ご武運を祈っています。
可愛い系の顔に似合わず、かなりのサバイバーのようですね。アルレ嬢は。
「けど、ある日突然、その限界集落にどこぞでやらかした馬鹿なボンボンが領主としてやって来たっす」
・・・もしかしてこれって、アルレ嬢が難あり貴族のことを恨んでいる原因的な話だったりするんでしょうか?
「その、クズ野郎は赴任っつか、左遷? されて来た途端、こともあろうに……時代遅れの因習、初夜権がどうたらとクソたわけた寝言抜かして、村の若い娘を差し出せって言ったそうっす」
「・・・は? 今時そんな、時代遅れも甚だしい、野蛮且つ横暴なことを言い出す馬鹿が?」
「残念ながら、いたんすよねー。ちなみに、村民三十名程の村に、女の子は当時十六のねーちゃんと、ねーちゃんよりも年下の十三の子と、八歳のウチしかいなかったっす。それで、村のみんなは話し合ってねーちゃん達を逃がすことにしたらしいんすけど・・・」
「・・・それ、わたしが聞いても大丈夫な話です?」
「勿論っす。つか、聞いてほしいと思ってっから話してんすよ。で、まずは十三の子を村から出して、その後にねーちゃんが出て行く予定だったんす」
「? あなたは、村を出なかったんですか?」
「ウチはその当時、まるっきり男の子みたいだったっすし。それに一応、ウチは村民じゃなかったってのもあるっすね。村で暮らしてても、よそ者っす。あとは、さすがに年齢一桁のガキには手ぇ出そうとは、誰も思ってなかったんじゃねぇっすか?」
「そうですか」
「それでっすね、ねーちゃんが逃げるってなったときに、ねーちゃんの幼馴染がねーちゃんを売ったんすよ。名ばかりクズ領主に」
「え?」
「狭い村のことっすからね。将来は一緒になる人かも、ってぇ男に金目当てで裏切られたねーちゃんは、そのクズ領主の屋敷に監禁されて一晩を過ごし・・・」
ふぅ、と落ちる溜め息。
「翌朝、悲惨な状態になっているのを発見されたらしいっす。パニックになって暴れ狂ったねーちゃんは気が触れた女として、そのまま近くの修道院に押し籠められちまったんす。それからのねーちゃんは男を信用できなくなっちまって、今も修道院で暮らしてるっす。ねーちゃんがいなくなって、後から聞かされた話がこれっす」
軽いトーンでへらへらとした語り口だったのに、想像以上に重たい話だったっ!?
「で、ウチはねーちゃんみてぇな悲劇を生み出さねぇよう、バンバンクズ貴族を退治してやろうって思ったんす。それで容姿的に、諜報員っつーか、ハニートラップ要員として頑張ってるってワケっす」
「それは・・・その、被害に遭われた方はご愁傷様でしたが・・・村の方は、どうなったんですか?」
「村っすか? ねーちゃんが暴れて、そのクズ男の股間を思いっきり蹴飛ばしたことで町に医者を呼びに行ったりして大騒ぎになったっすからね。クズ野郎は入院して、そのまま村には帰っては来なかったっす。あと多分、ウチの父ちゃんが手ぇ回したんじゃねぇっすか? クズ野郎は不能になったらしいっすけど、その後の話は聞かねぇっす」
「・・・はい? 今、なんと?」
「クズ野郎は不能になったらしいっすけど、その後の話は聞かねぇっす」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「・・・逞しい女性のようで、なによりですね」
驚いて、なんとかそれだけを返す。
まぁ・・・悲劇と言えば、いろんな意味で悲劇と災難な話だったのかもしれない。涙は流せそうにないし、いたましいという気持ちも、一気に薄れてしまいましたけど。
「そうっすねー。ねーちゃんじゃなかったら、取り返しの付かねぇ大惨事になってたと思うっす」
「まぁ、そのクズ野郎は自業自得だからどうでもいいんですが、よく修道院に入るだけで済まされましたね? その女性は」
