馬鹿は馬鹿でも、こちらの方が余程いい。
だから、セディックも、人を殺すべきではないのだ。
「話半分でいい。聞け。お前は道を誤ると、自身のその手で大切なものを傷付け、踏み躙ることになるだろう。それを厭うなれば、岐路にて踏み留まるがいい」
「・・・」
訝る表情。だが、信じぬとも決め兼ねている顔。
然程他人を信じぬ性質であろうセディックが、俺の忠告を馬鹿なことだと一蹴し、即座に切り捨てはしなかった。迷う顔をする。
変わる余地がある。
まあ、今はこれでよしとするか。
後は、ネイサンへと託した手紙。それを見れば、どうにかなるやも・・・ふむ。もしかすると、先程の『最悪』は俺の言伝を読んでいない場合の未来なのだろうか? と、ふと思った。もしくは、セディックの決意が余程固く、言伝を読むのが遅かった場合か。
気が向かなければ、貴族が入ってもおかしくはないこの食事処に入ることはなかった。今日は偶々、ここへ入り、俺はセディックと出逢った。
これもまた、巡り合わせというやつなのであろう。
「では、馳走になった」
そう言って立ち上がった瞬間――――
※※※※※※※※※※※※※※※
「セディック様、侯爵家の跡取りはどうなさるおつもりですか?」
凛々しい顔付きの女が聞く。
「できれば、ネイトのところの子を養子にしたいと思っているんだけど……」
困ったような声での返答に、顰められる女の表情。
「まだそんなことを言っているのですか・・・わかりました。では、離縁致しましょう。セディック様」
「え? け、ケイトさんっ?」
焦る声に、
「昔、セディック様はわたしへ言いましたよね? 子供が小さいままでいられる時間というのは限られている、と。ご自分は、ネイサン様と離れて暮らすことになり、幼い頃からの成長を見逃して大層悔しい思いをした、と。わたしがリヒャルトとの接し方に悩んでいるときにも、リヒャルトの成長を見逃してもいいのか? リヒャルトに忘れられてもいいのか? と、そういう風にも聞いてくれました。ネイサン様のお子を幼いうちに養子として我が家へ迎え入れるというのは、ネイサン様とスピカ様、そしてお二人のお子達に、セディック様がしたような、寂しくてつらい思いをさせるということです。わたしは、そんな非道な真似はしたくありません」
女はキツい眼差しで、滔々と言い聞かせるように話す。
「そ、れは・・・」
俯く栗毛の男。
「ということですので、離縁致しましょう。それに、わたし達の婚姻は契約。セディック様は、わたしが離縁を申し出れば、時期を見て応じて頂けるという約束をしてくれました」
「・・・はい」
男が情けない顔で返事を返すと、
「では、わたしは実家へ帰らせて頂きます」
凛々しい顔付きの女は、そう言って部屋を出て行った。
※※※※※※※※※※※※※※※
「……ククッ、成る程。変わると、そうなるのか」
先程の『最悪』に比べるとなんともまあ・・・
「?」
いきなり笑い出した俺を、不審そうに見やる焦げ茶の瞳。
先程や、以前に視えたときに比べると随分と情けない顔ではあったが、なかなか面白きことになるようだ。
「馬鹿は馬鹿でも、こちらの方が余程いい」
復讐を遂げたような昏い貌や、精神の均衡を崩した貌より、主人に捨てられた犬のような情けない顔付きの方が断然いい。
「お前、あまりバカな言動をして凛々しい嫁御に捨てられぬよう、せいぜい気を付けるがいいぞ」
「はい?」
「ではな、達者で暮らせ」
と、セディックと別れた。
「ククッ……」
俺がする多少の忠告や言動で、面白いように未来の『最悪』が変わることがある。
酷く『悲惨な最悪』が、あのような面白きものへと。
まあ、当事者達からしてみれば変わる前の悲惨な状況は知らず、変わった後の事態も『最悪』であることに変わりはないから、堪ったものではなかろうが・・・
そう成ってしまったやもしれぬ『悲惨な最悪』が、程々に『平和的な最悪』とへ変わるのだから、善きことではあろう。
さて、次はどこへ向かうとするか?
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読んでくださり、ありがとうございました。
キアン「『女難』というのは、なにもプレイボーイ的なものばかりではない。女に好かれ過ぎるのも問題だが、嫌われるが故の『女難』ということもある。または、身内関係の『女難』というのもな? 大枠で言えば、男なのに女と間違われることも『女難』と言えば『女難』であろう」( -`▽-)✧
キアン「ネイサンや俺の『女難』については、身内に嫌われての『女難』という側面が強い。俺は、自国の国王夫妻に嫌われているからな。全く、王位継承権とは厄介なものだ」( -`д-)=3
セディーがケイトさんにポイされちゃうかも? な『最悪』を視て二回目のキアン視点終了。(笑)
次は登場人物紹介4です。




