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1.全てが変わった日

当たり前の日常、当たり前の生活。その日、人々の当たり前が奪われ、特別が降ってきた。

雪の様にふわふわと空から訪れた小さな光は、人々に奇跡をもたらした。それは当たり前を変え、人々は神様の贈り物と言った。

そして、篝屋(かがりや) 文竜(ふみたつ)の元にも同じく贈り物が降ってきた。





「おい、見ろよ!」


窓際の男子学生が授業中に大声を上げた。黒板に書く音だけが聞こえる静かな教室に、その声は響いた。クラスメートは驚き、教師は彼を注意しようと、彼の方向を見た。

窓の外には、小さく輝く無数の光が浮かんでいた。驚き故の一瞬の静寂から、興奮に満ちた声で溢れた。また、他の教室の似たような声が聞こえてくる。


「なに、あれ!」

「ヤバくない?!」

「スッゲー!」

「え!どっきり?」


ザワザワ、ガヤガヤと止まらない会話をする生徒たちを止めもせず混ざる教師。より近くに行こうと一人が立ち上がると、それを合図に一斉に窓へと近づいた。

最初に声を上げた彼の前の席に座っている文竜もまた窓の外を見て、隣に座って居眠りをしていた幼馴染みを揺すって起こす。


「美歌ちゃん、美歌ちゃん、起きて」

「んー、起こすなよ」


美歌ちゃんと文竜に呼ばれた女子学生は、くぁとあくびをする。机の上でうつ伏せになっていたせいで落ちていた左側の前髪の三編みを耳にかけ、右側の髪は指ですく。がに股になっていた足を組み、体を少し動かしてこわばりをほぐした。

彼女の名前は雨野(あめの) 美歌(みか)。スレンダーな体型で学年一の双子美人と噂されている。クラスの女子からも男子からも人気が高く、非公式のファンクラブまである。


「で、何だって?」

「外に」


文竜が指差すと、美歌はその先を見たが彼女の興味を引くことはなく、彼女はスマホを取り出した。


「そういえば、今日はどうする?どっか寄ってく?行きたい場所とかある?」


文竜に聞きながら、スマホでメッセージアプリを開いて、自分の片割れへ返事を書いていく。既に授業が崩壊しているので教師が彼女を注意することは無かった。


「行きたい場所はないけど」

「じゃあ、家に直行でいい?」

「うん」


異変に全く興味を示さなかった彼女に、文竜はもう一度外の事をいうつもりはない。何度言っても彼女が興味を示さない限り、彼女にとっては無いものと同じだった。その性格を文竜は知っているため、彼女の話を優先させた。

文竜は、それでも外の様子が気になるので、横目でチラチラと文竜の姉である舞利(まいり)を伺う。舞利は外ではなく人だかりを見てニヤニヤと笑っていた。


窓も開いてない教室に突風が吹いた。一瞬、誰もが目を瞑る。瞼の裏にチカッとフラッシュの光のようなものが目に焼き付いた。文竜はその眩しさ故に、目を開けることが出来なかった。


「いやあああああ!」


教師の悲鳴が教室に響き渡った。髪を振り回し、耳を塞ぎながら部屋から出ていく。その様子を見て美歌は、鼻で笑った。


「はっ、やばぁ」

「····えっ?何、先生どうしたの?」


目を瞑っていた文竜には状況が分からず、訪ねる。ケラケラと笑う彼女らはそれぞれに答えた。


「あまりの喧しさに逃げたのだろうよ」

「急に発狂して、ウケる」


答えになっていない答えに、疑問が増えるばかりの文竜だが、次の悲鳴に疑問を忘れてしまった。


「うわぁぁ!透明になってる!」


文竜が目を向けると、一人の男子学生の手が徐々に透明になっていった。その声で彼の回りに窓を見ていた視線達は一斉に彼を見る。


「混乱になるぞ。逃げるなら今のうちだ」


舞利はニヤニヤとこれから来る混乱が楽しみで仕方がなかった。どんな風に彼らが慌て、泣き叫び、欲望のままに行動する。その混乱を舞利は見たいが、文竜に警告するのは、彼が大事な弟だからだ。


