『弟と仲良くできない人は願い下げ』という条件だ。
セルビア伯爵家に到着すると、
「いらっしゃいませ、ハウウェル様」
「いらっしゃいませ、おにいさまたち!」
ケイトさんと手を繋いだリヒャルト君のお出迎え。
「ふふっ、ありがとうございます。初めまして、ではありませんけど、僕の名前はセディック・ハウウェルです。宜しくお願いしますね」
しゃがみ込んで名乗ると、
「せでぃーく・はう……?」
舌っ足らずな声が、僕の名前を綺麗に発音できない。
「ふふっ、セディーでいいですよ? リヒャルト君」
ああ、ネイトが小さかった頃のことを思い出すなぁ。ネイトも、僕の名前を上手く発音できなくて・・・すっごく可愛かった!!!!
「セディー?」
「はい」
「セディー、おにいさま?」
「! はい!」
おにいさま、って・・・もう本っ当、いつ言われてもいい言葉だよねっ!?
「わたしは、セディーの弟のネイサンです。久し振りですね、リヒャルト君」
僕に続いて、ネイトが自己紹介。すると、
「ねいしゃん、おにいさま? おねえさま?」
舌っ足らずな発音で、きょとんとした顔でネイトを見上げるリヒャルト君。ネイトの名前で、ちょっと混乱しているみたいだ。まぁ、ネイトは顔も綺麗だからね。
「リヒャルトっ、違いますよ。ネイサン様です、ネイサン、お兄様です」
それに慌てたように訂正をするケイトさん。
ネイトはそれくらいでは怒らないから大丈夫だと思うな? リヒャルト君は小さいことだし。
「え~と、リヒャルト君。わたしの名前が呼び難いのなら、ネイトでいいですよ」
「ねーと、おにいさま?」
「はい」
「ケイトねえさまとにたおなまえですね!」
「ふふっ、そうですねぇ。ネイトとケイトを聞き間違えたことで、僕とケイトさんは出逢ったんですよ」
「そうなの? セディー」
「うん。ネイトに会いたいな、って呟いた言葉を、ケイトさんが自分が呼ばれたと勘違いをしてね」
そんなことを話しながら、ケイトさんに先導されてセルビア家の中に通された。
それから、案内された応接室でネイトと一緒にセルビア伯爵に挨拶をして、ケイトさんと婚約したい旨を告げた。すると、
「ハウウェル子爵令息は、なにが目的でしょうか?」
セルビア伯爵に訝るような目と硬い声で問われた。
まぁ、僕との縁談は高位貴族の間では避けられていることだからね。怪しまれるのも仕方ないかな?
「うちの娘は、年の離れた弟が可愛いのか、やたら掛かり切りになって婚約を解消してしまい、挙げ句には結婚をしなくてもいいと言うような娘です。ハウウェル子爵令息は、そんな娘に、婚約を申し込みたいというのですか?」
うちの悪評についてなにか言われると思ったのに、どうやら違ったようだ。声は硬いけど、セルビア伯爵の瞳に宿るのはケイトさんに対する心配の色。
「ええ。僕は、そんなケイトさんがいいのです。家族仲が良いことはいいことですから」
なにせ、お互いに『弟と仲良くできない人は願い下げ』という条件だ。
「ケイトが男勝りだと言われていることは? 娘には、伯爵位を継がせる為に、剣も馬も習わせました。けれど、伯爵位はリヒャルトに継がせます。ケイトは、そんな女は嫌だと、縁談を断られたことがあります」
これは、ケイトさんの元婚約者のことかな?
「ケイトさんの能力が高くて同年代の男からは敬遠されていることも知っていますが、女性の能力が高くて、なにがいけないのでしょうか? 剣も馬も扱えるのは、ケイトさんの努力の賜物でしょう? 凄く素敵なことだと思いますよ」
そう答えると、セルビア伯爵が立ち上がり、僕に握手を求めて来た。差し出された手を握ると、ぎゅっと両手で強く握り返される。
「……ケイトを、宜しくお願いします」
低い声が少し掠れていて、よく見るとセルビア伯爵の目が潤んでいる。
ああ、もしかしたらこれが、子供の心配をしている親の姿なのだろう……と、そう思った。
うちの親がこういう表情をしているところは、見たことがない。お祖父様とおばあ様のこういう顔は、見たことがあるけどね。
「はい。これから宜しくお願いします。とは言え、この縁談はケイトさん次第ですからね。無理強いはしたくないので。まずは、ケイトさんの気持ちを聞いておかないと」
ちらりとケイトさんの方を見やると、
「そ、そうでしたね。ケイトの方はどうなんだ?」
慌てたようにケイトさんへ確認を取るセルビア伯爵。
「あなた、ここは二人だけにしてあげましょう」
伯爵夫人がそう言って、ケイトさんと二人で応接室に残される。
ネイトは、リヒャルト君に誘われて外に向かった。宣言通り、早速リヒャルト君と仲良くするつもりらしい。
「では、この婚約に当たってのメリットとデメリットのお話をしましょうか? デメリットを話しておかないのは、フェアじゃないですからね」
「デメリット、ですか・・・」
読んでくださり、ありがとうございました。




