にぃに、だぁれ?
セディー視点です。
誤字直しました。ありがとうございました。
そしてそれは、珍しく母が僕の部屋にいない日のことだった。
母がいないのが久々で、のんびりとした気分でいたときに――――
甲高い泣き声が、聴こえた。
泣き声なのがとても気になったけど、それは聞き覚えのある……ネイトの声のような気がして、嬉しくなった。
ベッドから降りて、部屋から出て、ぎゃーぎゃーと聴こえる声の方へ向かった。
「や~っ!! ばぁば~っ!? ばぁや~っ!?」
そんな悲鳴のような泣き声に混じって、怒鳴るような声もする。
「なんで泣き止まないのっ!? ネイトのお母様はわたくしでしょっ!! お義母様を呼ぶのはやめなさいって言ってるでしょっ!?!?」
真っ赤な顔で嫌々と暴れるネイトを抱き……いや、捕まえながら、目を吊り上げて怒る母の姿。
「母上? なんで、ネイトに怒っているの?」
掛けた声は、少し震えていたかもしれない。
「っ! セディー……ネイトが、泣き止んでくれないの。わたくし、もうどうしていいかわからなくて……ごめんなさいね、セディー。ネイトが煩かったわね」
驚いたように僕を見下ろすブラウン。そして、ネイトに怒っていた声が柔らかくなった。
違う。僕が聞きたいのは、そんなことじゃない。
「なんで、ネイトがいるの?」
「ああ、今日からまたネイトも一緒に暮らすのよ。でも、ネイトが嫌がって聞かないのよ。本当に困った子ね。……もういいわ。ネイトの面倒を見なさい」
母は溜息を吐いて、
「かしこまりました」
どこか冷ややかに聞こえる返事をした、見慣れぬ……母よりも年上に見える女の人に、押し付けるようにネイトを渡した。
「ばぁや~」
ぎゃーぎゃー泣いていたネイトが、ひくひくとしながらその女の人の腕にしがみ付くようにして、大人しく収まる。
ネイトが懐いているみたいだ。誰なんだろう?
「・・・行きますよ、セディー」
暴れるのをやめて、けれど知らない女の人の腕の中でひくひくと泣いているネイトを冷たい目で見やると、母は僕の手を引いて歩き出した。
「母上! ネイトはっ……」
「セディーは気にしなくてもいいの。静かになったんだから、もういいでしょ」
僕は、不機嫌な母に引っ張られるようにして部屋に戻された。
――――ネイトと一緒に暮らせるというのに、なんだかあんまり嬉しく思えない。
それから、ネイトは家の中にいるのに、会わせてもらえなかった。
ネイトのことを聞くと、母が不機嫌になる。
ネイトに会わせてくれないのは、『僕の為』なのだと言って・・・
「ネイトはしょっちゅう泣いて煩いじゃない。セディーの邪魔になるでしょ?」
と、笑顔でネイトを邪魔者扱いした。
どうやら母は、泣いて嫌がるネイトをお祖父様の家から無理矢理連れ出したらしい。夜に侍女達がこっそりと教えてくれた。ネイトが大泣きして可哀想だった、と。
しかも母は、ネイトが自分に懐かないからと大層怒っているとのこと。
ネイトが母を怖がるのも、無理はないと思う。自分に懐けと、あんな怖い顔で怒鳴られたら・・・
後から知ったのは、母がネイトの面倒を見るようにと言い付けたのがお祖父様の家の使用人で、向こうでずっとネイトの乳母をしていた人だってこと。
この家でも引き続き、ネイトの乳母をしてくれると聞いて、僕はなんだかとても安心した……安心、してしまった。
そして彼女は、母に嫌われているようで、なかなか会う機会がなかった。
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ネイトが同じ家の中にいるのに、すっごく会いたいと思っているのに、会えない。会わせてもらえない。
その状況に、ぶすくれているときだった。
母が部屋に戻って行ってから暫くして、とてとてと軽い足音がした。
それから、部屋のドアが開いて――――
ひょっこりと金茶の頭が覗いた。
「っ!? ネイ、ト?」
「? なぁに?」
きょとんと首を傾げて、ぽてぽてと部屋に入って来るネイトは・・・当たり前だけど、自分の足で歩いてベッドの、僕の近くに来てくれた。
「・・・ね、ネイトが、自分で歩いてるっ!」
あの、小さくてふにゃふにゃで、誰かに抱っこしてもらわないと自分で移動もできなかった赤ちゃんのネイトがっ!?
「? ねーと、もうじぶんであゆけゆよ? にぃに、だぁれ?」
薄茶のつぶらな瞳が、不思議そうに僕を見上げる。
「っ! にぃにっ!?」
ヤバいっ……なにこの胸の高鳴りはっ!?!?
ネイトと会ったら、言いたいことや一緒にやりたいことがたくさんあったのに、なんか今ので全部吹っ飛んだっ!?
「? にぃに?」
にぃに呼び再びっ!!
「っ!?!?」
一気に顔が熱くなるのがわかる。いや、ちょっと待ってよ? 落ち着こうか。深呼吸。ああ、でも熱が出そうっ……
ああ、えっと、なんだっけ? 確か、「にぃに、だぁれ?」って言われたんだったや。
「・・・ぼ、僕はね、セディックだよ」
「しぇー、じーく?」
舌っ足らずな声が、僕の名前をちゃんと発音できない。でもそれも可愛いっ!!
「っ……ネイトには、ちょっと難しかったかな? セディーでいいよ。みんなそう呼ぶから」
「しぇ、じー?」
「惜しい、セディー」
「しぇーでぃー?」
「うん。そう、上手だね。セディーだよ♪」
「あのね、ねーとね、しぇーでぃーにおやすゅみいいにきたの。ばぁやがね、おやしゅみしてって」
ああもうっ、僕の弟はなんて可愛いんだろうっ!?
「おやしゅみしゃい」
「あ……そっか。ネイトは、もう寝る時間か。うん。おやすみなさい……」
すごく残念だ。すっと、頭が冷える。
「ばいばい、またね」
「っ!?」
そう、だ。また会えるんだっ!!
「うん! またね、ネイト♪」
こんな風にして、僕とネイトの交流が始まった。
まぁ、ネイトは兄弟というものをよくわかっていないようで、僕のことを兄だとは認識していなかったみたいで……最初に『にぃに』と呼び掛けられたのも、単に『年上の男の子』という意味の呼び掛けだったみたいだけど。
それでも、僕はネイトに『にぃに』と言ってもらえたことが嬉しかった。
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読んでくださり、ありがとうございました。
セディーが5歳くらい。
ネイサンが2歳くらい。
ネイサン2歳時は『ばぁば』が祖母で、『ばぁや』が乳母。ちなみに、祖父は『じぃじ』です。




