この悪役令嬢を相手にそう簡単には勝てない【短編版】
連載版を投稿しました。こちらもよろしくお願いします。(詳しくは後書きにて)
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「サラ・スペンサー! 貴様との婚約を破棄する!」
学園での卒業パーティの最中、彼は私を見下ろし、そう怒号を上げた。やはりそうなるか。結末は予想していたが、馬鹿馬鹿しくてつい笑ってしまいそうになる。
私の名はサラ・スペンサー。スペンサー公爵の長女、つまり私は令嬢だ。私には前世の記憶がある。前世は平松紗羅という名前で、今世と下の名前の音は同じだった。
前世の私は25歳で事故に遭って死亡。最近よくあるラノベの内容に私も当てはまっているのだ。
……いや、もしかしたら私も最近のラノベの中の登場人物か主人公なのかもしれない。それを知ることは私にはできないけど。
この私に婚約破棄を告げてきたバカな私の婚約者がレオンハルト・オルティス様。このクラート王国の第一王子。将来は王になる予定の人物だ。現時点では。
「貴様のこれまでのエリカへの数々の非道! 絶対に許されぬ!」
そう言ってエリカという女の肩を抱いた。あの女は確か特待生だったはずだ。あまり関わったことはないけど。
ここはクラート王国の王立学園。将来、王国の未来を背負う令息や令嬢のために作られた王国一の学園である。しかし、とても優秀な人物は平民であったとしても特待生として入ることができる。それがエリカだ。この世界には魔法があり、エリカは聖女だけが持つ特殊な魔力を持っている。だから特待生としてここにいるのだ。
「いくらお前が公爵家の令嬢であったとしても、聖女であるエリカへの非道は言語道断! 決して許されることではない!」
「レオンハルト様……!」
さて、何故私が先程これが馬鹿馬鹿しいと言ったのか。それはエリカへの非道など全く身に覚えがないからである。というか、直接関わった記憶がほとんどない。
「あ、そうですか」
そう吐き捨てた。この2人が大衆の面前でいちゃついていたせいか、思わずそう言ってしまったのだ。
……しかしまあ、見ているだけで気持ち悪いわ。
「——!? き、貴様っ!」
「言いかえましょう。彼女への非道など、全く身に覚えがありませんが」
「とぼけるな! この期に及んでまだ罪を認めぬというのか! こいつを捕らえろ!」
すると1人の男が私に近付き、手をかなり強い力で掴む。彼は騎士団長のご子息のはずだ。乙女ゲームの攻略相手としては十分な美貌と肩書き。彼もエリカの味方のようだ。
「痛いので放してください。私は逃げも隠れもしませんわ」
彼は無口なのか何も言わないが、私のことを女性として見ていない。明らかに蔑んだ目でこちらを見てくる。放してはくれたが、掴まれたところがまだかなり痛い。
女の勘とラノベを見ていたことからの経験だが、投獄されて裁かれれば私は死刑だろう。この歳で死ぬわけにはいかない。3度目があるとは限らない。それに、これはこの世界に転生してから想定していたことだ。
「どうか話を聞いてください、殿下」
「お前の話など聞く価値も無いわ!」
「お待ちください、レオンハルト様。お話を聞きませんか?」
聖女らしく優しさを見せたつもりなのだろうか。そんな優しさはなくてもなんとかなったけど。穏便に済ませるという意味では良かったかもしれない。
「私が何をしたのですか?」
「こいつ……っ!」
「レオンハルト様、落ち着いてください。……分かりました。話します」
お前は悲劇のヒロインか、とつっこみたくなるのを堪える。実際、悲劇のヒロインだと思っているのだろうし、周りからもそう見えるのだろう。ということは、私は悪役令嬢ってことか。
「……まず、私はサラ様にお声かけをしましたのに無視をされました」
「この国には下位の者から上位の者に話しかけてはならないという決まりがありますが、ご存知ないのですか?」
この国では罪になったり罰則があるというほどではないが、そのような決まりがある。マナーに近い一般常識のようなものだ。大事な用やそういったことを許されている場でもない限り、白い目で見られるのだ。
「で、でも、サラ様はレオンハルト様にはいつも頭を下げて挨拶を——」
「会釈はしても、声はかけていません。会釈程度ならマナーとして常識ですよね?」
大声をあげて周りの大衆にそう訊くと、多くの人が頷いてくれた。エリカは動揺している。そんなことも知らないとは。自分の無知を自ら曝け出しているだけだ。
「あ、後、暴言を吐かれました……」
「貴女は日頃から先程の挨拶のことを含め、無礼なことをしているので、少しきつく注意したくらいで暴言ですか? 聖女とはいえ、貴女はまだ平民です。その自覚が足りないと注意した覚えならありますが。それに、身分が高い者が低い者に暴言を吐いた程度では罪に問われません」
聖女だからと言って、偉いわけではない。ここで勉学を学び、後に聖女としての学習やここでは学べない聖女のための魔法を学んで、初めて聖女としての位を授かるのだ。それまではただの平民でしかない。
後、身分が高い者から低い者への暴言は罪に問われないというのは半分正解で半分嘘である。余程のことがない限り、平民が訴えてもお金の力や権力で揉み消しにされるからだ。法律ではそのようなことは書かれていないが、それが実態なのだ。
……これに突っ込むことができないというのも、無知だな。「本当の聖女」なら、言い返しただろう。
「エリカは私の結婚相手だ! 指輪もある!」
そう言ってエリカの左手を見せると、確かに薬指に美しい指輪がつけられていた。もう既にプロポーズをしたのだろう。
「指輪があったとしても、婚約もしていないのに何をおっしゃいますか。正式な聖女の位を得れば話は別でしょうけど、平民と結婚はできませんよ? 正式な聖女でも婚約者でもない、今はただの平民です。この場の誰よりも身分は低いです」
