3.逃げる準備
時間がたってもガスも水道も電気も使えたので、夕飯と入浴を3人は済ます。
3人はソファとテーブルや椅子を端に寄せて、布団を3つ並べる。左に美歌、真ん中に文竜、右に美琴。美歌と美琴はそれぞれ文竜と手を繋ぎ、横を向いて空いている手は文竜の腹の上に乗せて、お互いの手を絡ませる。
眠るには早すぎる時間だが、今日あった事が3人を疲れさせ、眠気を誘っていた。
「····じいちゃん大丈夫かな?」
「んー、大丈夫じゃね」
文竜の言葉に美歌はぞんざいに返す。美歌は喧しい年寄りを思い出した。
文竜の両親は数年前に既に亡くなっていて、祖父の二人で暮らしていた。その祖父は、この中の誰よりもタフで元気だったので、何が起こっても平気なような気がした。
「でも、心配だよね」
「うん」
美琴は眉を下げて、心の中で祖父の無事を祈る。
3人は文竜の保護者の事を口にしたが、双子の保護者の無事は口にはしなかった。双子の両親は生きている。しかし、双子がその人達に愛されていたかは別だ。
金だけを二人に渡して保護者としての義務を最低限全うしていると思って、それ以上の関わりはしない。彼らは3人を嫌厭しているからだ。それを3人を知っているので、彼らのことを心配もしない。
会話が少なくなり、静かな寝息をたてる双子。文竜はそれを聞きながら、空中でクルリクルリと縦横無尽に踊っている舞利を薄目で見ていた。
「おっと?」
急に舞利が止まる。文竜は彼女の声に眠気がふっと、飛んだ。
舞利は窓の方にすぅと体を寄せる。窓は開いていないのに彼女には外がわかったようだ。
「どういうこと?」
「これは···二人を起こした方が良さそうだ」
舞利の言いように、文竜は二人を起こそうと静かに声をかけた。
「美歌ちゃん、美琴ちゃん、起きて」
「文ちゃん、どうかしたの?」
先に起きたのは、美琴の方だった。二人と繋いでいた手を離して目を擦る。その手が離れて、美歌が目を覚ました。
「あ?どうかしたか?」
美歌は眠り足りないのか、不満げに声を上げた。その問いに文竜は答えられなかった。
「あぁ、おねぇさんか」
勘の良い美歌は、視線がふらつく文竜に気がついた。美琴は文竜の頬に触って、大丈夫?とそっと視線を自分に向けさせた。
「早く逃げた方がいいぞ」
「今すぐ逃げろって」
文竜は双子に伝える。双子はすぐさま立ち上がり、それぞれの近くあった学校に持っていくバックを逆さにして、乱暴に中身を出した。洋服を詰め込みながら、二人はもっと早く用意しとけば良かったと後悔した。
バタバタとする双子とは反対にじっと文竜は動かなかった。文竜は舞利の行動を見てそれを双子に伝える事を優先した。
「フフ、燃え盛る炎だ」
「炎だって」
舞利が笑う。その瞬間、美琴の眼に部屋一面に炎が回り、取り残される3人が固まって身を守っている映像が見えた。そこでは、思い出の全てが燃えてしまっていた。
「どうしよう、燃えちゃう」
バックに詰める手が止まり、美琴はポロリと大粒の涙を溢した。泣いている美琴に気がついて、文竜はその涙を拭った。
美歌は美琴を横目に見ながら、文竜のリュックを持っていきキッチンからハサミやら包丁を詰める。
「大丈夫だよ。逃げれる」
美歌は文竜の声を聞いたながら、冷蔵庫に入っていた食料やペットボトルを入れるだけ入れた。
「逃げ道はある?」
文竜の問いに是と答える舞利は窓の先を指差す。文竜はベランダの窓を開けて、外を見渡す。左の方で火が上がっているのが見えた。
舞利はスッと人差し指を下に向けた。文竜の目はその指を追って下を見た。ここは5階落ちれば、死ぬ可能性がある。
「階段はもう使えんが、ここから下につたっていけば逃げられる」
「ここしかないの?」
「無いな」
それを聞いて、文竜は部屋に戻りその事を伝える。
「ベランダから下に降りていこう」
「え?」
「分かった」
困惑する美琴とは反対に、冷静な美歌は戸棚からビニール紐をもってきた。自分の腰に紐を巻き付けて縛り、美琴の腕をつかんで立たせた。かなり余裕を持たせ、美琴の腰に紐を繋いでいき、俺の腰にも紐をつけた。
「行くぞ」
3人の腰が紐で繋がれているので、美歌が歩くと残りの2人も引っ張られるように歩く。
最初に美歌はリビングにあった布団を落としていく。もし、万が一落下したときに少しでもダメージが入らないように、と。次に洋服の入ったバックを落とす。刃物が入っていたリュックは文竜が背負っていくことになった。