「先生もどっか行ったし、帰ろうぜ。授業も、もうやんねーだろし」

「分かった」


美歌の言葉を聞いて荷物をまとめ、リュックを背負う文竜。荷物を纏める文竜を待つことはなかった美歌はさっと教室から出ていってしまった。文竜は急いで彼女を追う。

教室を出て、廊下で待っていたのは、美歌の双子の片割れである美琴(みこと)だった。

彼もまた非公式のファンクラブを持つほどの人気があるほどの顔立ちだ。顔回りの髪はおしゃれにパーマをかけている。


「美琴ちゃんのところの教室も大変だった?」

「うん、ちょっとね。これじゃぁ、学校にいても仕方がないかなって美歌ちゃんに相談したら、帰るって言い出して」


美琴の柔らかい声に文竜はなるほど、と相づちを打つ。


「美琴ちゃんのところもか。じゃぁ、急いで帰ろう。もしかしたら、大騒ぎになるかもだし」

「うん」


二人で並んで走ってると、そこかしこから聞こえるパニックになった声が二人の恐怖を煽った。少しすると、先に行っていた美歌の背中も見えてきた。


「美歌ちゃん、早く帰ろう!」


文竜が声をかけると、同じように彼女も走り出した。三人の中で一番足が早いのが彼女で、あっという間に彼女が先頭になった。

学校から外へ出ると町は既にパニックになっていた。うなり声を上げ頭を抱えている人、悲鳴を上げながら逃げ惑う人、喜びで神に感謝する人。そんな人たちを横目に見ながら、文竜達は駆けていく。


「文ちゃん!危ない!」

「えっ」


急な美琴の声に文竜は振り返り、美歌が反応して踵を返し、文竜を庇うように道路側に立つ。美歌が文竜に寄り添う。

そこに角を曲がりきれなかった車が突っ込んできた。ブレーキもせず、加速したまま。運転手は気絶しているのか、ハンドルに頭を突っ伏していた。

文竜は死を覚悟した。


「大丈夫、お前は死なないさ」


舞利の声が聞こえ、それをかき消されるような静けさが訪れた。

目を疑うような光景だった。美歌に触った車がゆっくりと消滅していくのだ。車にのっていた運転手までも。

呆然とする双子の手を取り、その場から逃げる。文竜は逃げることしか考えられ無かった。彼女らは手を引かれるままに走る。


そうして、三人は双子の家であるマンションにたどり着いた。未だに彼女らは自失しており、文竜の導かれるままにエレベーターに乗った。エレベーター内は誰も口を開かず、二人は下を向き、一人はエレベーターの階数表示をみている。文竜は冷たく脂汗をかき始めた手を決して放しはしない。


目的の階で止まるとエレベーターを降り、美歌達の住まいまで歩いていく。幸運にも廊下で誰ともすれ違うことは無かった。

手慣れた様子で合鍵を使い、扉を開けた。そのまま彼女らをリビングに連れていき、ソファに座らせ、靴はゆっくりと脱がせた。

土やらなんやらで、靴あとが出来たのは仕方があるまい。文竜もそこまで考えられなかったのだ。座らせてからはじめて、靴を脱がせば良かったとぼんやりと後悔した。


「なんとまぁ、甲斐甲斐しいことだな」


そう言った舞利の笑顔は、まるでにんまりと笑うチシャ猫によく似ていた。今の言葉に少しカチンっと頭に血がのぼるが深呼吸をして落ち着く。馬鹿にするような言葉に一々突っかかっては、彼女と付き合っていけない。

