僕だって、兄失格なんだけど。
セディー視点です。
そして、忘れもしないあの日――――
父が休みで、僕の体調が良かった。
母が、家族でピクニックに行こうと言い出した。
母が言ったからだろう。父が了承した。
お弁当を用意して、荷物と使用人達も何名か連れて、馬車は三台。
花畑に行くまで、着いたときまでは楽しかった。
ネイトとお出掛けするのなんて初めてだったから、馬車の中ではしゃいで、お喋りをして、一緒に軽食を食べて・・・
白とピンクの一面の芝桜の花畑も、凄く綺麗だった。
そして、ネイトが芝桜の咲き誇る花畑に飛び出して行ってしまった。
僕はこのとき、ネイトを追い掛けなかったことをとても後悔している。
体力って、本当に大事だよね。凄く・・・
僕は――――花畑に着いた時点で既にちょっと疲れてしまって、ネイトに付いててあげられなかった。
椅子とテーブルが設置されるのを待って、休憩がてらのお茶で一服しているときだった。
晴れているのに、ぱらぱらと雨が降って来た。
太陽の光に反射してきらきらと銀色に光る雨粒は、とても幻想的で綺麗だった。
けれど、雨に濡れたら風邪をひいてしまうと、大騒ぎした母に慌てて馬車に乗せられた。
使用人達も、慌てて設置した椅子やテーブルを馬車に積み込んでいた。
ざわざわとみんなが動いている中、僕はネイトがいないと何度も言ったのに、
「きっと他の馬車に乗っているから心配要らないわ。早く帰りましょう」
と言って、馬車が動き出してしまった。
家に着いてもネイトの姿が見当たらなくて。ネイトを探そうとしたら、濡れたんだからお風呂の方が先だと、風呂に入れられた。
その後にも、ネイトのことを何度も聞いた。
なのに……っ!?
「拗ねているだけでしょう。ネイトにも困ったものね。セディーは気にしなくていいのよ」
そういわれて・・・
ネイトが夕食にも現れないと聞いて、さっと血の気が引いた。
ネイトの部屋に行ってもネイトがいなくて、ネイトの乳母の姿も見当たらなかった。
侍女達に言って家の中をあちこち探してもらって、庭も、馬車の中も全部見回ってもらったのに、誰もネイトを見付けられなかった。
焦りながら家令に言って、急いで花畑を見に行ってもらった。
結局、ネイトは本当に花畑に置き去りにされていたらしい。
夜中に帰って来て――――
ネイトが無事だったことを喜んだのも束の間。
父が、ネイトを怒鳴って殴ったのを見てしまった。
更には、ネイトを庇って抗議したネイトの乳母をその場で馘にした。
「父上! 自分達がっ……僕のせいで、ネイトを置き去りにしたクセにっ!?」
悪いのは、明らかに僕達だ。
「・・・」
父はなにも言わずに、僕をチラリと一瞥して去って行った。
「……ネイト、ごめん……」
ネイトと、その乳母の彼女には、幾ら謝っても謝り切れない。
殴られて呆然としているネイトをぎゅっと抱き締めると、なんだか無性に泣けて来て……泣きながらネイトに謝った。
「ネイトが無事で良かった。置き去りにしてごめんね。怖かった、よね……本当に、ごめん」
馬車が出る前に、なんとしてもネイトを探していれば? 僕がネイトに付いていてあげれば? 雨が降らなければ? 行く場所を変えていたら?
