ね、ねえ様……すっごく逞しくなったんですね。
セディー達が出発して――――
クロシェン家で、スピカとロイとゆっくり過ごした翌日。
「こっち来るときは、何日掛かったんだ?」
ロイが聞いた。
「ん~……大体四、五日くらい? 急げばもっと早く着くんだけど、ケイトさんとリヒャルト君に、おばあ様もいたからね。ゆっくり来たんだよ」
女性と子供がいるなら、休憩は小まめに取った方がいい。そして、こっちに着いてから、ホテルで一泊した分を含めるか含めないかで日数が変わる。
「四、五日ってお前、片道二日はちょっと言い過ぎじゃね?」
「そ、そうですよっ! 幾ら騎乗とは言え、ずっと乗りっぱなしはすっごく大変ですよっ」
「まぁ、馬の調子もあるからねぇ」
馬車に繋いでいた馬を一頭、置いて行ってもらった。長距離の馬車を引く馬だから、結構頑丈だとは思う。でも、その代わりにあまり速度が出る子ではないだろう。
「いや、馬もですけど! そうじゃなくて! ねえ様のお身体が一番大事ですから!」
「ふふっ、心配してくれてありがとう。でも、夜明け前から日暮れまでぶっ通しで駆け続けるワケじゃないし。適度に休憩は挟むつもりだから大丈夫だよ」
「は? え? なに言ってんのお前」
「? なにが?」
「んな長時間走るとか無理だろっ!?」
「だから、そんな無茶な駆け方はしないって。軍馬じゃないんだし」
「軍馬ならやんのかっ!? できんのかっ!?」
「やー、さすがに今は半日以上駆けるのはキツいかなぁ。体力的に」
多分、わたしの体力のピークは騎士学校時代の、毎日訓練していたあの頃だ。騎士学校を卒業してからは、あんなハードな訓練はしていないから当然なんだけど。
学生時代に十時間耐久レースをやったのが、ちょっと懐かしい。
「え? なに? やろうと思ったらできんのっ?」
「できるって言うか……騎士学校の訓練で、実際にやったし」
「マジかっ!?」
「ええっ!?」
「食料や水分補給も、基本的には馬を止めないで馬上で。でも一応、休憩地点に到達したら、十分~三十分くらいの時間休憩が認められたよ? 馬に乗れないくらい疲弊したり、体調を崩したら途中棄権も認められたけどね」
「ローティーンのガキに厳しくねっ!?」
「まぁ、そういうワケで、遠駆けには慣れてるから大丈夫」
「ね、ねえ様……すっごく逞しくなったんですね」
驚いたように、まんまるのコバルトブルーがぽかんとわたしを見詰める。
「そうだねぇ。自分でもそう思うよ」
「ネイサン君、猟銃とボウガンがあるんだけど、持って行く?」
「そうですね。剣と拳銃だけではちょっと心許ないと思っていたところなのでありがたいです」
「弾と矢と工具も持って行きなさい」
「ありがとうございます、ミモザさん」
「って、お前、猟銃とボウガンも扱えんの?」
「まぁ、それなりに?」
「それじゃあ、気を付けていってらっしゃい」
「はい、行って来ます」
と、荷物を積んで馬に乗ろうとしたら、
「ああ、待って」
ミモザさんに呼び止められた。
「はい?」
「ネイサン君は、こっち。そっちはロイが乗りなさい」
わたしに、クロシェン家の馬に乗るよう指示する。
「えっと? ミモザさん?」
「母上?」
「で、スピカはネイサン君に乗せてもらうといいんじゃないかしら? 子供の頃みたいに」
「か、母様っ!?」
「ありがとうございます、ミモザさん。おいで、スピカ」
「ぁぅ~……えっと……」
「成る程……つーことは、なにか? 帰りは俺がソイツ後ろに乗せんの?」
「嫌なら、もう一頭連れて行けばいいじゃないの。荷物を乗せた子を繋いで、帰りはスピカが乗って来ればいいんだから。大した手間じゃないでしょう?」
「・・・なんっか、その方が面倒になりそうだから、このままでいい」
と、渋い顔をしたロイは、わたしが乗る予定だった馬に跨った。
「おら、お前らもグズグズしてねーでさっさと乗れよな。ゆっくりしてっと、日ぃ沈むぞ」
「まだ午前中なんですけど」
ムッと返すスピカに、
