おめでとうございます、セルビアさん。
「呼びましたか?」
と言った瞬間、
「え? ぅわっ!?」
びっくりさせてしまったのか、馬の腹を蹴ったようで、パッと馬が駆け出しました。
わたしは、彼がすぐに馬を宥めると思ったのですが、なんというか・・・ハッキリ言って、下手でした。あまりにも危なっかしく、このままでは彼が落馬してしまうと思い、パニックになっている彼へと並走して手綱を握り、
「わたしが止めますから、落ち着いてください!」
と、焦る彼と馬へと声を掛けてながら宥めて、足を止めさせました。
止まった馬からゆっくりと降り、
「・・・びっくり、したぁ・・・」
青い顔で胸を押さえた彼が、
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
わたしの方を向いてお礼を言ったのです。
てっきり、過去に助けた男子のように「女のクセに生意気だ」とか、「出しゃばるな」などと言われてしまうと思ったのに。
「・・・ぁ、いえ。こちらこそ驚かせてしまったようで、申し訳ありませんでした」
頭を下げると、
「えっと、僕はセディック・ハウウェルですが、あなたは? 初めまして、ですよね?」
不思議そうな顔で自己紹介をされました。
「わたしはケイト・セルビアと申します」
わたしを呼んだのは彼の方だと思いながら、名乗られたので名乗り返すと、
「ああ、それで、呼びましたか? だったワケですか。すみません、僕が呼んだ……というか、独り言で言ったのはケイトさんのことではなくて、ネイトです。音が似ているので間違えたのでしょう。紛らわしい真似をして、すみませんでした」
謝られてしまいました。
「あ、いえ。こちらこそ、聞き間違いをしてしまいましたので……」
しかも、危うくハウウェル様へお怪我をさせてしまうところでした。申し訳なくて恥ずかしい・・・
「そう言えば・・・確か、セルビア家は少し前にご長男がお生まれでしたよね? おめでとうございます、セルビアさん」
にこりと微笑んで話を変えたハウウェル様。その顔には、今まで言われたお祝いの言葉のように、嘲りや憐れみが全く含まれていない、純粋に祝福するような表情でした。
わたしへ弟の話題を振る人達には、悪意や憐れみが透けて見える人ばかりだったのに・・・
「……ぁ、りがとうございます」
「? どうかしましたか?」
ハウウェル様はわたしの不自然なお礼の言葉に、首を傾げる。
「いえ。その、おそらくは学年も違うと思いますし、家同士の付き合いがあるというワケでもないのに、と思いまして。少々驚いてしまいました。わたしは中等部の二年なのですが、ハウウェル様は?」
驚いたのは本当です。実は、祝福されたことに、なのですけど。これは内緒にしておきましょう。
「僕は高等部の一年ですね」
二つ上の方でしたか。道理で見た覚えがない筈です。中等部と高等部では校舎が違いますからね。
「そうでしたか。ハウウェル様はきっと優秀な方なのでしょうね」
今はテスト期間で、部活に精を出している生徒はあまりいない。そういう生徒は、テストに自信があるか余裕な人。そうでなければ、テストを諦めて自棄になっている人か、変わり者くらいなもの。
ハウウェル様は、自棄になっているような雰囲気には全く見えないので、余裕のある方なのだと思います。まぁ……変わり者、という可能性もありますけど。
「そう言うセルビアさんだって、上位クラスではなかったですか?」
「ハウウェル様は、わたしのことを知っているのですか?」
「いえ、直接お会いするのは今日が初めてだと思いますよ? ですが、僕も去年までは中等部にいましたからね。張り出されるでしょう? 成績優秀者の席次は。セルビアさんは、ずっと五位以内をキープしていましたよね」
にこにこと言い募るハウウェル様。
「他学年の方の席次をチェックしているのですか? ハウウェル様は」
他学年にお知り合いでもいるのでしょうか?
「ええ。後輩に勉強を教えることがあるので。面白いですよ? 勉強を教えた後輩の順位が伸びて行くのは」
そういうことでしたか。どうやらこの方は、成績上位者の中でも、かなり余裕のある方なのでしょう。そして、記憶力も良いのでしょう。しかも、教えた方の成績が伸びて行くというのなら、教え上手なのかもしれませんね。
「それに、今はテスト期間ですから。余裕が無い人は来ないでしょう? まぁ、セルビアさんがテストを投げているという可能性も、なくはないですけどね」
クスクスと冗談めかして笑う声。けれど、イヤミは特に感じられない。
同年代の男子の中で、こんなにわたしへ穏やかに接してくれる方は初めてです。年上の方だからでしょうか? それとも、わたしのことは成績でしか知らないからでしょうか?
鞭を振り回すような女だと知れたら、他の男子生徒のようにわたしを敬遠するのでしょうか?
「ハウウェル様は、どうしてここへ?」
読んでくださり、ありがとうございました。
ケイトさんに颯爽と助けられるセディー。
この二人だと、セディーの方がヒロインっぽいかも。(笑)




