あぁ、早く大きくなりたい、と思った。
セディー視点です。
それから――――
あっという間に、ネイトの隣国への留学が決まった。
なんでも、ネイトがこの家にまた暮らすようになったこと……母がお祖父様の家から無理矢理ネイトを連れ出したときのようなことを防ぐ為に、わざわざ隣国への留学なのだそうだ。
隣国の、おばあ様の親戚のクロシェン伯爵家にネイトを預けるのだと聞いた。
物理的に距離があれば、簡単に行き来ができなければ、ネイトを連れ戻すことが難しくなるから、とのこと。
おばあ様の親戚は、安心できる優しい人達をちゃんと選んだから、ネイトが酷い目に遭うことはない、と。
きっと、ネイトを大切に育ててくれる、と・・・
それを聞いて、本当に情けなくなった。
お祖父様とおばあ様にとって、うちは……
両親は、安心してネイトを預けられなくて、ネイトに優しくなくて、ネイトを酷い目に遭わせるかもしれなくて、ネイトを大切にしない人達なのだと思われているということなんだから。
そして、本当にその通りなんだから、なんとも言えない。両親は、ネイトに優しくない。
ネイトと離れるのは嫌だけど・・・
納得、するしかないじゃないか。
その方が、ネイトの為になるなら。
僕がもっと大きかったら、もっと丈夫だったら、こんなに寝込まなければ、ネイトをちゃんと守れたのかな?
なんて・・・益体もないことを考えてしまう。
あぁ、早く大きくなりたい、と思った。
**********
ネイトが隣国に出発する日。
向こうで必要になる荷物は、お祖父様とおばあ様が用意して荷作りを済ませてくれたそうだ。
つくづく、なんとも言えない。
ネイトになにもしてあげられないから、せめてと思ってお菓子を用意した。日持ちのする……ネイトの好きな焼き菓子を、
「道中でおやつにしてね」
と渡した。
「ありがとう、兄上……セディー」
ネイトの寂しそうな、少しふてくされたような、不安そうな顔に胸が痛む。
「元気でね、ネイト」
暫く会えないと思うと、寂しくて寂しくて涙が出そうだったけど、我慢して笑顔を作った。
「セディーも、元気でね」
「っ・・・うん!」
ネイトは一人で隣国に行く直前で、不安で堪らないだろうに、僕の心配をしてくれるなんて・・・なんていい子なんだろうっ!?
お祖父様とおばあ様が名残惜しそうに別れを告げ、ネイトが馬車に乗った。
両親は一応ネイトを見送りはしたが、結局は馬車が出発するまで、一言もネイトに声を掛けなかった。
ネイトは、そんな両親を少し気にしていたけど・・・なにも言わないで、諦めた顔をして行ってしまった。
小さくなって行く馬車を見送って――――
さっさと家に入ってしまった両親に、お祖父様もおばあ様もなにも言わなかった。
**********
それから、向こうに着いたネイトとは手紙のやり取りをしている。
返事を貰えたことが嬉しかった。
ネイトとの手紙のやり取りは、お祖父様とおばあ様がさせてくれている。
母の前で、ネイトへ手紙を書くのを見られるのは嫌だし、ネイトからの手紙を読んでいるところも見られたくない。
夜に一人のときに手紙を書いたり読んだりする。
手紙の内容は微笑ましい内容と言ってもいい。
ネイトが向こうの家で、よくしてもらっていることが、楽しく過ごせていることが伺えて、とても安心した。そして、感謝も物凄くしている。
けれど・・・僕には、非常に不満なことがある。
できることなら、向こうの家へ行って、ロイという子に直接文句を言ってやりたいくらいだ。
言わない……というか、言えないし。そんな資格が無いことは、わかっているけど。
僕は、ネイトと一緒に勉強したかった。
ネイトと一緒に外で遊びたかった。
ネイトと一緒にお出掛けだってしたい。
乗馬も一緒にやりたい。
剣もやってみたい。
喧嘩だって・・・
いや、やっぱり喧嘩はしたくないかな?
ネイトに嫌いだなんて言われたら、ものすご~く落ち込む気がする。
あと、多分僕は剣を習っているネイトに勝てなさそうだし。うん。やっぱり喧嘩は無しで。
なんというか、まぁ・・・向こうの家のロイ君が、羨ましくて羨ましくて仕方がないっ!!
あと、ロイ君の妹のスピカちゃんも、ネイトに可愛がられて羨ましい!!
ネイトと一緒に暮らせることが、妬ましい。
まぁ、言えるワケがないけど。本当に、ね・・・
**********
そして、ある日のことだった。
お見舞いに来てくれたおばあ様と対峙する母を見て・・・
僕はふと、気付いてしまった。
母が、おばあ様を見るブラウンの瞳に宿る……隠せていない、嫌悪の感情。その目が、ネイトを見るときの視線とよく似ていることを。
ガツン! と、頭を強く殴られたような衝撃。
・・・本当に、僕のせいなのかもしれない。
母が、ネイトに嫌悪の表情を隠さなくなったのは、あからさまに邪険にするようになったのは――――
僕が、『ネイトの瞳は日に透けるとおばあ様と同じ色になる』と、言った後じゃなかったか?
ネイトが外で遊ぶことを、殊更に母が厭うようになったのは。
ネイトは、小さい頃からおばあ様似で・・・
なんでネイトが、両親に邪険にされるのか?
長いこと疑問だったその答えが氷解した途端、すぅっと心が冷えて行く気がした。
それを、思ったことを、母が席を外した隙に、おばあ様へ聞いてみた。
ネイトへの両親の態度が、僕のせいなのかもしれない、と。
「・・・いいえ、それは違いますよ。セディー。あなたはなにも悪くありません」
おばあ様は深い溜息を吐いて、どこか疲れたように話してくれた。
「メラリアさんがネイトを嫌う一因は、わたしのせいです。彼女とは元々反りが合わなかったのかもしませんが、メラリアさんには随分と嫌われてしまったようです。だから、わたしと似たネイトを目の敵にするようになったんでしょうね。ネイトには可哀想なことをしたと思っています」
「それは、僕が」
「いいえ、それは違います」
僕の言い掛けた言葉を遮るおばあ様。
「メラリアさんが、ネイトを嫌うように仕向けたのは、エドガーです。あの子が、言ったそうです。ネイトが三月にならないくらいに、『ネイサンは母上にそっくりな顔をしている』と。それからだそうです。メラリアさんがネイトの面倒を見なくなったのは。だから、セディー。あなたが気に病むことはありません。本来なら、わたしとメラリアさん個人の問題なのに・・・セディーとネイトには、いつもつらい思いばかりさせてしまってごめんなさいね」
日に透けたときのネイトの瞳と同じ、明るい翠色のペリドットが、悲しそうに僕を見詰めて謝った。
**********
そんなこんなで僕は――――クロシェン家の方々に感謝と若干の妬みの感情を交えつつ、両親のどうしようもなさを抱えて、ネイトと会えないまま四年の月日が経った。
そして――――父と母がなにかしら余計なことをしたらしく、ネイトがうちに帰って来ることになった。
ネイトに会えること自体は嬉しい。けれど・・・
父と母が、ネイトになにかしないか心配だ。
まぁ、僕もあの頃より大きくなったから、以前よりはネイトを守れるとは思うけど。
読んでくださり、ありがとうございました。