私は事実を述べたまで。反論できずに殿下はわなわなと震えていた。今にも怒りで飛びかかってきそうだけど、この卒業パーティの場でそう簡単にはそんなことはできないだろう。立場がある。
「レオンハルト様、私は大丈夫ですので。……それに、私はサラ様に暴力を振るわれました」
「証拠はどちらに?」
「誰もいないところでされたので、人は……医者なら……」
「そうではなく、怪我を見せろと言っているのです。証拠として残していないのなら、話は別ですが。医者など信用できません。お金を積んで、嘘の証言をさせることもできますから」
たったこれだけを聞いて動揺している。特待生のくせにバカなのか? ……そうか、聖女という理由で特待生になっただけで、決して賢いというわけではないのか。
「み、見えないところにされたので……」
「見せなければでっち上げの罪と捉えますよ?」
「こんな大衆の面前で見せられるわけがないだろう! お前はエリカの思い出したくもない過去を掘り返すのか!」
この王子もバカだ。証拠を見せてすらいないのに、よく信じられるものだ。それに、自分から過去を掘り返しているのに、何故私にそう言えるのか。前からバカだとは思っていたけど、ここまでバカだったとは。
「……! あ、足を蹴られた時の傷跡が……!」
思い出したのように、ドレスの裾を持ち上げて、足にできた痣を見せる。彼女の言う通り、確かに痣はできている。
「酷い……よくもこんな所業が……!」
「それは物に当たってできた痣ですよね? 小さすぎます」
一目見ただけで分かる。蹴ってできた痣にしては痣が小さすぎる。もし蹴ってできた痣なら、もっと広範囲にできる。誰にでもできる程度の痣だ。
「そ、それは治りかけで……」
「仮にそうであったとしても、証拠にはなりません。何かに当たっただけでもその程度ならできます」
「黙れ! 貴様はエリカが嘘をついていると言うのか!?」
誰がどう見てもそうだと思うのだが、この世界は前世よりも遅れているせいだろうか。どちらが事実か分かっていないし、むしろ聖女を味方してしている人間の方が多いようだ。不思議でならない。
「感情論で話さないでください。他に証拠は?」
「私への脅しの手紙を……!」
そう言って、大衆に向けて手紙の内容を見せる。そこには「レオンハルト様に近付くな。次に近付いたら殺す」と書かれてあった。それを見た人々は怒りの視線を向けてくる。……悪いけど、私はそこまでバカじゃない。
「脅しの手紙なんて、証拠が残ることをしますか? しかも、私の名前入りです。自分で自分の首を締めるようなバカな真似を、私がすると? そもそも、私は殿下の名前を呼ぶことを許可されていません。『レオンハルト殿下』とは呼んだことはありますが、紅茶をかけられ、お怒りになりました。ですので、『レオンハルト様』とは1度も呼んだことがありません。殿下をそう呼んでいるのは貴女ですよね?」
乙女ゲームの悪役令嬢である“サラ・スペンサー”であれば「レオンハルト様」と呼んでいたかもしれない。だが、私は彼女とは違う。
殿下のことを「レオンハルト様」と書いたことに関しては私が裏でそう呼んでいる可能性も否定はできない。だが、エリカは自分のことを言われたせいかそれに気付いていない。動揺している。
確認すれば良かったのに。正確には確認しなくてよかったはずなのだろう。それでも、何故気付いていないのやら。
「他には?」
「私は見ました!」
突如、1人の男が声を上げた。彼は確か、伯爵家のご子息のはずだ。美形の上に紳士で、女性の人気も高かった。私は前世の記憶があるせいか、特に興味なんて湧かないけど。
「サラ様が盗みを行なっていました!」
「俺は暴力を振るっていたのを!」
男たちから次々と声が上がっていく。この世界は乙女ゲームかその類の世界なのだろうか。男たちは聖女を溺愛しているように見える。聖女である上に乙女ゲームの主人公だと仮定すれば、魅了の魔法を持っている可能性は十分にある。それに、数が多い。モブも魅了していると考えられる。
「これだけの証言がある! 証拠としては十分だろう!?」
そんなレオンハルト殿下の言葉を聞いて、周りの女性たちも向こう側の味方に傾いている。これだけの人数で、しかも自分が慕っている男性たちがそう言っているのだから信じてしまうのも無理はないだろう。
「物的証拠も何もありません。人違いかもしれません」
「ですが、信じる人は多くいます。貴方の家の評判も地に落ちるでしょう」
そう発言したのは宰相のご子息だった。あの聡明な方までもが聖女の味方なのか。やはり、ここは乙女ゲームの世界と思っていいだろう。
だが、流石は宰相のご子息だ。痛いところを突いている。確かに無実で終わったとしても、このままでは噂によって評判は地に落ちるだろう。そして私は国外追放か修道院行きにでもされるだろう。
「いい加減諦めろよ、姉上」
「……ダグラス、貴方もなのね」
我が愚弟、ダグラスだ。次期当主だというのに、こんなとんでもない女に惚れるとは。昔からプライドが高すぎて人の言うことは聞かなかったり、努力をしなかったりして私に叱られ、私とは仲が悪い。その上、私も含めて多くの人を見下す。愚弟だとは思っていたけど、それでも弟。我が弟ながら恥ずかしくなる。
「……分かりました。婚約破棄を受け入れます」
聖女は勝ち誇ったような笑みを見せた。周りの男たちも勝利を確信したように大声を上げ、盛り上がっている。
「ようやく罪を認めたか!」
笑いながらそう言うレオンハルト殿下。私との婚約破棄で、機嫌が良いようだ。
「いつ、私が罪を認めたと?」
その瞬間、歓声が一斉に止む。王国一の学園だというのに、ここにはバカしかいないのか?
