はぁ・・・根が深いですね。
※ちょいセンシティブな話かもです。
「・・・大丈夫ですか? セディック様」
うちに着いてからリヒャルト君を帰すと、ケイトさんが僕の顔を覗き込んで聞いた。
「えっと……?」
「セディック様」
「はい」
「セディック様はご自分ではお気付きになられていないかもしれませんが、レイラ様とレオル君のお見舞いに行くと、よくぼんやりとされていますよ?」
「……ああ、それは……うん」
自覚はしている。
「そのお顔が、わたしには切ないような表情に見えます。ロイ様とレイラ様、レオル君を見ているのは、おつらいのですか?」
気遣わしげなケイトさんの表情。そう言えば・・・さっきはルリアさんにも気を遣わせてしまった。後でお礼をしなきゃ。
「ううん。つらくはないんです。ただ・・・」
そう、ロイ君がレイラさんと仲良く、二人で愛おしそうにレオル君を見ている。そこに、リヒャルト君やルリアさんが加わって、赤ちゃんと仲良くしたいと笑う。そんな光景が――――
「ただ、なんですか?」
「僕にはロイ君達が、少し眩しいかな、って」
父親と母親があんな風に仲良く、自分の子供……ネイトを宝物のように、愛おしそうに見詰める。僕も、弟と仲良くなりたいと傍にいて――――
そんな光景が――――在ればよかったのに。
夫婦であるお互いしか愛していなかった両親。ネイトが、おばあ様に似ているからと嫌悪した両親。僕のことを心配している振りをして、お祖父様とおばあ様を責める道具にしていた両親。僕からネイトを取り上げ、ネイトを冷遇して、傷付け続けた両親。
「そうですか」
「うん。両親の仲が良くて、生まれて来た子供を愛するって・・・」
うちとは程遠い光景。見たことのなかった光景。望んでいたのに叶わなかった、幸せそうな光景。
なにかが違っていたら――――両親が、ネイトを疎むことがなくて。偶に叱られたりもするけど、ちゃんと可愛がられていて。僕とネイトは普通の兄弟のように、あの家で仲良く一緒に育っていたかもしれない。
でも、そんなことにはならなかった。
「すっごく理想だよなぁって」
だから・・・僕には、ロイ君達が眩しく感じる。ほんの少し、胸が痛むくらいには。
「まぁ、幼少期には、既に両親のことを切り捨てる気満々だった僕がそう思うのは、かなり今更なんですけどね」
「いいえ、そんなことはありません。子供が、親の愛情を欲しがるのは当然のことです。なにもおかしいことなどありません」
首を振り、真摯に僕を見詰める瞳。
「ふふっ、ありがとうございます。もう一つ・・・聞いてくれますか?」
「はい。なんでしょうか」
「僕は、今が幸せなんです。ネイトは……今はちょっとうちにいないけど。でも、お祖父様とおばあ様と、ネイトと一緒に暮らせて。ネイトを虐げる人がいなくて。ネイトが笑っていられる」
「はい」
「ケイトさんがネイトを可愛がってくれて。ネイトもリヒャルト君を可愛がっている」
「はい。わたしも、幸せです」
「覚えていますか? ケイトさんと結婚するに当たり、僕は自分の子供はいなくてもいい。ケイトさんが子供を欲しいというのであれば、話は別ですけど……と。約束をしたことを」
「はい」
「先程、ロイ君にも言われましたね」
『次は、セディックさん達の番ですか』と。
「・・・ケイトさんは、子供が欲しいですか?」
要らないなら、要らないでいい。
そのときには無論、子供ができないのは、僕に問題があるからだという風に周知させることだって厭わない。僕が幼少期に身体が弱かったのは、有名なことだし。それで子供ができなくなったと思われたところで、別になんてことはない。
跡取りだって、伯母様のところから引っ張って来たり、将来ネイトとスピカちゃんのところに生まれた子を後継にしたって全然構わない。
ただ、僕達の間に子供ができないことで、ケイトさんにはなんの瑕疵も無い。それだけは声を大にして主張する。ケイトさんが望むなら、離縁だってする。
そういう覚悟は、いつだってしている。
だけど・・・
「セディック様は、どうお考えですか?」
質問に質問で返される。
「僕、は・・・ケイトさんが、望むなら・・・」
答えた声が、思ったよりも小さく掠れている。ああ、みっともないなぁ。
「セディック様は、ご自分の子供ができることが怖いのですか?」
真っ直ぐに見詰める瞳を見ていられなくて、目を伏せる。
「僕、は……」
「はい」
急かすことなく、話を聞く姿勢を見せるケイトさん。
「自分の両親が、ずっと嫌いでした」
「はい」
あの二人が、僕から小さかったネイトを取り上げた。ネイトに冷たくした。ネイトを傷付けた。だから、嫌いだった。ずっとずっと、大嫌いだった。
「愛情のある振りをして、お祖父様とおばあ様を責める為の道具にされることが嫌だった。なにより、僕を理由にして、ネイトに酷いことをするのが心底赦せなかった」
「はい」
普段、母はずっと僕に付いていた。でも、母からの愛情なんて感じたことなど無かった。
「それに、僕は……普通の家庭というのを知りません。貴族の家なら大して珍しくもないかもしれませんが。家族全員で食事をした覚えも、殆ど無い。父と母と、話の通じる会話をしたような覚えも無い。だから僕は……家族の愛なんて、知らない。そんな僕が、もしも自分の子供が生まれたとして……ちゃんと可愛がれるのかな? 父や母みたいに、自分の子供を疎まないでいられるのかな? 子供に酷いことをしないと、ケイトさんに酷いことを言ったり、つらい目に遭わせないと、傷付けないと言い切れるのかな?」
そう考えると・・・とても怖い。怖くて、堪らなくなる。
だって、僕は紛れもなくあの二人の子供で――――あの二人と長いこと一緒に暮らしていた。
そして、幼少期にはあの二人を切り捨てることを決めた。僕は、自分が薄情者だと知っている。
見切りを付けた人や関心が無い人には、幾らでも冷たくなれる。現に、両親を切り捨てたところで、なんの痛痒も感じなかった。むしろ、これで邪魔者が消えると、安堵さえした。
僕はそういう人間だ。そんな冷たい、薄情な人間だ。
「はぁ・・・根が深いですね」
読んでくださり、ありがとうございました。




