困らせて、ごめんね?
「ふふっ、赤くなった。照れてるのかな? スピカは本当に可愛いね」
そうやって赤くなった可愛らしいスピカを眺めていると、
「ったく、玄関先でいちゃつくな。バカップル共め。さっさと中入れよな」
呆れたような低い声がした。
昔よりも高くなった身長、スラリとして、けれど確りと鍛えているのが判る体躯。やんちゃそうな面差しを残すのは・・・
「に、兄様っ!?」
やっぱり、見てすぐに判った。
「ふっ、スピカをわたしに取られたからって嫉妬かな? ロイ」
なんて、軽口を返す。
「は? 誰が嫉妬なんかするかよ。どんくさいコイツのエスコートとか面倒だし。これからは全部お前が代わってくれるかと思うと清々する」
「全く、相変わらずだね。ロイも」
昔から、スピカのことを大事にして可愛がっているのは明白なのに。なんだろ? 照れとか? で、素直じゃないというか・・・こういうところは変わってない。
「兄様の、お知り合いですか?」
と、ロイとわたしを交互に見やる不思議そうなコバルトブルーに、
「「は?」」
意味がわからなくて、ぽかんとする。
「・・・おい、スピカ? それは本気で言ってるのか? 冗談じゃなく?」
真剣な顔で、少し焦ったようなロイの質問。
「ええと? はい?」
きょとんと頷かれて――――
ずしん、と胸が重くなる。取り乱さないよう、落ち着く為に一つ深呼吸。意を決して、口を開く。
「スピカ? わたしのこと、覚えてないの?」
「え~と、あの……」
困ったように逸らされるコバルトブルー。
「すみません……」
謝罪の言葉に、目の前が暗くなる。ああ、でも、そう……だよね。
わたしがクロシェン家でスピカとロイと一緒に暮らしていたのは、もう十年も前のことになる。
小さい頃にすっごく懐いてくれていたからって、大きくなってもそれをずっと覚えていてくれている……とは、限らなく、て……
「いや、いいんだ。スピカはまだ小さかったからね。十年近くも会っていなかったんだから、忘れられていてもおかしくないよ」
しょんぼりした申し訳なさそうな顔に、スピカは悪くないのだと言葉を紡ぐ。
自分で言っていて、かなり落ち込むけど・・・
「ごめんね、スピカ。わたしばっかり嬉しくて……いきなり知らない男に馴れ馴れしくされたスピカは、さぞや戸惑っただろうね」
忘れられていた。忘れられていた。わたしはスピカに、忘れられて・・・覚えていて、もらえなかった。見知らぬ人だと思われている。頭の中を、ぐるぐると巡るショックな事実。
無意識に撫でていた柔らかい頬をそっと放し、背中に回していた手も、身体ごとスピカから離れて、距離を取る。
胸が、痛い。ちょっと、涙が出そうだ。でも、そんなことより・・・
婚約者とは言え、初対面の女性に抱き付いたり、いきなりキスをして来る不審な男。そういう風に見られていたと思うと・・・スピカに、怖い思いをさせてしまったんじゃないかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「困らせて、ごめんね?」
ずーんと沈みながら……もし、スピカが嫌だって言うなら、トルナードさんとミモザさんと相談して、今日の婚約発表は中止にして、一親戚としてスピカの誕生日パーティーに参加という形にさせてもらった方が……と、考えていたら、
「はあっ!? お前本気で言ってンのかっ!? 小さい頃、あれっだけべたべたべたべたくっ付いて、滅茶苦茶コイツに懐いてたクセにっ!?」
焦ったように、怒ったようにロイが言った。
「あり得ねぇっ!!」
そう言えば……昔、わたしがスピカに忘れられたかもって思って泣いちゃったときも、ロイはかなり焦っていたっけ。
まぁ、あのときは、自分でもなんであんなに大泣きしたかわからなかったし……ずっと泣き止めなくて、ドン引きされるくらい泣いていたと思う。その後から、わたしが少し涙ぐむ(欠伸とかでも)と、わたわたして一生懸命わたしの気を逸らそうとしてくれるようになった。
もう、あんな風に泣くことはないけど……
「ロイ、いいんだ。十年近くも会っていなかったし、それにわたしは目の色だって変わった」
身長も伸びたし、声も昔より低いだろう。スピカの知っている……覚えていた頃のわたしじゃない。
「手紙だって全然やり取りしていなかったんだ」
騎士学校で検閲されると知っていても、手紙は書くべきだったか・・・
スピカがわたしのことをわからなくても・・・
「忘れられてても、おかしくないよ。スピカはなにも悪く無い」
悪いのは・・・スピカがわたしのことを覚えていてくれていると、勝手にそう思い込んでいたわたしの方だ。
ずっと会っていなくて、手紙も出さないで、折々のプレゼントに短いメッセージカードを添えているだけの男なんて、忘れられて当然・・・
ああ、なんかもう……泣きそう。でも、ここで泣いたらすっごくカッコ悪い男だ。
「けどっ、別にお前だって悪くねぇだろ」
不満そうに怒ってくれるロイは、わたしと同い年で、わたしがクロシェン家に預けられた経緯を知っている。わたしが、この家に来た日にロイにくさくさした気分で話して聞かせた。でも、そのときのスピカはまだ赤ちゃんだった。
そして、スピカには両親の話を聞かせたくなかった……というか、言いたくなかったから、スピカがお喋りできるようになっても、教えなかった。だから、スピカはきっとわたしの事情を知らないままなのだろう。
「しょうがないんだよ。小さかったんだから」
小さく苦笑すると、
「……本っ当、信じらんねぇ。幾ら小さかったからって、あれっだけネイ様ネイ様って、どこ行くにもウザいくらいくっ付き回って、ネイサンが向こう帰ったときなんか、毎日毎日べそべそぐずぐず泣いてた奴がこうも簡単に忘れちまってるなんて……悪い、ネイサン。こんな薄情な妹が婚約者で」
ロイが怒ったようにスピカを見やり、ばつの悪そうな顔で謝った。
「だから、スピカはなにも悪くないんだってば。でも、そうだね。できればスピカには、昔みたいにネイ様って呼んでほしいな。ダメ、かな?」
期待を込めてスピカを見下ろすと、
「・・・はい?」
不思議そうに首を捻られた。
こ、これはっ・・・『なんでほぼ初対面の男をそんな風に呼ばないといけないんですか?』という、疑問の顔だったりするのかっ!?
読んでくださり、ありがとうございました。
ネイサン「全然会いに来られなかったことや、手紙のやり取りをしなかった付けが今……っ!?」(Ⅲ-ω-)