深呼吸をしていく内に、混乱していた頭が冴えていく。これだけは伝えなくちゃ、と文竜は口にする。


「俺を守ってくれてありがとう」


その言葉に、綺麗な二人の顔が歪んだ。


「ぅ、ぅうう、ごめんなさい、わ、()が引き留めなきゃ、こん、な事にならなかったのに!私のせいで一人消えちゃった!ごめんなさい、文ちゃん、美歌ちゃん!」


エグエグと泣く美琴に釣られて、涙を溢す美歌。


「良かった、守れて良かった!も、もし守れなかったら、()、ずっと後悔することになってた!良かった、守れて!」


美歌は、文竜と美琴を引き寄せ抱き締める。美歌達が落ち着くように、背中を擦る。


数分すると、双子は落ち着きを取り戻し始めた。


「汚しちゃってごめんね」


美琴はそういって、文竜のワイシャツの水分をティッシュで拭き取ろうとする。美歌は恥ずかしいのか、二人から顔を背けながら、豪快に鼻をかんだ。


「はぁ、疲れた」


いつも通りになった美歌が紙屑をゴミ箱に放り投げる。ドスンとソファに座り直し、文竜にも座るように指示する。


「状況を整理しようぜ」


と言って、顎で最初は美琴に話を促す。


「一瞬だけ、見えたの。文ちゃんが車と衝突する映像が。····それでつい文ちゃんに声をかけて、でも、まさか立ち止まった先で事故が起こるなんて思わなかった。言わなければ、運転手の人だって消えなくてすんだかも知れないのに」


美琴はソファの上で膝を抱えて、顔を埋めた。その美琴に寄り添うように、寄りかかる美歌。


「ふーん、予知とかっていうやつ?」

「うん、多分。でも、こんなこと初めてだったの」

「····俺も、車消せるなんて思わなかった。まぁ思えばあん時、なんか知んねぇけど、死なない自信はあったし、守れると思ったんだ」


美琴は手のひらを開いたり握ったりして見つめ、はぁ、とため息をついて自分の髪をクシャクシャとかき回した。


「よくもまぁ、そんな不安定なもので守れると思えたよな。本当に良かった、守れた」


でも、そうか、と彼女は一人納得する。


「つまりは俺も美歌も不思議な力があるし、更についでに言えば、文竜にも能力がある可能性があるのか」

「そうとも!我が弟には、"成長"のスキルがある!」


まるで自分のことのように自慢する舞利の言葉に、文竜は「····成長?」と聞き返した。

虚空を見つめる文竜を双子は静かに見守る。彼のそれは独り言ではない。彼の目には確かに人が写っているのだ。双子もそれを信じていた。ただ、二人に目には写らないだけで。だからこそ、双子は彼らの会話を邪魔しないように口を閉じるのだ。


「そうさ、可愛い弟よ。お前のスキルは成長さ。お前には、いろんな物を成長させる力がある。しかし、それが何にどんな影響を及ぼすのは私でさえ、知らない。お前自身で知っていくしか無いのさ」


ふふ、と笑いながら文竜の頭を撫でた。撫でられて少し口角が上がる。


「なぁ、おねぇさんとの話しは終わったか?」


微笑んだ文竜を見て、声をかける美歌。そうすると、宙をさ迷っていた文竜の視線が美歌の方に向いた。


「え、うん」

「それで、何て?」

「俺のスキルは成長なんだって。でも、ねぇさんもどんな力があるのかも知らないって言ってた」

「成長ねぇ、そりゃまた、楽しそうな力だな」


一瞬、美歌の目が好奇心でキラリと輝く。その眼光に文竜は鳥肌が立つ。


「とりあえずまとめると、俺には消滅の力が、美琴には予知の力が、文竜は成長の力があるっつーことだな」


うんと、相づちを打つ美琴と文竜。


「で、文竜、お前は今日はこのまま泊まっていけ。分かったな」


有無を言わさない美歌の圧力に頷く。


「帰るなら、明日、送っていく」

「····うん、ありがとう」


少し思うところはあったが、何を言ったところで少し口を出すと倍で返ってくるので素直に言うことを聞くしかない。


「····ねぇ、明日、学校あるのかな?」


不安そうに美琴は美歌に尋ねる。美歌は、呆れたようにため息をついて、


「んな、わけねぇだろ。あったとしても行かせねぇよ」


と、呟いた。


11月1日午後6時45分

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