そういうときのハウウェルは、いつもより凶悪になるな。
翌朝。
「あ、よかった。ハウウェル先輩まだいたんですねっ!」
朝食を食べてから寮を出ようと思っていたら、エリオットに声を掛けられた。
「……ん。おはよ」
「おはようございますっ。ふふっ、まだ眠たそうですね。これから朝ごはんですか? 僕もご一緒していいですか?」
頷いて、朝食を注文。空いている席に着く。
「旅程のことなんですけど」
「……旅程?」
なんだっけ? エリオットがどっか旅に出るのか。
「えっと、僕のおうちの別荘にご招待するという件です」
「ああ」
そんなこともあったな。
「地図が届いたので、ハウウェル先輩にお貸ししようと思いまして」
「地図・・・見せて」
地図と聞いて、パッと目が覚めた。
「はい」
「ああ、いや。待って。食べながら見て、汚しちゃまずいから。さっさと食べて、会議室に行こうか」
地図は貴重品だ。それを食べ物で汚すワケにはいかない。
「わかりました!」
と、急いで朝食を食べ終え、会議室へ向かうことにした。
「うん? どうした二人共、そんなに急いで……さては鍛錬か?」
移動中、木剣を手にそんなことをのたまう脳筋と遭遇。
「や、違うから。エリオットの別荘地付近の地図を見に行く途中」
鍛練とやらに誘われる前に否定する。帰る前に付き合えなんて言われたら堪らない。
「成る程。それは俺も興味がある。見せてもらおう」
「はい」
会議室に入り、エリオットの広げた地図を三人で囲んでじっと見据える。
「えっと、この辺りが僕のおうちの別荘です」
「ほう、森林に囲まれた別荘か。鳥獣の有無はどうなんだ?」
「ああ、一応森の深くに熊がいるみたいですが、定期的に脅かしているので浅い場所には滅多に出て来ないそうです。鳥は、野鳥がいるみたいですね」
「ふむ・・・食糧難になれば、狩りにでも行くか」
「えぇっ!? くまさん食べちゃうんですかっ?」
「くまさんって程、野生の熊は可愛くないと思うけど? 絶対凶暴だよね。危なくないの?」
「うむ。食糧難になったら、という想定だ」
「ご、ごはんはいっぱい用意しますっ!」
「それなら安心だな」
「それで、君達は普段どういうルートで別荘に行ってるの?」
「ああ、普段は三、四日掛けてゆっくりとこういう感じのルートで向かってました」
すっと地図をなぞる指先。
「え? このルートでそんなに日数掛かるの?」
街道沿いに、幾つかの街を経由するルート。その他のルートを馬車で行ったとしても、距離的には約二日程で着くと思う。
「家族旅行でしたからね。うちは姉様達が多くて、馬車も数台。あちこちで買い物もしながら行くと、ゆっくりとしか進まなかったんですよ」
「ああ、姉君達か」
「女の人の買い物って、長いんですよっ。いっぱいいっぱい喋って騒いで、全然買う物決まらないし。歩いて喋って喉渇いたからって、途中でお茶したり、宿泊予定じゃない町で泊まったりだとかしての、三、四日です」
それは、時間が掛かるのも道理というか・・・
「成る程。寄り道をしなければ、二日……いや、単騎で駆ければ半日で着くのではないか?」
「う~ん……地図的にはそうかもしれませんけど、さすがに半日というのは、軍馬じゃないと無理だと思いますよ」
「ふむ……そうか」
「とりあえず、長く見積もって三日くらい?」
「はい」
日程分の携帯食料。旅費。着替え……その他諸々を頭の中にリストアップして行く。
「で、この近辺は安全なの?」
「はい。この別荘は、お祖父様がお母様の結婚祝いに贈ったという別荘ですからね。公爵家の方の手も多少は入っているので、僕達の旅行中に不逞の輩に出くわしたことはありません!」
キッパリと断言するエリオット。
それにしても、結婚祝いで別荘を娘さんへ贈るとは豪気な。さすがは公爵家ですねぇ。
もしかしたら、フィールズ家のバカンスに合わせて賊の討伐予定を組んでいたりするかもしれませんね。
「そう。わかった」
