仲良く笑っていてくれたらそれでよかったのです。
そんなある日のこと。
ルリが、お友達のミーニャを抱っこしてお庭をお散歩していたときのことでした。
ミーニャの首に結んでいたリボンが緩んでいたのに気付いて、リボンを解いて結び直してもらおうと思ったら、ぶわっと強い風が吹いたのです。
「きゃ……ああっ、ミーニャのリボンが!」
そして、ミーニャのリボンが飛んで行ってしまいました。ルリは慌ててリボンを追い掛けたのですが、リボンはお庭の木に引っ掛かってしまったのです。
一緒にいた乳母にリボンが取れるか聞いたら、難しいとのこと。男の人の使用人を呼んで、リボンを取ってもらおうとしたのですが、引っ掛かっている場所の枝が細くて、木に登るのは難しいと言われました。
枝を切って落とすか、高い梯子を持って来るまで待ってくれませんか? と聞かれました。
はい、と返事をして、また風に飛ばされてしまっては大変なので、その場でミーニャのリボンをじっと見守っていたら……
「どうしたの? ルリアちゃん」
エル兄様が現れました。
「ミーニャのリボンが、とんでいっちゃいました」
木に引っ掛かったリボンを指すと、
「にゃんこのぬいぐるみのリボン? あれを取って来ればいいの?」
そう言ったエル兄様は、危ないと使用人達が止める間もなくするする木に登って、枝に引っ掛かっていたミーニャのリボンを外すと丁寧に折りたたんでポケットにしまい、危なげなく木から降りて、
「はい、ルリアちゃん」
にこっと笑って、ルリにミーニャのリボンを差し出してくれました。
その途端、トクンと胸が高鳴ったのです。
「あ、ありがとうございます、エルにいさま。おけがはないですか?」
「うん。僕、木登りは得意なんだよ。あ、ちょっと貸してね?」
と、リボンを手に取ったエル兄様が、さっとミーニャの首にリボンを巻き直してくれました。
ルリにはまだ難しい、綺麗な蝶々結びです。
「これで大丈夫っ」
あ、れ? なぜ、でしょうか……?
エル兄様は泣き虫で、レイラ姉様やミラ姉様達によく泣かされていて、ルリが助けてあげないと、なんかちょっと可哀想なお兄様だったのに・・・
なんだか、今日は・・・エル兄様がかっこよく見えましたよっ!?
「エリー! どこー? 出て来なさいよー?」
「ひぅっ! あ、あの、ルリアちゃんごめん、僕もう行くねっ!?」
と、レイラ姉様の声がした途端、ビクッとしたエル兄様は走って行ってしまいました。
エル兄様は、いつものようにレイラ姉様から逃げている途中だったのに、ルリが困っていたから助けてくれたのです。レイラ姉様に見付かるかもしれないのに・・・
ルリは、なぜか胸がドキドキしたままでした。
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かっこいいところがあって……
でも、可愛い人だと思う。
助けてあげたい。
泣いているお顔を見たくない。
笑っていてほしい。
優しくしてあげたい。
これは一体、どういう気持ちなのでしょうか?
よくわかりません。
エル兄様に、ルリの好きなお菓子を分けてあげました。なんだか急に、あげたくなったのです。
「ありがとう、ルリアちゃん。一緒に食べようか?」
と、エル兄様にあげるつもりだったお菓子を一緒に食べてしまいました。しかも、ルリの方がたくさん食べてしまいました・・・
美味しかったです。なぜか、いつも食べるよりも美味しく感じて・・・不思議です。
それからも折に触れ、エル兄様を助けたり、抱っこをねだったり、偶にルリの方が助けてもらったり、一緒にお菓子を食べたりして――――
親族を集めて、レイラ姉様とエル兄様の婚約を発表するパーティーをすることになりました。
ルリは小さいので、ちょっとだけ顔を出しておしまい。レイラ姉様とエル兄様も、お披露目が済んだら引っ込んでいいそうです。
レイラ姉様は、おしゃれを張り切っていました。
この日のために新しいドレスを作ってもらって、踵の高い靴を履いて、ちょっとだけお化粧もしてもらって、
「どう? ルリア、レイラ姉様綺麗でしょ?」
ドレスの裾を摘んでくるりと一周。にこっとルリに笑い掛けました。
「はい」
「ルリアも、婚約者が決まったらお披露目のパーティーがあると思うわ。そのときには、今日のレイラ姉様みたいにルリアに似合うドレスを作ってもらって、可愛い靴を履いて、お化粧をして、と~っても可愛くしてもらえるわよ? ふふっ、ルリアの婚約者は、かっこい人じゃないと嫌だわ」
「? かっこいい人、ですか?」