「エディ!」
私がそう呼ぶと、書類や袋を持った1人の男が近付いてくる。私のもう1人の弟、エドワードだ。エディは愛称だ。
スペンサー家の次男だが、長男のダグラスよりも聡明で、私は彼に家を継いでもらいたいとずっと思っていた。ダグラスを反面教師にしたのかもしれない。彼は私の味方で仲もいいが、ダグラスとは私と同じ意見で仲が悪い。
「はい、姉さん」
「エドワード……この愚弟が……」
「愚弟なのはどちらですか」
自分の方が劣っていると気付かず、偉そうな態度ばかり。今だってそうだ。人を見下したような目でこちら見ている。あんなやつを当主にしてはダメだ。
「ありがとう、エディ。皆様、人のことより自分の心配をされては? 人の振り見て我が振り直せ、ですよ。まあ、私は全く身に覚えがないのですが」
全員、エリカに夢中だった。それはもう熱狂的に。おかげで、こいつらを破滅に導くまでの道のりが簡単になったよ。こればかりはエリカに礼を言わせてもらおうか。
「これは何だと思いますか?」
エディが持ってきた書類の束を突き出す。全員が何のことか理解できていないようだ。人のことより、まずは自分を心配すべきなのに。
「先程の伯爵のご子息の方。ご自身でお店を経営されているとか。お客様の数から売り上げを推測しますと、報告している売上金が異様に少ないですね。その上、宝石やドレスなどに多額の出費をしています。エリカ殿に貢ぎましたか? 脱税です」
魔法で風を起こし、それを本人に投げつけると、動揺を隠しきれないようだった。この程度で脱税がバレないと思えるのも不思議だが、バレないでできてしまうのがこの世界の現実だ。その辺の整備とかも何とかしないと。
「騎士団長のご子息の方。我が家に盗賊を仕向けたのは貴方ですね? 我が家だけでなく、エリカ殿に嫌がらせをした、あるいはしようとした人にもです。盗賊をお金で雇う時のやり取りの書類や帳簿も発見しています。律儀な盗賊ですね。貴方の弱みでも握っておきたかったんでしょうか? エリカ殿を守るという心がけだけは立派ですが、騎士として恥ずかしい行為ですね」
“だけ”を強調して言ってやった。近くにいたので、直接証拠を突きつけてやると驚いている様子だった。
だが、証拠の書類を丸めて、床に投げ捨ててしまった。かっこつけて、自分は無実だと周りに見せつけているつもりなのだろうか。
やり取りの書類は当然だが、騎士団長のご子息側のものは廃棄されていた。だが、盗賊を特定して捕らえたところ、書類が発見された。彼の弱みを握り、自分達に有利に何かしらの事を進めるためか、捕らえられても見逃してもらうためか……推測でしかないが、大方そんな感じだろう。
「宰相のご子息の方。これは国庫から横領しましたね? 上手いこと誤魔化したつもりのようですが、処理に不自然な点があります。横領したお金で買ったものは宝石やドレス、ブランド物……似たようなものですね。貴方もエリカ殿にでも貢いでいましたか? それに、私への嫌がらせや脅迫紛いの手紙も貴方ですね。筆跡も誤魔化そうとしたようですが、字の癖でバレバレですわ」
同じように魔法を使って証拠を投げつける。彼も自分は無実だとでも言いたいのだろうか。無言で破って投げ捨てて鼻で笑ったが、手が震えている。事実だな。
「そして我が愚弟、ダグラス。我が家の資金を横領するとはどういうつもり? 金貨1000枚は流石に許せません。後、私に毒を盛ったのも貴方ね。毒が入っているとすぐに分かったから、口にしなかったわ。未遂で済んでよかったわね。多少は罪が軽くなるわ。隠してあった毒も発見したし、購入した時の帳簿も見つけたから、罪は逃れられないわ」
「なっ……!?」
このバカな弟、ダグラスは先程の宰相のご子息とは違って偽装工作などはまるでしていなかった。だから、宰相のご子息は少々苦労したのに、こいつに関してはあっさりと分かった。自分はバレないとでも思っていたのだろう。
金貨1枚は元の世界のおよそ10万円になるから、横領額は約1億円になる。
それに、この愚弟は何のために貴族が銀の食器を使うのか理解していないようだ。銀はヒ素などの毒に触れると、化学反応を起こして黒くなる。実際、愚弟に毒殺をされそうになった時にも黒くなった。
散々、両親にも言われた上にこの学園でも学んでいるはずなのに、何のために勉強しているのか分からない。エリカの為に邪魔な私を殺そうとしたのだろうけど、考えが甘い。
「他は多すぎて以下略です。皆さん、エリカ殿を溺愛しているようですね。彼女からの愛を手に入れるなら犯罪までするほどに。調べるのに苦労しましたよ」
そう言って、手に持っていた書類を全て放り捨てた。奴らは散らばった書類から自分の犯罪の証拠を回収しようと血眼になって探しているが、それはただのコピーだ。そんなことは常識のはずなのに、どうしてこうも躍起になるのだろうか。
「さて、エリカ殿と殿下。貴方たちも随分とやってくれましたね」
「何のことだ」
バレないとでも思っているつもりなのだろうか。2人とも余裕を見せている。私のことをバカだとでも言うように、冷ややかな目で見ている。バカなのはどちらなのか。
「とぼけるおつもりで? 殿下はこの国では禁止されている奴隷売買に関与し、利益を得ていますね? 殿下と奴隷商人がやり取りした書類も出てきています」
これは単純にお金を手に入れる目的だろう。奴隷売買が上手くいっているのなら、簡単に多くのお金を稼げているだろう。
……一体どれだけの利益を得たのやら。重臣に誘われ、都合よく利用されているとも気付かずに。今頃、そいつもこんな状況かしら。
「知らん。関係があるとしたら、部下がやったことだろ」
「あら。部下のやったことは上司の責任だ、などと言って私に暴力を振るったのはどこの誰ですか?」
その瞬間、静かだった会場がざわつき始めた。いくら王子とはいえ、この国に尽くしている公爵家の令嬢に暴力を振るうなど言語道断。公爵家と王家の間に確執を生みかねないのだから。公爵家が筆頭となって、内乱が起きる可能性だって否定できない。
「証拠は、とおっしゃられたいようなので見せますね。エリカ殿、これを証拠と言うのです」
私の足を見た人々が更にざわつく。足だけでも、大きな痣が数ヶ所に出来ているのを見て、息を呑む人も大勢いる。この日のために回復魔法は重傷の怪我は治したが、他は痛みを取るのみに留めて、放置していた。
