008
店内は俺が想像した宿屋の姿そのものだった。天井にはぶら下がっているロウソクがほのかな光を放っていて、暗い店内の雰囲気を喚起していた。隅々まで温かみのある食べ物のにおいが充満していて、俺は思わず顔を眺め回しってしまった。冒険者らしき人々があちこちで楽しそうな顔をして杯を高く持ち上げた。夕焼けが暮れて夕方が手を振る時間が発する活気におぼれていった。二階に上がる人たちもまばらに見え、上には宿泊施設があるだろうな、という思いが頭を通り過ぎた。理想的な背景と雰囲気に俺は戦慄さえ感じるほどだった。広場で初めて冒険者たちと村の情景を見たとき以来に感じる充実感だった。再び異世界生活に対する自信が少しずつ押し寄せてきた。
「ああ、ドラゴン召喚師の姉さんじゃないか!以前はすごかったそ」
ひげのある筋肉質の冒険者が俺たちに挨拶をした。内容からしてキャシーに渡した挨拶のようだった。
「それはありがたいのだ。でも、私にひっかかったら、そのくらいは、たいしたものじゃない」
「ハハハ、相変わらず面白いお姉さんだ。そっちは仲間?」
また胸を突き出して自信満々なキャシーに男が聞いた。指が指し示す方向を見ると俺のことだった。
「道端で拾っただけだ。まだ駆け出しなのであまり役に立たないのだが」
キャシーはそう言ってひげの冒険者に手を振った。どうやら、別れのサインのようだった。ひげの冒険者も手を振る姿が見えた。それでも思ったより常識のあるやつなのか、やたらに奴隷という言葉を出さなくてよかった。人を道端で拾った猫の扱いするのはどうかと思うが。
「キャシー、いまのは誰」
俺は椅子に座りながら聞いた。木製のテーブルとセットの椅子だった。二つとも木目が見えた。
「前のクエストで会ったやつだ。いかに豪快に斧を振るうことか、モンスターよりあいつに目が向く瞬間だったのだ。笑い続けてモンスターに突っ込むやつを忘れるのも難い」
話を聞くと、なぜかまともな人がいなかった。もしくや、この世界ではその程度が平凡なものだとか。この世の人々からすると俺がおかしいのかもしれない。俺としては俺が唯一の常識人のように見えるが。
「注文は私がする」
「ああ、どうせ俺は見てもどんな料理なのかよくわからないし。おすすめの料理を食べるよ」
「注文だ。ツリーバードの羽焼きを二つ!」
よく食べるのか迷うことなく注文するキャシーだった。注文を受けた店員さんは、食堂の内側にそれを伝達した。
「ところで、ツリーバードとは何だ」
初めて聞いた名前にこらえきれずキャシーに聞いた。バードというのを見る限り、鳥の一種らしいのだが、どうしてツリーという言葉がつくのだろう。
「何んだ。ツリーバードも知らないのか。どうしてそれも分からないのだ。君も冒険者じゃないか」
「事情があってさ。実は、ここについてはよく分からないんだ」
俺は頭を掻いた。異世界から召喚されたとは言えなかった。定番として極東の国から訪れたとも言えるが、そうしなかった。ここがどんな所なのかよくわからないのもあるし。もし深入りすると、ごまかすつもりだった。
「そうか、見たところ本当に事情があるみたいだから深くは問わない。冒険者と言うものはそれぞれの物語があるものだ」
キャシーは納得したようにうなずいた。俺はどんなふうでも納得してくれればよかったので平気だったが。冒険者という人種に対して何か幻想があるようにも見えた。
「ツリーバードというのは、すごく大きな鳥の一種なのだ。大きさだけでなく、もっとすごいのはその羽にあるのだ」
羽といえば、先ほどキャシーが注文した料理の材料だった。ここではツリーバードの羽が珍味として扱われているのだろうか。
「とてつもなく大きな羽で飛び回るのでもするのか。それとも大きいからツリーバードという名前がついていたとか。
「いや、ツリーバードという名前はその大きさからついたものではない。ツリーバードの羽には華やかな模様があるのだ。求愛をする時になれば羽を広げてその模様を見せることで異性を誘惑する。それに、そのシーズンになると、ツリーバードは羽にいろんな飾りを付けてしまうんだ。どこかで拾ってきた木の枝や花、色とりどりのガラクタのようなものをな。そういう特徴から、ツリーに似ているので、ツリーバードと名付けられたのだ。求愛シーズンのツリーバードは、その大きな羽を広げて広い草原を走り回るものだ」