「そうよ。可愛いルリアを任せる人だもの。お姉様がしっかり見極めてあげるから、安心なさい」
「よくわかりません」
「ふふっ、ルリアはまだ小さいものね」
コンコンとノックの音がして、
「レイラちゃん、準備できた?」
エル兄様が顔を出しました。
「ふふん、どうかしら? 可愛いでしょ」
「うん、レイラちゃん。いつもよりいっぱいおめかししたね。あ、その靴……」
「なに?」
「今まで見たことないし……レイラちゃん、踵の高い靴履くの初めてだよね?」
「それがどうかした?」
「えっとね、踵の高い、細くて華奢な靴って、履き慣れないと靴擦れとかして大変なんだって。姉様達が言ってたよ。もうちょっと低い靴の方がよくない?」
「え~? 折角ドレスに合わせた靴なんだから、このままでいいわ」
「そう? 足、痛くなったら言ってね? 早目に戻るようにしようよ」
「なに言ってるのよ? こんなにおしゃれしたんだから、楽しまないと」
「わかったよ……」
「それじゃあ行くわよ」
と、心配そうな顔をしたエル兄様をレイラ姉様が引っ張って行きました。
そして、ちょっとだけ顔を出したルリが控え室でゆっくりしていると、
「ぅうっ、足痛い」
レイラ姉様の声がしました。
「もう、だから言ったのに……ほら、もうすぐ着くから手当てしてもらおうね」
と、控え室のドアが開いて、泣きそうな顔のレイラ姉様と心配そうな顔のエル兄様がやって来ました。
「レイラちゃん、靴脱げる?」
「うん……」
「レイラねえさま、おけがですか?」
「あ、ルリアちゃん。うん、そうみたい。ああ、レイラちゃん待って。靴は、椅子に座ってからそっと脱いだ方が楽だよ」
「わかったわ」
エル兄様にエスコートをされ、痛そうに顔をしかめながら、ソファーに座ってそっと靴を脱ぐレイラ姉様。そのつま先が赤くなっていました。そして、踵の方は擦りむいたような感じで、血が出そうになっていて痛そうです。
「レイラちゃん、靴擦れが痛いみたいだから手当てをしてあげて。それから、軽く食べられる物と飲み物、それと、柔らかくて踵の低い靴を用意してくれる?」
てきぱきと侍女に指示を出して行くエル兄様。
「うっ!? い、痛い痛い痛いっ!?」
侍女に手当てされて消毒液が沁みるのか、涙目になって叫ぶレイラ姉様。
「意地張って無理するからだよ。あんまり歩かなければよかったのに。靴擦れって、結構馬鹿にできないんだからね?」
「だって、可愛い靴なんだもの。挨拶ついでに自慢したかったし……それに、こんなに痛くなるなんて思ってなかったわ。ねえ……なんか慣れてない? エリー」
「さっきも言ったでしょ。姉様達が、新しい靴で靴擦れをよくしてるからね。靴が可愛いのはわかるけど、自分の足の方が大切だと思うんだけどな? 折角可愛い靴を買ってもらっても、その新しい靴に血が付いたりするのって嫌じゃないの?」
「うっ……そ、それは、確かに……」
「ほら、サンドウィッチと飲み物が来たよ。あんまり食べてなくて、お腹空いてるでしょ」
「ありがとう。よくわかったわね?」
「姉様達が、パーティーから帰って来たときにはよくお腹空かせてるから。ドレスとか着てお化粧してると、あんまり食べられないって。コルセットが苦しくなるし、お化粧が落ちるのも気になるから、会場では飲み食いし難いみたい」
「そうなのね……」
と、エル兄様のお話を聞いて、ちょっとしょんぼりしながらレイラ姉様は、サンドウィッチを齧っていました。
「あ、ここはレイラちゃんのおうちの控え室だから大丈夫だよ? お化粧が落ちても、直してもらえばいいからね」
「エリーって、偶に頼りになるのね……」
「え~? なにそれ?」
エル兄様が話によると・・・どうやら、大人の女の人。立派な淑女になるには、色々と大変なようです。
「ありがとうございます、エルにいさま」
「ふぇ? いきなりどうしたの? ルリアちゃん」
「レイラねえさまをたすけてくれて」
「えっと、ありがとうねっ、エリー」
「ふふっ、どういたしまして」
そうやって、レイラ姉様とエル兄様が一緒に笑っていたこともあったのに――――
ルリは・・・エル兄様とレイラ姉様が、仲良く笑っていてくれたらそれでよかったのです。
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読んでくださり、ありがとうございました。
靴擦れ、実は結構馬鹿にできないです。
腰痛持ちや関節痛持ちの人でなくても、靴擦れや足に怪我などをすると、歩き方がおかしくなったりして、腰、股関節、膝、足首などに痛みが来たりするそうです。お気を付けください。