ようやく目が覚めた女性もいれば、信じていない女性もいる。大半は後者だけど。
「私のメイドが紅茶の入ったティーカップを落としました。殿下に紅茶はかかりませんでしたが、殿下に叱られてもおかしくないでしょう。ですが、殿下は彼女ではなく私を叱り、私に暴力を振るったのです」
「嘘をつくな、この悪女め」
流石は殿下、といったところだろうか。動揺を見せない。エリカが聖女なら、私は悪女か。ますます悪役令嬢らしいわね。望むところよ。
「更に、殿下はメイドに今回のことを黙っていろと脅したようですね。それを見たエリカ殿は勘違いしたようで『殿下に色目を使いやがって』などと述べ、暴行をした後に階段から突き落とし、骨折や脳震盪などの大怪我を負わせています」
「知らないわよ、そんなこと! 証拠を見せなさいよ!」
まだそんな意地を張っていられることに笑えてしまう。この世界にはボイスレコーダーなどは無いため、明確な証拠を取りにくい。明確な証拠がないと思っているからこの2人は余裕を見せているのだかろうか。私を舐められてもらっては困る。
「入ってください」
そう私が言うと、複数の女性が入ってくる。一見すると普通の女性もいるが、そのほとんどが顔や腕に包帯を巻いたり、腫れや傷があったりと悲惨なものだった。それに、この会場にいる人なら名前は知らなくても何度か見かけたことがある人がほとんどだろう。
「まず、彼女は先程述べた者です。自ら転倒してこうなった可能性も否定できないませんが……それにしては、随分と酷い怪我ですね」
「打ち所が悪かったんでしょ!」
たったそれだけの言葉で勝ち誇ったような顔をしている。……呆れて物も言えないわ。
指紋採取ができれば良いのだが、この世界の技術では不可能だ。私の前世の知識を使ってできないこともないが、布では不可能だ。あれは科学がもっと発達していないと無理だ。この世界は中世のヨーロッパに近い世界のため、そんな技術があるわけがないのだ。
「質問です。殿下は私に暴力を振るいましたか? また、貴方は殿下やエリカ殿に脅されるか暴力を振るわれましたか?」
「はい。間違いありません。嘘だとおっしゃられるのなら、命を賭けてもかまいません」
ここまで言ってくれるとは思っていなかったが、それを聞いた人の中には事実だと思い始める人もいた。それでもまだ事実だと思っていない人が半数以上だろうか。殿下達の影響が大きすぎるのだろう。
「では、次の方です。エリカ殿、まさかご自身の使用人にまで手を出すとは」
彼女の顔は包帯で巻かれていた。それでも、顔が腫れているのがよく分かる。被害者たちの現在の見た目の酷さで言えば一番だろう。
「知らないわよ。そいつも転倒したんじゃない?」
「では、ガルシア伯爵のご令嬢が嘘をついているとおっしゃるのですね?」
その言葉を聞いて、エリカを除いた全員がハッとする。今はこんな見た目になってしまっているが、彼女はその美貌と優秀さで殿下の婚約相手にも検討されていた人物だ。貴族であればその存在と名前、評判は誰もが知っているだろう。
「何があったのか嘘偽りなく述べてください」
「はい。貴族や令嬢のマナーや常識をエリカ様に指導していたのですが、『煩い、黙れ』などとおっしゃられ、暴力を振るわれました。更に『私には殿下がいる。もしもこのことを言ったら、どうなるか分かってるわよね?』などと私におっしゃられました」
エリカは相手が伯爵だとやっと理解したのか、平静を装ってはいるが、少し顔が青ざめて動揺している。相手が誰か調べもせずにこういうことをするとは。
「な、何故伯爵令嬢が私の使用人に……!?」
「聖女としての学習のためです。これから聖女になるのであれば、貴族のマナーや常識などを身につけていただかなければなりません。そのために同じ女性で貴族の優秀な方に貴方の指導のために使用人になっていただいていたのです。聖女の使用人となることは名誉でもありますから」
そう言ったのは枢機卿だった。この国にも教会があり、枢機卿は教皇の次に位が高い人物である。聖女関連のことは教会の役目だ。教皇はトップであるが故に忙しいので、枢機卿が担当しているのだろう。
教会もまともな人間は多くはない。私が知る中で、この枢機卿は1番信頼できると感じた。だから協力をお願いしたのだ。
「それを事前に説明していたのですが……人の話を聞いていないということになりますね」
「そんなこと聞いてないわよ!」
今度は顔を真っ赤にして怒りに震えている。それを見た殿下がエリカを宥め、同情するように私たちを怒りの目で睨んでくる。
「無実なら怒る必要のない話ですけど。伯爵令嬢が相手で何か不都合でも? 普通はないですよね? むしろ、本来は光栄なことかと」
気付くのが遅すぎだ。エリカの真っ赤だった顔はまた青ざめている。表情がコロコロと変わるエリカに、もう笑ってしまいそうになる。
「さて、次ですが……」
「まだあるの!?」
これでもう終わりと思うのが大間違いだ。私はやる時はとことんやる女だ。この時のために必死に耐えてきたのだ。
「ええ。とても大事なことが。エディ、貴方も来て」
「はい、姉さん」
エディと共に殿下とエリカがいる壇上に向かう。殿下はエリカを守るように前に立つ。エリカは恐怖で怯えたような表情でこちらを見ているが、私からすればぶりっ子がするような仕草にしか見えない。
「何をする気だ!」
殿下とこうやって面と向かうのはいつぶりだろうか。エリカ殿と出会ってからの殿下は上下関係をはっきり示すかのような行動を取るようになった。そのため、目を合わせることも許しがないとできなかった。あまり詳しくはないが、これも聖女の力とやらのせいかもしれない。
「いえ、ご挨拶をしようと思いまして」
にこやかな笑顔でそう言葉を返す。流石に私の発言を信じるわけはないか。私が頭を下げると、2人から戸惑いの様子が伺えた。
「今までありがとうございました。お元気で」
私がそう言うと、2人の僅かな笑ったような声が聞こえた。喜びがこちらにも伝わってくるようで、気味が悪い。……まだ余裕か。
「エリカ殿、とても綺麗な格好ですね」
「そ、そう?」
にやけた顔をしながらそう答えた。先程から私に悪事を暴かれているというのに、これである。殿下がいるせいか、まだ余裕を保っていられるか。大丈夫だと思っているのか?
