もう、今までのように頑張らなくていい、か……
視点が変わります。
初めて彼と出会ったのは、テスト期間中のことだった。
「もう、今までのように頑張らなくていい、か……」
そう呟いて、馬に乗っていたとき――――
わたしの家は伯爵という爵位を持っている。
けれど、子供が女子のわたししかいなかった。
そういうときは大抵、婿を取って入り婿に爵位を継がせるか、親族男子を養子にしたり、娘婿にしたりして爵位を継がせるのが普通だ。
でも、父はわたしに爵位を継がせると宣言した。
他人に爵位を継がせるのが嫌で、かと言って親族の誰かに継がせるのは、爵位を返上よりも嫌なのだそうです。
まぁ、うちは親世代の親族間の仲が凄く悪くて、その影響で子供同士も不仲ですからね。
わたしだって、女というだけで馬鹿にするような連中と結婚するなど、冗談じゃない。
そういうワケで、わたしは女だてらに爵位を継ぐ為の教育を施され、厳しく育てられて来た。
有事の際の為にと、剣も馬も銃も習った。それだけでは不安だと、最速の武器である鞭も習った。
剣や馬を習うときには、「ついでだから一緒に習わせてやってほしい」と、親族男子達もうちに来て同じ教師に習ったけど・・・
「ハッ、女なんかにできるかよ」
「どうせお前はハクシャクになれるワケないんだから」
「お前の代わりに俺がお前の家を継いでやるよ」
「お前がどうしてもって泣いて頼むなら、ケッコンしてやってもいいぜ」
「痛い思いをさせてやる」
親族の男の子達に囲まれ、笑いながらそんな言葉を浴びせられたわたしは・・・
ムカついたので、彼らをボッコボコにしてやりましたとも。実は、彼らがうちに来るよりも前から、わたしは剣を習っていたので。
まぁ、あくまでも剣の練習の一環として、だったので、暴力ではありません。それに、一応ちゃんと手加減はしましたし。
しかも、後から聞いた話しによると彼らは、「生意気なケイトに怪我をさせて、痛い思いをさせて泣かせてやれ」と、親に言われていたのだとか。
あわよくばわたしを傷物にして、責任を取るという形で婚約を図る。もしくは、怪我を理由に、女に当主をさせるのは無理だ。という状況を作りたかったようです。
発想が下衆い。親の言うことに従って、わたしを怪我させたり泣かせる気だった彼らも、気持ち悪い。あんなのが親族だなんて、本当に最悪で大っ嫌いです。
まぁ、一度ボッコボコにしてやった後は、極偶にしか剣を習いには来ませんでしたけど。無論、その度にわたしが勝ったので、いつしか誰も一緒に剣を習うことはなくなりましたね。
あの頃は若かったですね。
剣でも馬でも、あのアホ共に負けてなるものか! と、更には、勉強も当主教育も、淑女としてのマナーも、なにもかもにガムシャラに邁進していました。
そうして、学園に入学して、上位クラスの成績をキープして・・・
伯爵補佐としての婚約者が決められました。二つ年上の彼と初めて会ったときには、「君を支えられるよう、頑張るよ」そう言われました。
政略ではありますが、わたしなりに仲良くなれれば……とは思っていたのですけどね。
乗馬は好きだったので、乗馬クラブに入部して・・・
入部当初は、やはり男子生徒にとやかく言われましたね。それらを全て、実力で黙らせましたが。文句を言って来た方よりも、わたしの方が乗馬技術が上だと証明して。
そうやってわたしが乗馬クラブへ入ったことで、女子生徒が増えたそうです。女子生徒へ乗馬を教えたりしているうちに、女子に頼られることが多くなりました。
その代わり、比例するように男子生徒達からは「生意気だ」「可愛くない」「女のクセに」「爵位を継ぐからと言って偉そうにして」などという風に言われることが増えましたが。
そんな折り、この学園に通っている親族男子にしつこく絡まれたのでイラッとしてつい、鞭を出してしまいました。ビシッ! と、足元の地面を打ち付けてやると「覚えてろよ!」と言って、逃げて行きましたね。
その後、わたしが鞭を持ち歩いて使う(実は防犯の為、常に携帯しています)との噂が広まったのか、一部の男子からは顔を逸らされるようになってしまいました。きっと、ドン引きされてしまったのでしょうね・・・
そうやって、頑張って来た。
けれど去年、わたしに弟が生まれた。
両親は大層喜んで・・・
父はわたしに、「今まですまなかったな、ケイト。もう、頑張らなくていいぞ。リヒャルトが無事に成長するまでは次期当主候補として扱うが、その後はお前の好きにしていい」と、そう言ったのです。
いきなりそんなことを言われても、わたしは・・・
勿論、弟が生まれたことは、喜ばしいことです。
わたしは元々、小さくて可愛いものが大好きだったので、初めて小さくて可愛い赤ちゃんを見て・・・少々じ~~~っと真剣に見過ぎてしまったようで、睨み付けていると勘違いをされてしまいました。
そして、「リヒャルトを見るのがつらいなら、無理をしなくていい」と父に言われてしまいました。
違うのです、とすぐに否定したのですが、父にはわたしが弟の誕生を喜んではいないという風に思われたようです。
それからは、なんだか家に居づらくなってしまいました。
わたしはただ、小さくて可愛らしいものを思い浮かべると幸せな気分になるので、小さくて可愛らしい赤ちゃんの姿を、余すところなく記憶に焼き付けたかっただけなのに・・・
婚約者は、わたしに弟ができたことで、「君が当主になる筈じゃなかったのか?」と聞いて来ました。まだわたしが当主候補だと告げると、少し安心した顔をしていましたが、少なくともリヒャルトのことを祝福してはいないようでした。
憂鬱な気分だったので、テスト期間中でしたが、乗馬をして気晴らしをすることにしました。
馬に跨がって歩を進めながら、
「もう、今までのように頑張らなくていい、か……」
思わず呟いたときだった。
「……イトに……たいな……」
誰かに呼ばれたと思い顔を上げると、ぽつんとした馬場に、わたしの他にも馬に乗っている生徒がいたのです。
見知らぬ人ではあったのですが、呼ばれたのに無視するのは失礼だと、その男子生徒の近くに並んで声を掛けました。
「呼びましたか?」
読んでくださり、ありがとうございました。
ケイトさんが中等部の頃のことです。