公爵家の手が入っているなら、余程のことが無い限りは安全でしょう。
「この地図は、外で買えるやつ?」
「一般販売されているのは、もっと粗い感じの地図だと思います」
ああ、やっぱりそうか。とりあえず、この地方の地図は後でうちで探すか、無ければ入手するとして。
「それじゃあ、頭に叩き込むからもう少し見せてね?」
「はいっ、存分にどうぞ♪」
別荘へ向かう途中には、橋で川を渡るルートと川を迂回するルートがある。
雨が長く続いて増水すると、安全の為に迂回して遠回りのルートになる。その場合は足元も悪いだろうから、何日も掛かる可能性もある。天候次第では日程をずらすか、最悪中止の事態にもなり得る。
まぁ、セディーのスケジュール調整もあるからなぁ。その辺りは、どうなっているかわたしにはわからないし。
そんな風にあれこれ考えながら、じっと地図を見詰めていると・・・
「よ、お前らそーんな真剣な顔してなに見てんの? なんか面白いもの・・・ハッ! まさかラブレターでも貰ったのかっ!?」
「もうっ、なに言ってるんですかメルン先輩っ! 誰かが一生懸命書いたお手紙を面白いもの扱いするとか、みんなで見ようだとか、そういう無神経なこと言っちゃ駄目なんですよっ」
「うおっ!? まさかフィールズから説教を食らうとはっ!?」
「うむ。人が一生懸命想いを綴った文を、そんな風に扱うのはよくないぞ」
「いや、冗談だから! 俺そんな酷いことしねぇってばっ! むしろ女の子からラブレターなんて貰ったら大事に大事に読むから!」
「それならいいんですっ」
「……どう見ても地図だな」
「うむ。地図だ」
「んで、なんでそんな真剣に地図見てんの? しかも、わざわざ会議室なんか使っちゃってさー」
「あ、僕のおうちの別荘付近の地図です」
「おお、フィールズん家の別荘! で、どこら辺にあんの?」
「あ、もう少し待ってくださいね」
「? おう、いいけど。なんで?」
「ハウウェル先輩が地図を覚えるそうなので。こういったときに邪魔したり茶化すようなことすると、ハウウェル先輩とっても怒って、すっごく怖いんですよ~」
「うむ。下手をすると、本気でぶん殴られる」
「え? なんでそんな物騒なん?」
「前に……ふざけて地図を見てるハウウェル先輩の邪魔した人達がいて。それを、『五月蠅ぇ。わたしの邪魔するな、馬鹿共が』ってドスの利いた低い声で言って、即行でその人達の急所をぶん殴って、次々と沈めていましたよっ」
「うむ。そういうときのハウウェルは、いつもより凶悪になるな」
「ヤだっ、なんかマジやべぇ奴じゃん!」
「・・・君達、煩いよ?」
なんだか煩いと思って顔を上げると、
「イヤっ、やめて! 殴らないでっ!?」
必死で首を振る奴が……
「は? いきなりそんなことするワケないでしょ・・・って、テッドとリール? いつの間に来たの?」
気付かなかった。
「……割とさっきからいたんだがな」
やれやれという顔で肩を竦めるリール。
「ああ、そう。道理で。なんか煩いと思った」
「もういいんですか?」
「うん。ある程度覚えたから、大丈夫。ありがとうエリオット」
「いえいえ、どう致しましてっ」
「じゃ、わたしはもう帰るから。セディーが参加するかは、セディーの予定次第ね」
「はいっ、わかりました。セディック様の参加は予定次第ということは、ハウウェル先輩は参加してくれるってことですねっ♪」
嬉しそうに笑うエリオット。
「ま、お祖父様とおばあ様に聞いてみる」
「いいお返事待ってますっ♪」
「気を付けて帰るといい」
「またなー」
「……じゃあな」
と、アホ共と別れてうちへ帰った。
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読んでくださり、ありがとうございました。
ネイサンは置き去りにされたり、ロイと一緒に迷子になったり、騙し討ちで騎士に入れられたりと色々あったので、帰るための準備を邪魔されるとマジ切れします。(笑)