いや、そもそも・・・
「……ピクニックなんて、行かなければよかった……」
僕の体調が良くなければ、出掛けるなんて話にならなかっただろう。体調が良かったことを、こんなに悔やんだことはない。
「……体調が悪ければよかったのに……」
それから、ネイトをお風呂に入れるよう侍女達に頼んで――――
ネイトの乳母と、話をした。
ネイトの面倒を看てくれたこと、ずっとネイトに付いててくれたこと、ネイトを庇ってくれたことに感謝して・・・
「お祖父様とおばあ様に、伝えてほしいんだ。ネイトを・・・この家から連れ出してください、って」
お願いをした。
彼女がすぐに頷いてくれて、酷くほっとした。
ネイトと彼女に何事もなく、無事で済んで帰って来れたのは、単に運が良かっただけだ。
夜道を子供と女性だけで、しかも徒歩で歩くなんて、誰が聞いたって危険だと思うだろう。
馬鹿じゃないか、と言われる筈だ。
なのに、両親はネイトのことを心配もしなかった。
『家族』なら心配して、悪かったと、もう二度とこんなことはしないと、ネイトに謝るべきなのに。
未だに、両親はネイトに謝らない。
反省をしていない。
また、こんなことが、あるかもしれない。
そんなの、冗談じゃない。
この親は、駄目だ。反省する兆しも全くない。
これが、こんなのが『家族』だと、『親』だと言えるだろうか?
うちにいたら、ネイトが危ないと思った。
だから、僕は――――
**********
翌日からネイトが寝込んでしまった。
雨に打たれた後、濡れた服のままで長時間歩いたからだろう、とのこと。
心配で心配で堪らなかった。
でも、ネイトに申し訳なくて・・・
ネイトに嫌われるかと思うと、とても怖かった。
セディーなんか大嫌い、お兄様なんかじゃない! なんて言われたら・・・
僕はっ、絶対に泣いてしまうっ!!
あ、本当にちょっと涙出そう・・・つらい。
でも、嫌われても仕方ないことを、僕達はネイトにしてしまった。
しかも母は、ネイトの看病をしないらしい。ネイトが寝込んでいるというのに、ずっと僕の部屋にいる。
もう、それでいいと思う。
母親のクセに・・・ネイトのことを心配しない人は、ネイトに酷いことばかり言う人は、ネイトの側にいなくていい。ネイトの側に、近くに行ってほしくない。
そして、母が部屋を出て行ってから……夜に、こっそりとネイトの部屋へ向かった。
いつもとは逆だなって思いながら、少し苦しそうな寝息を立てる金茶の頭を撫でて――――
熱いおでこに、赤いほっぺたに、代わってあげられるなら、代わってあげたいと思った。
「ごめんね、ネイト。僕のせいで酷い目に遭わせて。本当にごめん。僕は、ネイトのお兄様なのに・・・父と母を止められなくて、ごめん。守ってあげられなくて、ごめん。一緒にいてあげられなくて、ごめん。いつもいっぱい我慢させて、ごめん。いつも寂しい思いをさせて、ごめん」
嫌わないでほしい、なんて・・・言えないよね。
「こんな駄目なお兄様が僕で・・・ごめん、ね」
ネイトのこと、大好きなんだけど・・・悲しい顔をさせたくないのに、いつも上手く行かない。
**********
その翌日。ネイトが少し回復してからお祖父様とおばあ様が来て、両親と話し合いをして、ネイトを連れて行ってくれた。
お祖父様とおばあ様なら、ネイトに酷いことを言わない。ネイトをちゃんと守ってくれる。
お祖父様とおばあ様は、これはセディーのせいじゃない。だから、気に病むことはない。ネイトのことを報せてくれて、ありがとう。セディーとネイトには、少し寂しい思いをさせることになる。すまないな。
という風なことを言ってくれたけど――――
ネイトを置き去りにしたことが僕のせいなのは、変わらないと思う。
だから・・・少し寂しいけど、これでいい。
この家にいない方が、ネイトの為になる。
僕が、寂しいのを我慢すればいいだけのこと。
そして、両親はお祖父様とおばあ様にたっぷりと叱られたようだ。
当然だろう。
自分達の子供を、しかもまだ小さな子を、置き去りにするなんてあり得ない。
挙げ句の果ては、置き去りにしたことにさえも気付かないとか・・・
本当に親として失格だと思う。
まぁ、それを言うなら・・・
僕だって、兄失格なんだけど。
読んでくださり、ありがとうございました。
花畑置き去り事件のセディー側の視点。
セディーが9歳くらい。
ネイサンが6歳くらい。
この辺りから、セディーは両親のことを見限り始めていますね。