平民が貴族相手に暴行などをすると、罪が重くなる筈ですが・・・
「あー、その辺りも、父ちゃんが手ぇ回したのかもっす。ほら? 一応、ウチも女の子っすから。後で話を聞いた父ちゃん、激怒してたっす。つか、やっぱハウウェル様は話がわかるっすねー。これ聞いた野郎の中には、ねーちゃんがやり過ぎだって、顔しかめる人もいるっす」
「そうですか」
まぁ、やり過ぎというか・・・
男としては、恐怖なんでしょうね。とは言え、完全に自業自得。そして、理不尽を強いられた人が抵抗するのも当然のことなので、クズ男を擁護する気は全くありませんが。
「ウチの身の上話は、これでおしまいっす。聞いてくれて嬉しかったっす」
「無理矢理聞かせた、の間違いでは?」
毎度毎度、勝手に来て勝手に話しているのはアルレ嬢の方です。わたしは別に、彼女の相手をするつもりは無いというのに・・・
「ははっ、細けぇこたどうでもいいんすよ。ま、ウチはハウウェル様がめっちゃ迷惑してんの見るのも楽しかったっすけど」
やっぱり、嫌がらせでしたか。
「あなた、本当にイイ性格してますよね」
「お誉めに与り光栄っす。ちなみにっすけど、実はウチ、ハウウェル様のこと結構好きなんすよ」
「すみません。あなたみたいな人は全くタイプじゃないので」
「即答っすか! まあいいっすけど。つか、ウチもそういう意味の好きじゃねぇっす。そもそもウチも、ハウウェル様は女顔過ぎてタイプじゃねぇっす。その、ズケズケ言うイイ性格が好ましいって言ってんすよ。この三年間、馬鹿の振りして馬鹿共の相手ばっかしてたっすから。ウチのこと眼中に無ぇのに、なんだかんだ相手してくれるとこも嬉しかったっす」
別に好きで相手をしていたワケではないのですけどね? わたしは単に、軍関係者と揉めることを嫌っただけですし。
「っつーことで、ウチが窓を叩くのは今日が最後っす」
「・・・なぜ、わたしに身の上話を?」
「そうっすねー・・・」
思案するような声。
「ウチは来月から本格的に諜報部に入ることになるっす。すると、今以上に、自分の素を出せる状況じゃなくなるっす。そして、今の自分はきっと汚れ仕事をして行くうちに、どんどん変質して行くっす。だから、素のキアラ・アルレを誰かに覚えていてほしいと思ったのかもしれねぇっすねー」
「そう、ですか」
軍が清廉潔白な場所だとは思っていない。必ず、暗い部分がある。アルレ嬢は、その暗い場所を歩いて行くことを、自分で決めたというワケですね。
わたしが、歩きたくないと思った道を・・・
「ま、素のウチを覚えていてほしいのは、誰でもよかったってワケじゃねぇんで。ハウウェル様と出逢えたことは、ある意味僥倖っすねー」
サッとカーテンを開け、アルレ嬢を見据える。そして、
「ご武運を祈っています」
きょとんと驚いた顔のアルレ嬢が口を開いた。
「おおー、まさかあの、ウチのことを迷惑がって、嫌がってることを隠そうともしねぇハウウェル様からそんな言葉が聞けるとは驚きっす!」
「一応、あなたに敬意を表そうと思ったんですけどね?」
「ありがとうございます、ハウウェル様。今までご迷惑をお掛けしました。では、わたしはこれで失礼します」
パッと敬礼したアルレ嬢が、ふっと窓辺から消えた。
初めて見る、軍人の顔付きをしたアルレ嬢。
あんなにしつこかったというのに、いなくなるときは結構あっさりといなくなりましたねぇ・・・
さて、もう寝ますか。
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読んでくださり、ありがとうございました。
いろんな意味で悲劇。(笑)
そして、この話でキアラがネイサンに絡むのはおしまいです。




