わたしも・・・セディック様のことが好きなのですよ? その想いは、伝わっていませんか?」
「へ?」
ぱちぱちと瞬くと、クスリと柔らかく微笑まれた。
「そもそも、あれだけネイサン様のことを溺愛しているセディック様が、『愛を知らない』ということはあり得ないことだと思いますよ? セディック様は、もしもわたしが『愛を知らない』のだと言ったら、信じますか?」
「いえ、ケイトさんが愛を知らないだなんて、そんなことは絶対にあり得ません。あれだけリヒャルト君を可愛がっているじゃないですか」
「ほら、ね? セディック様も、同じです。ずっと、ネイサン様を愛して来たのでしょう? 大好きで、大切にしたいと慈しむ気持ち。その気持ちは、『愛』ではありませんか?」
「あっ……」
「ふふっ、いずれにしろ……先のことは、いざそのときになってみないとわからないものです。先々の、する必要のない心配をすることを、杞憂というのですよ?」
「う……」
頬に添えられていた手が離れ、
離れた温もりが寂しいと思った瞬間、ふわりと抱き締められた。
「わたしは、セディック様の子供なら生んでもいいですよ? とは言え、子供は授かりものですからね。別に、何年先だって構いません」
囁かれたケイトさんの言葉に、顔が熱くなる。
でも――――
「・・・ネイトに、ずっとつらい思いをさせていた原因である僕が、幸せになってもいいのかな?」
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