クジャクと似ているのか。説明を聞くと、大きさでずいぶん違っているようだが。そして、ここにもクリスマスの風習があるのだろうか。ツリーという単語が自然に出たような。クリスマスの由来を考えてみると、関係ないと思うが。考えるほど理解しがたい世界だった。
「ちょっと待って、最後に草原を走り回るって言ったな。バードなのに飛べないのか」
「その通りだ。こいつらはバードという名にふさわしくなく飛べないのだ。丈夫な足を使って走り回る生活をしている」
クジャクだけでなく、ダチョウの役割も兼ねているようだ。頭の中にその姿を描いてみたら独創的な様子が誕生して転がり回った。
「さあ、ご注文のツリーバードの羽焼き二つです。キャシーさんも最初は本当に純粋な冒険者でしたけどね。もう、こんなに立派な冒険者になって。仲間もできて、ツリーバードについて説明もできるなんて」
店員が手に持った皿を二枚ずつ俺たちの前に置いてくれた。皿の上には鶏と比べるのも失礼なほど大きな羽と見られる肉が置かれていた。まるでマンガで見た肉、骨を握ったまま取って食べる肉だということを確信させてくれる姿だった。キャシーは皿を置いてくれた張本人を見て顔が真っ赤になった。
「ち、違う。これは。そして、こいつは仲間みたいなものじゃなくて…」
それ以上を言おうとするキャシーの口をつぐんだ。どんな言葉が口から出るか分からない以上、防ぐ必要があった。ほっといたらどんな発言をするかわからない奴だから。
「キャシーにもそんな時があったみたいですね。昔の事ですか」
俺は店員に、反抗して口を閉ざしている手を離そうとしているキャシーを阻止しながら聞いた。
「いいえ、そうでもありません。キャシーさんがこちらに初めて来たのは、3カ月くらい前だったでしょうか。その時はまだギルドがどこかも分からなくて。当店の前でうずくまったまま泣いていたのを中に連れてきました。かわいそうに見えてツリーバードの羽焼きもごちそうしました」
「初めて会う人にただで食べ物まで出してくれたんですか。優しいですね、店員さんは」
「そうではありません。着ていた服が高そうな服でした。お金を出すほどの余力はあると思ったんです。私たちもただで商売するわけではありませんから」
予想外の薄情な答。笑っている顔で話すのがもっと怖かった。キャシーはまだ俺の腕を両手でつかんでじたばたしていたので放した。口があいたキャシーはあえがった。
「事実ではないのだ!こんな言葉を信じるな!おい、なぜ嘘をつくのだ」
「嘘なんて。キャシーさんの初のツリーバード経験日という水晶玉の写真も撮ったんですよ。ほら、あそこにかけてるじゃないですか」
店員の手が指すところには写真があった。店員と店主らしき女性がキャシーのそばにいて、キャシーが手にツリーバードの羽焼きを持ち、それを口いっぱいに入れている場面が映っていた。目を丸くして正面を見つめるキャシーの顔が面白かった。写真は店の片隅に誇らしげに掲げられていた。
「あれはいつの間に飾ったのだ!今まで見たこともなかったのだが」
「あら、あの写真はキャシーさんが初めて訪れた日の以来ずっとありましたよ。気づけなかったようですね。最近は冒険者の方があの写真を真似して写真を撮ったりします。ツリーバードの羽焼きを食べに来店される方には、今や観光スポットのようなものになってしまいました。見てください。今も撮っていらっしゃいますね」
その言葉どおり、水晶玉のようなものを持って写真を撮るような姿が見えた。撮られる側の冒険者の三人は写真のポーズを再現していた。特にキャシー役を演じる側の表情が逸品だった。かなりの完成度だった。
「完全に記念品の扱いじゃないか!写真を片付けるのだ!」
表情一つ変えずに笑いながら応対する店員がいた。絶叫するのはキャシーだけだった。
それより、キャシー、お前も新人だったのかよ。
いつも見てくださる読者様、ありがとうございます。もっと頑張って書きます。皆さんの道に幸せが満ちることを祈ります。




