とりあえず、シバかれることは確実だ。
「ありがとうございましたっ、ハウウェル先輩!」
「はいはい」
ガシっと抱き付いて来ようとするエリオットの顔面を、片手でガッと掴んで止める。
「うぷっ!?」
「離れろ?」
「美少女な顔にアイアンクローかましたっ!?」
「顔関係ある?」
「可愛い顔だろ! 手加減してやれよ!」
「顔に手加減って、なにそれ? というか、まだ脇腹痛いんだけど」
「あう~、はい。すみません・・・ハウウェル先輩のお陰で助かりました。危うく、昨日みたいにレイラから逃げ回らないといけないところでしたから」
残念そうな顔で下がるエリオット。
「は? なにお前、昨日もあの婚約者さんから逃げてたワケ?」
「はい。レイラは普通クラスなので、授業がある日は一緒にならないからいいんですけど・・・昨日は寮の方に来て、呼び出しをされて・・・玄関の前にいたレイラをダッシュで振り切って、何時間も学園中をうろうろしていたら、綺麗な顔をした先輩が乗馬対決をしているらしいって話を聞いて、馬場に行ってみたらハウウェル先輩とレザン先輩に会えました!」
そういう経緯があったのか・・・
「お前なぁ・・・婚約者っつーか、女の子を蔑ろにするとは何様だこの野郎っ!? と、言いたいところだが・・・あれ、付いてったらかなりマズいやつだったからなー。ま、ドンマイ」
いつもならもっと食って掛かるのに。やっぱりテッドも、フィールズ嬢のエリオットに対する仕打ちを可哀想に思ったようだ。
「……女子というものが、あんなにも恐ろしいものとは」
身震いするような声に、
「そうですよねっ!! わかってくれますかグレイ先輩っ!?」
パッとリールの手を取ろうとするエリオット。
「っ!? よ、寄るなフィールズっ!?」
リールは大袈裟に後ろへ下がった。
「そ、そんな、ひどいですっ……そんなに僕のこと嫌いですか?」
「ぁ~、リールは女の子苦手だかんなー」
「ぼ、僕は女の子じゃないですよっ!!」
「そ、それは知ってる」
赤い顔で、エリオットから目を背けるリール。
「ならどうしてですかっ?」
「それはリールが、美人さんな顔が苦手だからだ。ちなみ、最近慣れて来たハウウェルにも最初こんな感じだったからなー。あんま気にすんなって」
「……僕、ストール巻いた方がいいですか?」
と、どこから取り出したのかエリオットがストールに目を落とす。昨日のやつとは違うストールだ。さすがに、昨日のストールは涙や鼻水でべちゃべちゃだったからな。洗濯中……だと思いたい。
「い、いや、別に隠さなくていい。俺がフィールズの顔を直視しなければいいだけのことだからな」
エリオットから顔を逸らして答えるリール。
「ま、そのうち慣れるだろ」
「そうなんですか?」
「うむ。いつの間にか、ハウウェルの顔にも慣れているからな」
「わかりました……」
「さて、エリオット」
「はい、なんですか? ハウウェル先輩」
「フィールズ公に報告ね」
「え? 本当にお祖父様にご報告するんですか?」
不思議そうに瞬く大きな瞳。
「当たり前でしょ。君は、どうでもいいことはすぐ報告しようとするクセに、どうしてかこういう大事なことは報告したがらないんだから。全く……」
「あれ、脅しじゃなくてマジだったのかよっ!」
「マジだよ。あのね、フィールズ嬢の言動は、かなりのスキャンダルに発展するところだったんだよ? さっきも言ったでしょ。あのまま付いて行ってたら、エリオットかフィールズ嬢は、よくて停学処分。最悪退学。そして、一緒にいたわたし達も、下手をしたら監督不行き届きという名目で巻き添えを食らってたかもしれないんだよ? そんなことになったら、ハウウェル家とクロフト家が、フィールズ家に黙ってるワケないでしょうが」
お祖父様はあんまり煩く言わないかもしれないけど、セディーがどう出るかわからない。
「・・・まぁ、黙ってはいないかもしれんな。とりあえず、シバかれることは確実だ。俺が・・・」
憂うような低い声。
「え? なんでお前がシバかれんの?」
