家の中から、ネイトの声が聴こえなくなった。
セディー視点です。
ちっちゃくてふにゃふにゃで、熱いくらいの柔らかい肌からは甘酸っぱい匂いがした。
ぽわぽわの金茶の髪の毛は、細くてふわふわ。
初めてあの、赤くてまるくてぷにゅっとしたほっぺたに触れたときの感動。
小さくて細い指に、ぎゅっと指先を握られたときに湧き上がったなんとも言えない感情。
僕の指を握る、思わぬネイトの力の強さにはびっくりした。
眠そうな薄茶の瞳がゆっくりと開いて、僕を見てくれたときの嬉しさ。
きょとんとした表情。
ぷにぷにでぐにゃぐにゃとした柔らかい身体。
あ~、う~、となにを言っているのか全くわからない、意味をなさない高い声。
初めて目の前で泣かれたときには、その声の大きさにとても驚いた。
ネイトが動く度に、それが不思議で、ドキドキして、きゅんとして、びっくりして、おろおろして、おかしくて、嬉しくなって・・・
その、どれもをちゃんと覚えている。
母がネイトを抱っこするのを見て、僕もネイトを抱っこしたいとお願いしたけど、それはダメだって言われた。
「セディーはまだ小さいから、ネイトを抱っこするのは危ないわ。ネイトはまだ首も座っていないから。落としてしまったら、ネイトが怪我しちゃうわ。ごめんなさいね」
と、困ったようにそう言われたから、ネイトを抱っこするのを諦めた。
小さいネイトに怪我をさせるだなんて、お兄様失格だと思ったから。
そんなのは、嫌だ。
具合が悪くて起き上がれないときにはネイトの甲高い泣き声がうるさく感じて、もっと静かにしてほしいとも思った。でもそれも、ネイトが元気な証なのだと思えば我慢できた。
会えなくても、ネイトの声が聞けるのだと。
ちょっと寂しいけど、あんまり寂しくなかった。
体調が良いときにしかネイトと会わせられないと言われたから、苦くて不味い薬も我慢して飲んだ。
お腹が痛かったり、気持ち悪くて食欲が無いときでも、頑張ってごはんを食べた。
早く良くなったら、その分早くネイトに会える。そう思って、頑張った。
ネイトに会えないのを我慢して、ネイトに会える日を、待ち遠しく思った。
なのに、なのに、なのにっ――――
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おかしいな? と、思ったことがあった。
思えば、それが前触れだったのかもしれない。
ネイトに会いたくて、ネイトの顔を見たくて、母にネイトの様子を聞くと、なぜか母の機嫌が悪くなったことがあった。
それまで、母は笑顔で僕にネイトのことを聞かせてくれていたのに・・・
その日はピリついた雰囲気になり、
「侍女に任せているわ」
と言った。
その日を境に、母がまた僕の部屋に毎日来るようになった。定位置の椅子に座って。
それからは段々と母が部屋にいる時間が多くなって、ネイトが生まれる前みたいに、日中はずっと僕の部屋にいるようになっていた。
ネイトのことを聞くと、機嫌が悪くなる。
そして――――ある日突然、家の中からネイトの声が聴こえなくなった。
それからは、体調が良くなっても、ネイトに会わせてもらえない日々が続いた。
母がネイトを連れて来てくれない。
どうしてネイトを僕の部屋に連れて来て会わせてくれないのかを母に聞くと、
「お義父様……おじい様とおばあ様がネイトを預かってくれているの。セディーはなにも気にしなくていいのよ」
という答えが返って来た。
笑顔で。
意味が、わからなかった。
なんで? どうして? と、ネイトをお祖父様達に預けた理由を聞くと、
「だって、ネイトが煩く泣くと、セディーがゆっくり眠れないでしょう? セディーが可哀想だもの。ネイトのことはおじい様とおばあ様に任せて、セディーはゆっくり休んでいいのよ」
笑顔で、言われて・・・
僕はすごく、泣きたい気持ちになった。
僕は大丈夫だから、ネイトの声ならウルサいと思わないから、ネイトを家に戻してほしいと頼んだ。
けど、その頼みが聞き入れられることはなかった。
「セディーは気にしなくていいの」
「早く良くなりましょうね」
「お母様が側にいてあげるわ」
「大丈夫よ、セディー」
僕がネイトのことを聞く度、そんな答えが返る。
お祖父様とおばあ様がお見舞いに来てくれたときには、ネイトのことを聞いた。
ネイトがお祖父様達の家でどんな風に過ごしているかを、教えてくれた。
けど、ネイトをうちに返してほしいとお願いしたら……とても困った顔で、
「セディーの具合がいいときになら、ネイトを連れて来てもいい」
そう言われた。赤ちゃんはとても風邪をひき易い上、病気に弱いから、移したら大変なのだと。
僕は、ネイトに会うのを我慢した。
本当は、とってもとってもネイトに会いたくて堪らなかったけど・・・
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読んでくださり、ありがとうございました。