私からすれば気持ち悪い表情だが、今はそんなことを気にしてはいけない。
「ようやく認めたか。お前などよりもエリカはとても美しく、中身も素晴らしいのだ」
「——そうですか」
見た目の美しさに関してはそう大差はないと思うが、恋をするとこうなるのだろう。別に私がどうこう言われようと個人の意見なので何とも思わない。……だけど。
「はあっ!」
「エリカ!」
私は殿下の後ろにいるエリカの顔面を思いっきり殴った。
それを見た騎士団長のご子息が剣を持って、それ以外の人は素手で、飛んでくるようにこちらに向かって来たが、全員をエディが魔法で地面に押さえつける。重力魔法の一種だ。重力について教えたところ、自分でこの魔法を編み出したのだ。
殿下はエリカの方を気にしていたが、私への怒りがこみ上げてきたようだ。私に向かって殴りかかる。
「てめえもだよ!」
「ぐあっ」
下から突き上げるように殿下の顎に殴ると、クリーンヒットしたようで倒れたまま動かない。ボクシングなどはやったことがないので、まさかここまで気持ちよく決まるとは思わなかった。アッパーなどと呼ばれている技だっただろうか。
「な、なんで……」
エリカは口の中を切ったのか、口から少し血が出ている。自分が何故殴られたのか理解していないようだ。殴られた頬を押さえ、涙目になっていた。座り方といい、こんな時でもぶりっ子のような仕草にしか見えない。
「お前のこれまでの私に対する無礼な態度、殿下を奪ったこと、使用人が伯爵令嬢だと知っても敬語すら使わない無礼などなど。その全てを私は許してもいいと思っている」
殴られた後にそんなことを言われたせいか、戸惑いの表情を見せる。私が一歩近付くと、エリカは小さな悲鳴を上げる。
だが、少し安心している表情にも見える。バカか。“私は”なのに。それに——
「何故か分かるか?」
「わ、分かるわけないでしょ!」
エリカはやけくそになったように泣きながらそう叫ぶ。これで本当に無自覚だというならば、何とも馬鹿馬鹿しい。
「それはだな……てめえがお母様の形見を持っているからだよ!」
エリカの胸ぐらを掴み、そう叫ぶ。エリカはやっと気付いたのか、涙を流しながら恐怖に震えている。
「その指輪は私のお母様の形見だ。それだけじゃない。そのネックレスはお父様から、その髪飾りはエディから、その靴は陛下から、そのドレスは王妃様から。何もかも、私の大切な人からもらったものなんだよ! それだけは何があろうと絶対に許さない!」
再度、エリカの顔面を殴る。そして胸倉を掴み、持ち上げる。ドレスを汚されては困るので、自分のハンカチでエリカの顔についている血を乱雑に拭う。
「私に屈辱を味合わせたかったか? だから私の部屋から盗んだものばかり身につけているのか? 悪いけど、同じものを持っているという言い訳はできないわ。全てこの世に1つしかないものだから」
青ざめた表情をしている。私はアクセサリーやドレスをいくつも持っているから、1つや2つくらいは盗んでもバレないとでも思っていたか? 残念だが、ほとんどが貰い物だ。全て記憶に残っている。
私自身、あまり豪遊はしたくないと思っていたので、自分でそういったものは必要以上には買っていない。それに、あの程度の偽装工作でバレないと思っていたとは。
「無くなったことに気付いて、学園の人に聞いたよ。そうしたら、ほとんどの人が私が自分で持ち出したって言っていた。どういうことだろうかね? ……エディ」
持っていた袋からエディが中身を取り出す。それを見て、エリカは悲鳴を上げて、取り返そうとしていたが、無駄だ。私はエリカを投げ捨てるようにして放し、皆のいる会場の方へと向いた。
「私の髪色、髪の長さとほとんど同じかつらです。これがエリカの部屋から出てきました。証人は騎士団長殿です。彼と共にエリカの部屋を捜索しました」
「父上が……!?」
すると、隠れていた騎士団長が現れた。それを見て、騎士団長のご子息も青ざめた顔をしている。必死になって弁明しようとしているが舌が回っておらず、自分でも何を言おうとしているのか分からない様子だ。
「サラ様が暴行、窃盗などをしたのを見たということをそちらの方々が述べていましたが、事実無根。関係があるとすれば、全てエリカ様が変装をして行っていたことです。サラ様のアリバイは証明できています。同一人物が同時刻に異なった複数の場所にいることはできませんよね? ですが、エリカ様のアリバイはありませんでした。サラ様が関わったとされる、全ての事件においてです。盗品もエリカ様の部屋から発見されました」
何かを喚いているが、泣いているせいで何を言っているのか全く聞き取れない。どうせ、嵌められたなどと言っているのだろうが、無駄なことだ。アリバイがない上にこの証拠だ。もう言い逃れはできない。
「父上……どうして……」
「それはこちらの台詞だ。どうしてこんなことをした? 我が息子ながら、情けない。女に現を抜かした上に盗賊を雇うとは……お前は騎士として以前に、人間として失格だ。跡継ぎはお前の弟にする。お前はうちの人間ではない」
絶望に満ちた表情で項垂れる。廃嫡だけでなく、絶縁になってしまったか。武術は優秀だと聞いていたが、人としてダメな時点で終わりだな。
「ち、父上……」
