ではな、達者で暮らせ。
「仕立て屋よ。絹糸が余っていれば、都合してほしいのだが」
「けんし? レザン?」
「うん? 呼んだか?」
「いや、絹だ。絹の糸」
「絹? 縫い物や刺繍でもするんすか?」
「繕いもの……と言えば、繕いものではあるな。絹の糸は、抜くのを忘れてもそのまま溶けるからな。便利なのだ」
「溶ける? 便利? どういう意味?」
きょとんと首を傾げるテッド。
「ああ、絹糸は傷を縫うのに便利なんですよね~」
エリオットがにこにこと同意。
「へ? 傷を、縫う?」
「うむ」
「知らない? 絹糸は普通の糸とは違って、傷口を縫って後に抜糸するのを忘れても、皮膚にそのまま溶けちゃうんだよ。そして皮膚に溶けたとしても、特に身体に害は無いし……よっぽど縫うのが下手くそでもない限りは、引き攣れて痛むこともない。だから、絹糸は服飾関係以外にも結構重用されるんだよね。でも、なんでテッドに絹糸の都合を?」
「ああ、聞いたのだ。仕立て屋が土産だと言って、針や糸などをフィールズの使用人達へ渡したのだと。余っていれば、都合してもらえると有難い」
「もしかして、来るときのあの大荷物?」
どうやら、馬車で運んでいた荷物は、家の宣伝も兼ねてフィールズ家へ贈呈したようだ。
「ふっふっふ、持って来たのは糸だけじゃねーぜ? 他にもタオルとかもあるしな」
「はい、お土産を頂いちゃいましたっ♪早速使っています。ありがとうございましたっ、メルン先輩」
「いいってことよ」
ふふんと胸を張るテッド。
「ほう……」
そして、キアンがニヤリと笑った。あ、これはテッドに集る気満々の顔だ。
「よし、賭けをしようではないか! 俺が勝ったら、絹糸を安く譲ってもらう。負ければ相場の価を払おう」
「面白そうっすね! いいですよ」
「というワケで、小動物も乗るがいい」
「ふぇ? 僕もですか?」
「度数の高い酒や、他にも細々とした物があれこれ入り用でな」
「あれ? 酒飲まないんじゃなかったっすか?」
「……この流れからすると、消毒用だろう」
「うむ。そして、気付け用だな」
「麗しき同志よ。お前もなにか出すがいい」
「……ま、いいけど。そうだね、口径が合うなら、弾を譲ってあげる」
「合わなくても構わぬぞ? 使い道は幾らでもある。火薬は便利だ」
「そこはちゃんと構えよ。弾は分解すると危険なんだから。口径が合わなかったら……この周辺の地図とコンパス、時計に保存食、マッチも付けてあげる」
「いいだろう」
「ふむ……では俺は、砥石と外套。そして、岩塩でどうだろうか?」
「……俺も、なにか出した方がいいのか?」
「ん? 別に構わぬぞ? 出したいならば出すがいい」
「……それじゃあ、メモ帳でどうですか?」
「いいだろう、ではやるぞ!」
と、カードゲームで賭けをすることにした。
「フハハハハハっ! また俺の勝ちだな!」
「っだ~っ!? 負けたっ!!」
「もう少しだったんですけどね~」
相変わらず、食料やら必需品を賭けると強いことで。
「……イカサマ」
「ふっ、そう思うなれば見破ってみせよ!」
「ええっ!? キアン先輩イカサマしてたんですかっ!?」
「さて、どうであろうな?」
「で、本当のところは?」
「ふっ、仕掛けられたら、賭場を沸かせるこの俺の腕を披露してやろう!」
「では、正々堂々の勝負ということだな」
どうやら、イカサマはまだしていない模様。だというのに、この勝負強さ。
というか、賭場でイカサマを仕掛けられたら仕掛け返すのか……本当に、よく無事だよね。
そして結局みんな、賭けた物をなにかしらキアンに巻き上げられた。
その翌日。
「ではな、達者で暮らせ」
キアンは笑って、あっさりと旅立って行った。
「……なんというか、凄い人だったな。色々と……濃いというか」
「でしょ? あれを見てると、自分を憐れむのが馬鹿らしくなる」
自分よりも明らかに大変な境遇で生き抜いて来て、けれどキアン本人がそれを嘆くことはなく、むしろそのことを笑い飛ばしたり、人から色々と巻き上げるネタにしていたりと、なんだかんだ楽しそうにしている。
そういう風に、見える。まぁ、他人に弱みを見せないようにと、キアンが明るく振る舞って見せているだけなのかもしれないけど。
それでも、キアンのあのカラっとして鷹揚な気風は、奴の勁さの顕れなのだと、そう思う。
騎士学校で、キアンの泰然としたような飄々としたような、無駄に偉そう(実際は敬われて然るべき身分ではあるけど)だったり、人に集ったり、よくわからないことを言って色々と引っ掻き回したりと、そんな風に図々しくも図太くて、逞しい、ちょっぴり無神経にも見える生き様に救われた奴は、少なくない。
壮絶とも言える境遇で育ちながらも、自らを嘆くことをせず、捻くれることもなく、笑い飛ばすキアンの前で、両親と不仲という程度で『自分は不幸だ』なんて口が裂けても言えないし。
「……確かに」
まぁ、キアンはかなりの変人で、近くにいられるとなんかこう、色々と厄介事がやって来たり、ペースを乱されたりもして結構大変・・・というか、マジで疲れるけど。
でも、悪い奴じゃないことは確かだ。どっかで元気でやってくれればいいとは思う。
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読んでくださり、ありがとうございました。
達者でとか言っておいてなんですが、次回は視点変更です。(笑)