「この学園に入学することが決まってから・・・お前が女性関係の問題を起こしたときには、問答無用で地獄を見せてやるから覚悟しろ、と。兄貴達にそうキツく言われている。あの顔は、本気の顔だったからな。きっと、問答無用でシバかれることになるだろう」
「ヤだ! なんかレザンのにーちゃん達の私怨がすごいんだけどっ!?」
「うん? 私怨、なのか?」
「え? 違うん? にーちゃん達ずっと男子校だから、共学に入ったレザンへの八つ当たりなんじゃねーの? 俺なら、自分がずっと男子校で、他の兄弟が共学入ってきゃっきゃうふふ♪な感じで女の子と問題起こしたら、めっちゃキレる自信あるぞ!」
「……どんな自信だ、それは。というか、フィールズの婚約者の問題も、女性問題に入るのか? レザンのせいではないだろう」
「うん? 女性が関わっている問題だろう?」
不思議そうに首を傾げるレザン。
レザンの家は、軍人の家系。レザンの言い分を聞くよりも先に、手の方が出る事態になる……ということもあるかもしれない。テッドの言う通り、若干……いや、かなり? 兄君達の私怨が混じっているような気もしないでもないけど。
「・・・というワケで、今すぐ報告書を書いて出して来い? フィールズ嬢はもう少し慎みを持った方がいいと思いますよ? って、わたしからそういう風に報告すると、ハウウェル家からの、フィールズ家に対するイヤミだとか苦情だと思われるから。まだ、親族兼、婚約者の君からフィールズ嬢へ苦言を呈した方がいいでしょ。それとも、レザンに地獄を味合わせる気?」
「いえっ!! い、今すぐ書いて速達でお祖父様に出して来ますっ!!」
パッと駆け出したエリオットが寮へ入って行く。
「・・・なー、これってもしかして、思ってたよりも一触即発な感じ?」
「まあね。それに、エリオットを呼ぼうとしていたことが広まると、男のわたし達よりも、フィールズ嬢の方がダメージが大きいよ」
それに――――公爵の孫娘が、婚約者だとは言え、男を寮内の部屋に呼んだ。だなんて……元王族の権力の横暴と無節操な行動に対抗して、通称『キス停学』と呼ばれる今の校則ができたという経緯を考えると、かなり重い処罰になると思う。
この学園、処罰の類は王族でも容赦しないっていうスタンスを取っているし。面子の問題にもなるだろう。そうなれば、フィールズ家の評判にも関わる。
「ぁ~・・・まあ、そうなるわなぁ。幾ら婚約者さんがフィールズのことを男扱いしてねぇっつっても、伝聞や噂じゃ、普通は納得するワケねーし。よくない噂ってのは、広まるのも早いしなぁ」
「……そうだな」
しかもここ、男子寮の前だし。
一応、わたし達以外の姿が見えないのが救いと言ったところか。
変な噂が流れないといいけど・・・
と思っていたら、『キス停学』の校則を知らないと思われる女の子が婚約者に会いに来ていた、という話が既に広まっていた。
まぁ、フィールズ嬢は昨日も来ていたというからなぁ。エリオットを呼び付けようとしていたというから、印象に残っているのかもしれない。大丈夫かな?
それから、寮生が招集されて、
「仮令校則を知らない可愛い女子生徒が来ても、「婚約者に会いに来たから入れてほしい」と可愛らしく懇願されても、避難誘導や命の危機などの緊急事態に瀕した場合は除いて、鋼の意志を持って女子生徒の懇願を断り、なにがあっても絶対に、軽々しく女子生徒を寮へ入れないように。そして、女子寮へ足を踏み入れないように。反した者は、厳罰に処す」
というお達しがあった。
後で文書でも配られるらしい。
可愛い女子生徒や可愛らしく懇願、鋼の意志とかって、わざわざ言う必要ある? とは思ったけど、多くの男子が苦悩するような顔で深く頷いていたから、必要な文言だったのかもしれない。
ちょっとわたしには、よくわからないけど・・・他の男子が苦悩する意味もわからないし。
多分、女子寮の方でも似たような通達がされているんじゃないかな?
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