「よくも私の顔に泥を塗ってくれたな。婚約者もいるというのに……しかも、宰相の息子であるというのに国庫に手を出すとは……よくもこんなことをしてくれたな。絶縁だ!」
宰相も現れた。婚約者がいるにも関わらず、エリカの方に行ったのか。そしてその婚約者は発表されてはいないけど、恐らく……
「申し訳ありません。息子が失礼なことを……」
「いえ。結婚前にあのような男だと知れてよかったですわ」
やはりガルシア伯爵のご令嬢だったか。殿下の婚約者に検討されるほどなのだから、宰相のご子息の婚約者として選ばれていたのではと思っていたが、思った通りだった。こんな素晴らしい婚約者を振るなんて、宰相のご子息も何を考えているのやら。
「あっ、お父様……」
「貴様ぁぁぁぁ! よくも愛しの娘によくもっ……!」
「お父様、落ち着いて……」
怒涛の勢いでやってきたのはガルシア伯爵だった。宰相の元ご子息に今にも殴りかからんとしている。……親バカだという噂は本当だったのか。
「よくも……娘の顔をこのような姿に……誰が……!」
「その人物なら、この女です!」
それを聞くと、ガルシア伯爵は血相を変えて壇上に上がってきた。あまりの恐ろしさに、エリカは涙と震えが止まらないようだ。私は制止しない。あまり見てはいけない気がしたので、壇上から降りた。どうなるかは後で見るとしよう。
「ダグラス」
「……」
お父様が現れた。ダグラスは無言で項垂れている。自分のしたことにやっと気付いたのだろうか。反省しているならいいだろう。まあ、既に手遅れだけど。
「サラの言う通りだったな。お前を廃嫡にし、跡継ぎはエドワードにする。お前は追放——」
「お待ちください、お父様」
私はお父様の言葉を途中で静止した。ダグラスを追放などにさせてたまるか。追放などでは、彼にとっては生温いだろう。
「使用人にしませんか? そうですね……馬の世話でもさせましょうか?」
「そうだな。お前の言う通りにしよう」
「嫌だ! 使用人!? 馬!? 馬の糞の掃除までするんだろ!? 嫌だ、嫌だぁぁぁぁ!」
プライドの高いダグラスにはこの上ない屈辱だろう。今まで散々見下してきた私やエディよりも下、しかも馬の世話。ダグラスにとっては嫌で嫌で仕方がないだろう。私がこいつに与えられる最高の罰だ。
「父上……そんな!」
「どうかお許しを!」
次々にそのような声が聞こえてくる。そう。この会場に彼らの親を呼んだのは私だ。エリカ側の人を全員把握するのと悪さを把握するのに苦労したよ。
幸いにも、全員が重大な罪を犯していたためにあっさりと分かった。エリカが我儘な女で貢いだからだろう。大抵はお金に関わる罪だ。
「お叱りの声が聞こえますが、親子共々悪事を働いた方もいます。証拠も全て揃っています。自分の子を叱る前に、自分の心配でもしては如何ですか? 勿論、全て証拠とともに報告してありますので」
そう大声を上げて言うと、静かになった。子が子なら親も親だ。共謀はしていなくても、親子揃って何かしらの犯罪をしている人も多かった。親と子は考えていることが似ているせいだろうか。芋づる式で見つかったよ。
「話は聞いたぞ」
「陛下、王妃様、よくぞいらして下さいました」
「な……!」
未だまともに動けない殿下を汚物でも見るかのような目で見る陛下。立ち上がれない殿下に陛下は歩み寄って行った。
「既に話はサラ殿から聞いた。今、学園の門には民が溢れているぞ。お前達への不満のためにな。お前には罵倒が、聖女は悪女だと言われている」
「な、何故……?」
そんなことも自覚していないのか。殿下はバカで傲慢だなとつくづく思う。もう誰も手に負えないほどに。
「今回のことと日頃の行いが相まって、民の怒りが爆発したのでしょう。殿下とエリカ殿はデートの際に行列を追い抜かしたり、たった一口食べただけで料理を店主の目の前で捨てたりなどなど……何度も続けば、口にはしなくても怒りが募るのも当然でしょう」
壊した物もお金は払っているため、罪には問えない。だが、マナー違反だし、こんなことが毎度も続けば誰だって怒る。
デート相手がエリカであるとはいえ、当然だが婚約者である私にも火の粉は飛んだ。しかし、全て解決した。「あの王子は確実に破滅させる」と彼らに伝えて。
「今回のこと……?」
「先程申し上げたものも含め、これまでの殿下達の悪行ですよ」
「な、何故それを民が知っているのだ!?」
否定していたくせに、認めたも同然の発言。そしてそれに気付かない。私が言っていない他の悪行も認めた、ってことでいいかしら。
「ああ、申し訳ありません。お2人の悪行とその証拠を書いた書類が街中で風に飛ばされてしまいまして……」
「なっ!? 貴様、なんてことを!」
「申し訳ありません。ですが、事故なのです。陛下に謝罪しましたところ、許してくださいましたので……」
もちろん、事故ではない。わざとである。大量に書類を作り、わざと街中で飛ばしたのである。事前に陛下には了承を得ていた。ある一文を書くことで。
「貴様のような人間など、王家には必要ない。」
「レオンハルト、貴方には失望しました。……親の責任ですね」
「ち、父上! 母上! ダメです! そんな!」
やっと自分の立場を理解したか。遅すぎる。殿下が陛下の足にしがみつく姿が醜い。……もはや、今の私にはどうでもいいことだけど。
「お前は王の器ではない。今ここに、第一王子のレオンハルトから王子の称号を剥奪、追放し、第二王子のエルヴィスを王太子にすることを宣言する!」
