愛してる。
レイラお姉様と、ねえ様に馬車に蹴り込まれた兄様が隣国のフィールズ公爵家へ向かったと、夕食のときに父様に報告して――――
「あら、ロイを見ないと思ったらそんなことになっていたのね」
「・・・ネイサン、ロイがいないと少々困るのだが?」
「ああ、はい。ロイがいない間の仕事は、ちゃんとお手伝いしますよ?」
「そうか」
「それにしても、レイラさんは大丈夫かしら?」
母様が心配そうな顔で言いました。
「そうですよね。今のレイラお姉様は、心配ですよね」
「ええ……折角、実家に戻って羽を伸ばせると思っていたでしょうに。あの小うるさいロイが一緒にいては、ストレスが溜まると思うのよねぇ……」
「ええっ!? 母様っ? 心配するのそこですかっ!? なんか違くないっ!?」
「あら、スピカ。なにを言ってるの? 妊婦にストレスは大敵なのよ?」
「そ、それはそうかもしれませんけどっ、なんかもっと他に気にすべきとこがあると思うんですけどっ!?」
「まぁ、幸いなことにレイラさんは、あまり悪阻が酷いタイプじゃないみたいだし。ちょこちょこ動いてロイに捕獲されちゃうくらい元気だから、きっと大丈夫よ」
「ロイに捕獲……?」
「ええ。レイラさん、運動が好きみたいで。乗馬しようとしたり、ダンスを踊ろうとしたりして、ロイに何度も捕獲されてるのよ」
クスクスと笑う母様の話にねえ様のお顔がぎょっとした表情に変わる。
まぁ、わたしもレイラお姉様にクイックステップに誘われたときには驚きましたけど。あれは、本当に困りました。
ちなみに、跳んだり跳ねたりしない、おとなしめのワルツとゆったりなチークダンスは、兄様がOKを出しました。偶にレイラお姉様にお誘いされて、一緒に踊っています。そして、ゆったりした曲調でも、なにげに体力と筋力を使うスローステップワルツは、クイックステップ同様に禁止されていますが。
「他にも、踵の高い靴からをぺたんこ靴に履き替えてほしいと口論になったりとか」
「ああ、あれは、兄様と可愛い靴を買いに行くってことで話が付いたんですよね~」
レイラお姉様、可愛くない靴は履きたくないって言ってたけど、実は……「だってわたくし、背が低いんだもの。ぺたんこな靴でロイ様と並ぶと、わたくしちんちくりんに見えてしまうわ」って、背が低いことを気にしていたりして。なんかこう、乙女な表情を見せるレイラお姉様がとっても可愛かったです♪
「ぺたんこ靴を買ったら、張り切って家の中を散歩し出して、階段の上り下りをするときにロイに捕獲されたりしてたわね」
「この数ヶ月、兄様がレイラお姉様をお姫様抱っこしてお部屋に連れて行くのを何度も見ましたね~」
お休みのときのわたしが見掛けるくらいだから、平日にもレイラお姉様は兄様によく捕獲されていたのかもしれませんね。
「仕舞いには、レイラさんに階段の上り下りを禁止して、部屋を一階に移しちゃったりして。本当、ロイは心配性よねぇ」
「・・・ロイを馬車に放り込んで正解だったのでは?」
ねえ様が渋い顔で言うと、
「ああ、そのようだな」
父様も同じく渋い顔で頷きました。
「まぁ、そういうワケなので、ロイの旅支度と旅券の手配をお願いしたいのですが」
「わかった」
「手配ができ次第、届けに行こうと思います。レイラさんの身体も配慮して、馬車はゆっくり進むでしょうが、領境に着くまでには届けたいですね」
「ああ、急がせよう。まあ、ロイも苦労するだろうが、レイラさんはミモザよりはマシだからな」
「え?」
「あら、ヒドい言い種だこと」
「いや、ストレスが溜まったからと狩りに行きたがる妊婦は他にいないだろ」
「まあ、失礼しちゃうわ。妊婦だって、猟銃をぶっ放したくなるくらいのストレスが溜まることくらいあるわ。あと、どうしても新鮮なお肉が食べたくなったりとか」
「ええっ!? 母様、妊娠中にそんな無茶なことことしてたんですかっ!?」
「もう、そんなワケないでしょ? 猟銃はさすがに、当時お腹にいたスピカに悪いと思って、ちゃんと反動の小さいボウガンでの狩りにしたわ」
「って、わたしがお腹にいた頃のお話ですかっ!?」
驚くわたしを、
「・・・スピカ」
真剣なペリドットが見詰め……
「無事に生まれて来てくれて、本当にありがとう」
ぎゅっと手を握られて、ねえ様にお礼をされちゃいましたよっ?
「え? あ、はい。えっと、ねえ様も、生まれて来てくれてありがとうございます♪」
お返し? に、わたしもねえ様の手を握ってお礼を言うと、
「! ありがとう、スピカ……」
驚いたように見開いたペリドットが少し潤んだように見えて……
「愛してる」
ふわりと一瞬でとろけるような笑顔に変わりました。
「っ!?」
くっ! ねえ様の笑顔が眩し過ぎて直視できないっ!?
「こらっ、ネイサン! こんなところでスピカを口説くなっ!?」
「もう、ホントあなたって野暮ね。こういうときは静かに見守るものよ」
「いーや、ここはもっとハッキリと言っておくべきだ! 目付け役のロイがいないからと言って、必要以上にスピカとイチャ付いたり、羽目を外すことは絶対に許さんからなネイサン!」
「な、なに変なこと言ってんですかっ!? 父様のバカっ!?!?」
「す、スピカ、父様はスピカのことを心配してだな」
「もう父様なんか知らないっ!? 行こう、ねえ様!」
「待ってくれスピカ~っ!?」
と、情けない声を出す父様を放って、ねえ様と一緒に食堂を出た。
「その、父様がごめんなさい。ねえ様」
「ふふっ、トルナードさんはスピカのことがとっても大事なんだよ」
クスクスと柔らかく微笑むねえ様は・・・なんて心が広いんでしょう! もうちょっと父様に怒ってもいいと思いますよっ?
なんというか、大人の余裕みたいなものを感じますね!
そして、相対的に、自分の子供っぽさにしょんぼりしちゃうというか・・・
「スピカは、どこか行きたいところはある?」
「え?」
「デート、してくれるんでしょ? わたしと」
「は、はい……」
「それじゃあ、明日までに行きたいところを考えておいてね? 多分、明日はロイに旅券やら荷物を届けに行くと思うから」
「あ、そうですね。兄様に」
「うん。ロイに届けに行くときと、帰りは多分二人切りだから。途中で少しくらい寄り道してもいいと思うんだよね。馬車でのんびり向かうのもいいし、遠乗りでピクニックがてらに行くのもいいよねぇ。スピカはどうしたい?」
「か、考えておきますっ」
「それじゃあ、明日は早起きしなきゃいけないから、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
「大好きだよ」
優しいペリドットがわたしを見下ろし、ちゅっと額に唇が落とされて離れて行きました。
「わ、わたしも、大好きです!」
「うん、ありがとう」
と、ねえ様と別れたのですが・・・心臓がすっごくドキドキしています。
顔も熱くて、多分真っ赤だと思います。
ぁぅ~……これから、眠れるかな?
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読んでくださり、ありがとうございました。
なにげに、レイラちゃんよりヤバかったワイルドなミモザさん。トルナードさんは大変だっただろうなぁ。(笑)




