負けを認めて差し上げても宜しくってよ。
ちょい手直し。中身は変わってません。
男子寮ではのびのびと。休憩時間や放課後はこそこそと過ごしていて――――
乗馬クラブへ顔を出したとき、
「ハウウェル様、少し宜しいでしょうか?」
セルビア嬢に声を掛けられました。
「はい、なんでしょうか?」
「ハウウェル様……セディック様への伝言をお願いしてもいいでしょうか?」
わたしにではなくて、セディーへの用事だったらしい。
「はい。では、どうぞ」
「では・・・このようなことはあまり言いたくはなかった上、心底悔しいのですが、仕方がないので、負けを認めて差し上げても宜しくってよ。以上です。頼めるでしょうか?」
「え、ええ。わかりました」
負けを認めるってなんだろう? と思ったけど、なんだか触れちゃいけないような気がするので、聞くのはやめておくことにした。
「では、週末に帰ったときに伝えますね」
「そうですね。伝えるのは……」
と、そんなことがあった週末。うちに帰って、
「こないだはごめんね! 今日と明日はいっぱい遊ぼうね!」
とセディーに構い倒されて、遊んだ翌日。
そろそろ学園に向かうという前に、
「あ、そうだ。セディー」
伝言を伝えることにした。
「なぁに? ネイト。やっぱり、今日は戻るのやめて明日にする?」
期待するような顔でわたしを見詰めるセディー。
「や、それは明日滅茶苦茶早起きしないといけなくなるからヤだ」
「・・・うん。わかってた。言ってみただけ」
その割には、すごいしょんぼり顔なんだけど? まぁ、それはおいておこう。
「セルビア嬢からの伝言。え~と……このようなことはあまり言いたくはなかった上、心底悔しいですが、仕方がないので、負けを認めて差し上げても宜しくってよ。だって」
「っ!?」
しょんぼり顔から一転、驚いたように顔を上げるセディー。
「セディー? どうしたの? なんの話?」
「え~と、ネイト。なんで、昨日言わなかったの? 今思い出したとか?」
「え? ううん。なんか大事な話だった? セルビア嬢が、セディーには、わたしが学園に戻る直前に伝えてください、って言ってたから」
「っ! あの人はっ・・・」
バッと時計を見上げたセディーが、珍しく悔しそうに顔を歪める。
「? セディー?」
「ああ、ごめん。大丈夫。ネイトに怒ってるワケじゃないからね? ああもうっ……全く、これじゃあ話し合いができるのは来週になるじゃないか……」
「話し合いって?」
「ああ、ケイトさんに婚約を申し込みに行くんだよ」
「はい?」
「自分が負けたのが悔しいからって、こんな風にわざと伝言を遅らせるなんて、あの人も案外大人げないことするよね。今からじゃ、どんなに急いで向かっても、ケイトさん本人が家にいないかもしれない。全くもう……」
やれやれとセディーの溜め息。
「ちょっ、セディーっ? どういうことっ?」
慌てるわたしに、
「ああ、彼女とは、僕の卒業前から賭けをしていてね。で、その賭けに彼女が負けたら、僕と結婚してもらう。僕が賭けに負けたら、将来リヒャルト君が当主になったときに、彼をサポートするっていう話。どうやら賭けは僕の勝ちみたいだから、セルビア伯爵家に、ケイトさんへの婚約を申し込みに行かなくちゃ」
セディーは上機嫌に、にこにこと言い募る。
「な、ちょっ、いや、セディーに婚約者がいなかったのは知ってたけど、せ、セルビア嬢がセディーの婚約者になるのっ!?」
十数年前、母が騒ぎを起こしたせいで、セディーの婚約者は決まっていなかった。上位貴族の間では、母が社交をサボっている上に、アレな人だと知っている人は知っている。
セディーと結婚すると、母が姑として付いて来るのだ。母を知っている人からすると、そんな家に娘を嫁に行かせるのは嫌なのだろう。
かと言って、下位貴族からお嬢さんを見繕ったとして、そのお嬢さんが母みたいなアレな人だったりするとも限らない。まぁ、母程の人はそうそういないと思うけど・・・
そういうワケで、セディーの縁談は全然纏まらなかった。
セディー本人も、縁談が来ないことに特に焦りもなく過ごしていたから、あんまり気にしてなかったけど・・・ここでまさかのセルビア嬢ですかっ!?
う~ん・・・まぁ、セルビア嬢なら、母にも負けないような気はしますけど。
「うん。ネイトは、ケイトさんが義理のお姉さんになるのは嫌? ネイトが嫌って言うなら、もうちょっと考えないといけなくなるけど・・・う~ん、ケイトさんよりも条件のいいお嬢さんを見付けるのは、なかなか難しいと思うんだよねぇ・・・」
と、難しい顔で思案し始めるセディー。
「え? いや、セディーがセルビア嬢がいいって言うなら、セルビア嬢でいいと思うけど? というか、自分の婚約者なんだから、わたしの感情で善し悪しを決めちゃ駄目でしょうに。あと、セルビア嬢の気持ちが一番大事だと思う」
母が姑に付いて来ることに関しても。
「ふふっ、そっか。ネイトが気に入ってくれてよかったぁ。本当は、賭け自体には別に負けてもよかったんだけど、僕も彼女となら……ケイトさんとなら、仲良くやれそうだからね」
「や、なんでそこでわたしを基準にするかな?」
「家族仲は、いい方がいいでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「? なんか言った?」
「ううん。なんでもないよ。それじゃあ、来週は一緒にセルビア伯爵家に行こうか? ケイトさんへ婚約を申し込みに」
「え? や、なんでわたしまで?」
「リヒャルト君に会いに?」
「え? リヒャルト君?」
婚約の申し込みに弟を連れて行くなんて、あんまり聞かないよね?
「それじゃあ、ネイト。ケイトさんに、今週末は婚約の申し込みに伺いますので、是非とも逃げないでください。って伝えておいてね?」
「あ、うん」
と、セルビア嬢への伝言を頼まれてしまった。
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読んでくださり、ありがとうございました。
薄々察していた方もいたと思いますが、こんな感じになりました。
次の話から、暫くは視点が変わります。