「父上ぇぇぇぇぇ!」
殿下の泣き叫ぶ声が会場中に響いた。正式な発表ではないが、これで殿下たちは終わりだ。
先程述べた、ある一文とはこのことだ。「陛下は大変お怒りになり、第一王子は廃嫡、追放となる」と。
1人の女のために多くの男が人生を棒に振るとは、何ともまあ滑稽だ。もはやギャグである。
「ああ、反乱を起こせば戻れるなどと考えないでくださいね。この所業は既に民に知れ渡っています。誰も貴方にはついていきませんし、反乱が成功してもすぐにまた民による反乱が起こるでしょう。王になることは寿命を縮めますよ?」
殿下のバカな考えから察するに、反乱を起こせば戻ることができるとでも考えるだろう。だから今のうちに忠告しておく。
「派手にやりましたね」
「エルヴィス殿下」
第二王子のエルヴィス殿下だった。彼まで来ていたとは。レオンハルト殿下……いや、レオンハルト元王子とは大違いで、聡明で素晴らしい方だ。
「エ、エルヴィス様……!」
エリカはガルシア伯爵からの猛攻撃ですっかり顔が青くなり、冷や汗だらけだった。エルヴィス殿下を見るなり、ガルシア伯爵から逃れてこちらに飛んできた。エルヴィス殿下の腕に泣いてしがみついた。
「どうかお助けを……!」
「どうやら勘違いさせたようだね。あれはただの社交辞令だ。愚兄のレオンハルトとは違って、決して君などには惚れていない。魔法でしか心を手に入れられない奴には。どうせ、魅了の魔法を使っていたんだろう?」
エルヴィス殿下もそのことには気付いていたか。
そして、やはり親子だ。父親である陛下と同じように、汚物でも見るような目でエリカを見た。エリカの方は図星だったのと、そのような目で見られたことにショックだったのか、絶望の表情で膝から崩れ落ちた。
「どうして……私はエルヴィス様のことが……」
「好き、とでもいいたいのか? 兄は私に近付くための捨て駒とでも? 悪いが、そんな女には更に興味が無い。私がふしだらな女を好きになるとでも?」
思ったよりもストレートに言った。何となくだが、腹黒やドSっぽさを感じたのは気のせいでありたいと信じたい。腹黒とかドSとかにはあまり詳しくないので、本当に何となくだが。
「どうしてなのよ……私は主人公なのよ……乙女ゲームの主人公なのよ……! なんであのバカな女にこんなことができるのよ……!」
そうエリカが呟いたのを私は聞き逃さなかった。やはり、彼女も転生者だったか。そうではないかとは感じていた。彼女の常識が前世のものに近いと感じていたからだ。いくら平民でもあの程度の常識なら知っているはずだ。
それに、乙女ゲームの中での私はバカだったらしい。そんな先入観があったせいか、全く気付いていなかったようだ。
「あら、ご存知なくて?」
私はエリカの目線に合わせて座り、耳元で言ってやった。
「最近のラノベは悪役令嬢が主人公ですのよ? もしや、ラノベはご覧になられていない?」
今の発言に戸惑いを隠せないようだった。私が転生者だと気付いたのかは分からない。だから、追い討ちをかけてやる。
「私、法学部の大学生で弁護士を目指していたんです。私のことをバカだと言っていましたが、この学園で成績は学年……いや、学園全体でも1位ですの。その私に喧嘩を売ろうなんて、甘いですわ」
エリカはようやく理解したようで、呆気にとられたままこちらを見つめていた。そう。私は弁護士を目指していたのだ。
前世の母から、やるときは徹底的にやれと教わった。今回もその母の教えだ。弁護士になる夢半ばで死んだし、まだまだ半人前だった。だけど、こいつらを叩きのめすために必死になって、専門外のことまでも調べたのだ。
「この女の身に付けているものは……」
「はい。陛下たちから頂いたものです。盗られてしまいました。申し訳ありません」
「気にするな。……何という女だ。……王妃やお前の父、弟がプレゼントしたものまで……その上、お前の母の形見まで……なんと下賎なやつだ。こやつを不敬罪で捕らえよ!」
様々な罪を重ねた上に不敬罪だ。いくら聖女とはいえ、恐らくは死刑か、良くても奴隷のような生活になるだろう。できることなら後者を望もう。あのような女、死んで逃げて済むものか。死ぬまで地獄を味わえばいい。
「レオンハルト様ぁぁぁぁ!」
「エリカぁぁぁぁ!」
2人の互いを呼び合う叫び声が聞こえるが、それを無視して兵士がエリカを連れ去っていった。当然、レオンハルト元王子も連れて行こうとする。だが、それを振り払った。
「俺は王子だ……俺は……王になる人間だ……エリカも……お前のせいで!」
「姉さん!」
エディの静止を振り払い、レオンハルト元王子は私に向かって剣を握り、突進してくる。魔法まで使っている。何もかもを失ったからこそ、もう失うものはないらしい。本気で私を殺そうとしているようだ。
「言ったでしょう。貴方もですよ、殿下。私の母の形見の指輪、盗んだのは貴方でしょう? 指輪がとても美しいから。この世に1つしかありませんからね。それをエリカに渡すなんて……」
「く、くそっ……!」
レオンハルト元王子の魔法の攻撃を全て交わすか、自分の魔法でいなした。体勢が崩れたが、立て直して再度私に向かってくる。どうやら、これが最後の一撃のようだ。魔力を全開にして、突進してくる。……流石にあれをまともに食らうと危ないな。食らえば、の話だが。