「あ? アホか。俺らはいいけど、ネイサンが困んだろうが」
呆れ顔のロイ。
「ハッ! そ、そうでした! えっと……」
「それじゃあ、わたしが先に乗るね?」
馬に上がり、
「前と後ろ、どっちがいい?」
スピカに手を差し出しながら質問。
「ま、前と後ろ……ど、どっちに……」
わたしの前と後ろとを見比べ、コバルトブルーの視線がきょろきょろと彷徨う。
「そうね~。後ろに乗ると、お話するのにちょっと不便だと思うわよ。ネイサン君とお喋りしたいなら、前がいいんじゃないかしら?」
「そ、それじゃあ前でお願いします!」
「ふふっ、おいで?」
と、伸ばされた手を掴み、
「ひゃわっ!? ね、ね、ねえ様っ!? ち、近過ぎませんかっ!?」
スピカの身体を引きあげてわたしの膝に乗せる。
「二人乗りって、こんなものでしょ?」
「や、だ、だってわ、わたし、お、重、重いですよっ!?!?」
顔を真っ赤にして、可愛いことを主張するスピカ。
「大丈夫大丈夫。わたし、セディーを軽く抱っこして運べるから」
スピカより、普通にセディーの方が重たい。
「ええっ!? セディックお兄様を抱っこっ!? こ、子供のときのことじゃなくてですかっ!?」
「ううん。割と最近のことだよ。逆に、子供のときは年齢と体格的に無理だったかな?」
小さい頃は、いきなり眠っちゃったセディーの下敷きになった毛布を引っ張り出して、セディーに掛けるのにも苦労したものだ。
「つか、なんでまたセディックさんを抱き上げるようなことに?」
「ああ、セディーは偶に寝落ちするから。自分の部屋でならいいんだけど、わたしの部屋で寝落ちしたら、誰かを呼ぶより、自分でセディーを運んだ方が早いし」
「ぁ~……そういう感じか。つか、その体勢、スピカは楽かもしれねーけど、長時間はお前がキツくね?」
横抱きで膝の上に乗せた状態のスピカを見やるロイ。
「ん~……別に、何時間も走るワケじゃないし。大丈夫だよ。でも、そうだねぇ。もっとくっ付いてもらった方が楽ではあるかな? だから、スピカ。わたしの首に腕を回してくれる?」
真っ赤な顔のスピカにそうお願いすると、
「ぁぅっ……あ、あのっ、う、後ろでお願いしますっ!?」
涙目でわたしの膝から飛び降りてしまった。
「あら~、スピカにはちょっと刺激が強かったかしら?」
クスクスと笑うミモザさん。
「母様っ!?」
う~ん、ちょっと残念。
「おいで」
と、手を差し出し、今度はスピカを後ろに引き上げる。
「確り掴まってね?」
「は、はい!」
スピカの腕がお腹に回り、温かい身体が背中にくっ付く。
「よーやく出発かよ。バカップル共のイチャイチャで時間食ってんぞー」
「兄様っ!?」
「ふふっ、それじゃあ行こうか」
「行ってらっしゃい」
「はい!」
と、馬を走らせた。
ロイとスピカは、隣国に戻るわたしの見送り。
昔みたいに馬を走らせて、お腹が空いた頃に馬を止め、用意してもらったお弁当を一緒に食べて――――
「それじゃあ、ねえ様……気を付けてくださいね」
「うん」
「じゃーな。また来いよ」
「うん」
不安そうなスピカを抱き締め、
「行って来ます。また、スピカのところに戻って来るから、ね?」
ちゅっと額にキスを落とす。
「っ……」
赤くなったスピカを放そうとしたら、
「? どうしたの?」
くっと袖を引かれ、
「お、お返し、ですっ」
顔を上げたスピカの唇がさっと頬を掠めた。柔らかい感触に頬を押さえると、スピカはパッと離れてロイの後ろに隠れてしまった。
「うっわ、俺、バカップル共の間に挟まりたくねーんだけど? おら、もう行け」
しっし、と呆れ顔で手を振られてしまった。
「気ぃ付けろよな」
「うん」
と、ロイに見送られて、元々乗る予定だった馬に乗って出発。
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読んでくださり、ありがとうございました。
ネイサンとスピカのいちゃいちゃ。(*´艸`*)




