母がわたしを呼んでいる、とのこと。
翌日。
気が緩んだのか少し寝坊してしまい、朝食をゆっくり食べているときだった。
実家から、連絡が来た。母がわたしを呼んでいる、とのこと。
わたしに興味の無い母が、今更わたしになんの用があるというのか……
わたしの方は特に話すことは無い。
けど・・・一応、アレでも母親だ。
嫌だなぁと思いつつ、息子だからという義務感で仕方なく顔を出すことにした。
馬車が迎えに来たけど、実家の馬車には乗りたくなかったので、おばあ様に許可を貰って(快くOKが出ました)馬を借りて、馬に乗って実家へと向かった。
無論、帯剣するのとお財布は絶対に欠かせない。なにかあったときの備えは大事だ。とても。
先行する馬車の後を追って馬を走らせながら、やっぱり思う。自分の馬が欲しいなぁ、と。
できれば、賢くて気立ての優しい子が欲しい。
でも、どうせまた三年程は学校に通わなきゃいけなくなるし、そうなると馬に構ってあげられる時間がなくなるだろうから、馬に寂しい思いをさせることになる……
なんて、ね?
いい馬は当然ながら、とてもお高いものだ。そして、わたしにはそんなお金なんか無いから、妄想するだけなんだけどね!
乗馬がしたくなったら、今みたいにお祖父様かおばあ様に馬を貸してくださいと頼む方が無難だろう。
そんな風に若干逃避気味な気分で走っていて・・・実家に、着いた。
「お帰りなさいませ、ネイト様」
と、出迎えてくれた使用人がなんだか気まずそうな顔でわたしを見ている。
「? うん、ただいま。久し振りだね」
「ええ……はい。あの、ネイト様は」
「帰ったようね、ネイト」
なにか言い掛けた使用人の言葉を遮る声は……
「昨日は卒業式だったのでしょう?」
なにやら不機嫌そうな母だった。
「っ! どうして迎えに出してあげた馬車に乗らなかったの? なんでお義父様達の家に向かったの? なんで昨日は家に帰って来なかったの? あなたの家はこっちでしょう? ネイト」
相変わらず、どこか嫌そうにわたしを見やるブラウンの瞳が……目が合った瞬間に驚いたように見開かれ、さっとその視線が逸らされる。
「? お祖父様の馬車の方が先に来ていたので。そのままあちらに向かいました。なにか不都合でもありましたか?」
迎えに出してあげた、ねぇ? よく言う。
「それに、入学から卒業までの三年間、うちの馬車がわたしを迎えに来たことは一度として無かったもので、まさか迎えに来て頂いていたとは夢にも思いませんでしたよ。せめて、事前に連絡があればよかったのですが」
今のは少し、いやみっぽかったかな?
けどまぁ、うちの馬車が先に来ていたとしても、乗らなかっただろうなぁ。
最悪、なにかの事情で祖父母の家の馬車が迎えに来てなかったとしても……う~ん、多分うちの馬車には乗らないな。
学校に馬を借りて、祖父母の家に行っていたかも? 学校まで返しに行くのは少し手間だけど、家族や親類に疎まれているような生徒には、教官達がそれとなく優しい。
なにせ……もし生徒本人が望み、それなりの覚悟があるのなら、親類縁者との縁切りに近いこともしてくれたりすると聞いた。遠方への士官という荒業を使って、ではあるけど。
わたしは別に、そこまで望んではいないし、軍へ進むつもりもない。
まぁ、それはそれとして。
うちの馬車は、乗ったらどこに連れて行かれるかわかったもんじゃない。
目的地とは違う場所に行くわ、更にはそこへ置き去りにされる可能性もあるわと、堪ったもんじゃない。そんな信用の無い馬車に、誰が好き好んで乗りたがるだろうか?
六歳の頃には花畑に置き去りにされたし。十二歳のときには、入学する予定の学園じゃなくて、騎士学校に連れて行かれて置き去りにされたことだし。
まぁそれも、この家ではわたしだけなんだろうけど。
「なんの連絡もありませんでしたから」
「っ、なにが言いたいのっ!?」
それにしても、母は煽り耐性ないな? 社交をしていないのが丸わかりだ。おばあ様ならきっと、にっこり微笑んでいるところだ。
「いえ、別に? それで、なんの用でしょうか? あなたがわたしに用があるとは、珍しいですね」
「・・・ネイト。あなたに縁談を用意してあげたの。感謝なさい」
「は?」
「わたくしの姪ですが、少し夢見がちではありますけど、侯爵家を継げない次男のあなたなんかでもいいと言ってくれる優しい子よ」
「なに、を……?」
「セディーよりもあなたの方が先に縁談がまとまりそうだけど、仕方ないわ。セディーはいずれハウウェル侯爵家を継ぐのだから、そのお相手はもっと吟味しなくちゃいけないものね」
セディーのことを柔らかく語る声に……
母の実家とは、付き合いが薄い。あちらの親族とは、会ったことが無い。ああ、いや。隣国のクロシェン家にいたわたしとだけ、疎遠だったのかもしれないけど。それで、なんで今更? というか、あなたが他人を夢見がちだとか言うと笑えるんですけど? と、そんなことが頭に浮かんだ。
「お見合いは明日よ。服は用意してあげたから、あなたも準備しなさい」
この人は一体、なにを言っているのだろうか?
「・・・わたしには、既に婚約者がいるのですが?」
すぅっと、頭の芯が冷えて行くのがわかる。不快げに顰められた顔を見やる。
「まだそんなことを言っているの? 単なる子供の我儘でしょう? クロシェン家にはもう十分なお礼をした筈です。あなたももう年頃なんだから、いつまでもあちらの子のおままごとに付き合う必要はないでしょう? いい加減になさい」
「・・・あなたの方こそ、いい加減にしてください」
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