「さようなら」
「ぐあああああああああああ!」
その最後の一撃をあっさりと躱す。威力はどんなに凄くても、動きが遅すぎる。
そして、自らの勢いで体勢を崩したレオンハルト元王子に蹴りを入れた。股間に。今までの恨みをこめて。
元王子は蹴られた直後は悲鳴を上げていたが、あまりの痛みにもう声も出ないようだ。
ドレスの中は見えたかもしれないけど、こいつへの復讐が果たせたことに比べれば安いものだ。
「う、うわあ……」
それを見た男性陣のほとんどが恐怖している。
実はこれも母の教えだ。しかも、前世と今世の両方ともから。「男性に襲われたら、股間を蹴りなさい。急所だから」と言われてきた。今まで使うことは全くなかったが、今使うことになるとは。復讐のついでに丁度いいだろう。
「……ちょっとやりすぎましたかね? 私の罪と差し引きして、多少は軽くしてあげてください」
「いや、君が受けた仕打ちからすれば、これを受けて当然だ。息子だろうと、慈悲はない」
「いい気味だ。よくやったね」
……やはり、エルヴィス殿下は腹黒かドSというやつではないだろうか。兄が苦しんでいる様子を見て、笑っているではないか。私にはその笑みが怖い。
「さて、私の娘も独り身になってしまったか」
「そのことなんですが」
お父様が私の結婚相手について心配していると、エルヴィス殿下が突然そう言った。
「娘さんを私にくださりませんか?」
「ああ、はい。そうですか。……はい?」
お父様、呆気にとられる。同じく私も呆気にとられている。何と言った? 要するに、娘さんをくださいってことでしょ? 結婚の挨拶か?
「おお、余は歓迎するぞ。サラ殿は既に私の娘みたいな存在だからな」
「サラは陛下の娘ではないです! 決して! このよく分からない男に娘を差し出すなど……」
「お父様、失礼だから……」
お父様も親バカだな。王様と王子……いや、もう王太子か。この2人にこんなことを平気で言えるのだから。王妃様は横で笑っている。止めるか注意をしてくださいよ。
「はっはっ、いつものことだ。余もエルヴィスも気にしていないから安心しろ。それに、お前の娘のおかげでこの国の腐敗を一気に片付けることができた。礼を言うぞ」
「いえ。当然のことをしたまでです」
チラッと周りを見ると、兵士たちに連れて行かれるこの国の腐敗こと、悪事を働いた犯罪者が連行されていく。やっと終わった。この国の腐敗も随分とマシになっただろう。それでも、完全には消えないのが現実ではあるが。
「……貴女は私の求婚を断ると仰るのですか?」
「やりたいこともあるので。それに、お父様は私に嫁に行ってほしくないようですから」
「サラ……!」
レオンハルト元王子との婚約の際にも難色を示していたが、断ると家の評判にも関わる。だから、私がNOと言わない限り、断れなかったのだろう。
私は面白そうだったので承諾した。これも、今時の悪役令嬢の務めとしてこの国の腐敗を一掃するため。後はやりたいことをやるだけだ。
「やりたいこと、とは?」
「弁護士というものです。文官の一種に近いようなものでしょうか?」
文官とは主に事務を担当する仕事全般を指す。例えば、税や文書の管理や外交とか。それら全てをするわけではなく、それぞれに職がある。要するに国家公務員のようなものだ。
「べんごし、ですか。初めて聞きました」
「この国にはありませんからね。それを作りたいと思っているのです」
この国は司法制度がちゃんとしていない。自白が何よりも重視されているため、拷問で無理矢理自白を強要したりしている。そして、裁判は教会の担当。権力を手にした教会の汚職が進んでいく。……今回の件で、教会の方もちゃんと調べないとな。
「しかし、女性で文官ですか。それに、今までにない職を……」
「だからこそ、作るんです。異国のものですが、今のこの国には必要だと思ったので。それに、私の昔からの夢ですから」
女性で文官というのはこの時代、この国ではありえないことである。そういうものは男性の仕事である。それも貴族で。
ただでさえ私は異色の存在なのだ。学園で1位の成績なんて、女性では初でありえないことなのだ。女性は男性に功を譲っているか教師によって成績を下げられる。どんなに優秀な女性でもその才を発揮することができないのだ。だが、私はその習慣にも屈しなかった。今回もそうだ。
「やはり、貴女は面白い人だ」
「そういうことですので、私はこれで」
「私はそう簡単には諦めませんよ?」
……どうやら、そう簡単に諦めてはくれないらしい。
エルヴィス殿下とのその後は、また別の物語。
この短編を出してから7ヶ月も経ちましたが、今でも読んでくださる方が多くいて、とても嬉しいです。連載をさせていただくという報告を1月頃にさせていただき、自分の頭の中ではもっと前から考えていたのですが……とても遅くなって申し訳ありませんでした。
連載をするにあたり、短編の物語を少し変更しています。大きな変化はないのでご安心ください。
短編より過去の出来事や続編も書いていくので、よろしくお願いします。
この悪役令嬢を相手にそう簡単には勝てない【連載版】
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(2021/5/2追加)