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007

「それで、家出少女ってことだろ」


俺は目の前の少女に事実以外に何にもならないことを言った。もちろん少女というのは、俺を奴隷にした奴だ。


「いや。家との意見の相違で、大きな志を抱いて、たった一人で夢をかなえるために家を出てここへ来ただけなのだ」


「それを世間では家出って言うんだ!」


貴族だと大口をたたいていたが、ただの世間知らずの家出少女であるだけだった。俺はこんな奴の奴隷になってしまったのか。今更、自分が恥ずかしくなった。


警備兵が渋い表情で立ち去った後、俺はこいつと二人で残された。警備兵が俺を見て哀れな顔を見せたことは、俺の尊厳と人権のために隠してほしい。俺にできることは路面にある下着とズボンを拾って一つ一つ着ることだった。そうして、それを済ませた俺が聞いたこいつに対する情報は、名前(それも自称)と本人が家出少女という事であった。まったく役に立たない上に、むしろ最悪の状況だった。


「家出とは嘗めすぎる発言だ。昔から偉大な人々は皆、家を出て大きなことをやり遂げたではないか。私も自然の道理に為たがって家を出ただけなのだ。絶対に家出とは関係がないのだ」


「偉大な人がみんな家を出たからといって偉大な人物になれたら、家の中にいる人は偉大な人物になれないのかよ。性急な一般化の誤りだ。俺だけ見ても主に家の中にいたけどこんなに……」


引きこもりになった。若しかするとあいつの言ったことが正しいのではないだろうか。まさか俺は家の中に閉じこもってこうなってしまったのだろうか。引きこもりで死んで、異世界では奴隷になってしまった自分に対する懐疑が襲ってきた。


「どうした。急に黙って」


「自分が悲しくなって」


最近、自分が悲しくなる状況が増える気がした。


「大丈夫なのだ。もう私がいるじゃないか。何があったかは知らないが、これから私が世話をするのだ」


奴のその言葉に俺の怒りの発火装置が作動した。瞬く間に熱が上がった。


「考えてみたら、このすべての元凶はお前じゃないか!お前が俺を奴隷にしていなければこうならなかったのに。奴隷だって、何だ。もう平凡な人でさえないだろう。それに主人というやつは、頭のねじが外れたような変なやつだし」


「私がそうしていなかったら、どうすることもできなかったはずではないか!君に感謝の言葉を聞いても悪口を言われる筋合いはないのだ。そして私のどこがおかしいのだ!こんなに完璧な貴族はどこを探してもあまりいないのだ」


「だからと言って人を奴隷にするのかよ!目の前の問題を解決したのはいいけど、また他の問題が発生したじゃないか!問題を解決するために、問題を上書きするようなものだ。何が完璧な貴族だ。最近は完璧という単語を問題を作るという意味で使うのか!」


「人を欠陥製品のように扱いするな!わ、私の奴隷のくせに!」


「何がお前の奴隷だ。お前が勝手に奴隷にしたんだろ。作ったら責任をとれ。貴族なら貴族らしく、ノブレス・オブリージュの精神に従え。先に模範を示せ。そしてお前の奴隷の精神を直してみろ!」


俺は鬼の様子でキャシーに近づいた。ちなみに、キャシーというのはこいつが言った本人の名前だった。俺も聞いたばかりだが、誠意のない紹介だった。自分はキャシーと呼べと言うなんて、ゲームIDを紹介するのもないのに、誠意のないのもほどほどにすべきだ。俺はこれまでの怒りを集めて、キャシーのこめかみに注ぎ込んだ。両手の拳がこめかみを強く押した。


「クアアアアアアアア!」


しかし醜い悲鳴をあげたのは俺の方だった。こめかみの痛みが俺を襲った。どうして俺に被害が戻ったのか。


「ハハハ。やっぱり、馬鹿だな。奴隷なる者が主人に反抗できると思ったのか。奴隷になる瞬間、主人に従属される魔法がかかるのだ。この魔法は奴隷を主人に反抗できないようにするため、主人が受けた被害はそのまま奴隷にも跳ね返ってくるのだ。忠実な奴隷として主人を守り、仕え、主人を裏切る気は全くあってはならないということなのだ」


高らかに笑うキャシーの顔が見苦しかった。完全に自分が勝機をつかんだという表情だった。諦めて堪るものか。あいつのあんな顔を見るからには、一緒に死ぬ気で行動するつもりだった。お互いの破滅を覚悟した。


「なんだ、なぜやめないのだ。早くやめるのだ」


キャシーの引き止めにも、俺はこめかみに力を加えるのをやめなかった。むしろ、さっきよりもっと力が入った。それによって俺にも激しい痛みが過ぎ去っていた。しかし当然ながら俺はこれをやめるつもりはなかった。


「お前はさっきお前が受けた被害は奴隷にもそのまま帰ると言っただろう。つまり、お前も被害を受けると言う結論が出る。誰の勝か一度やってみようじゃねか!」


だんだんこめかみに加える力をつけてきた。チキンレースの始まりだった。キャシーは震えだした。


「痛い。痛いのだ。早くやめるのだ。やめろと言うじゃないか。痛い、痛い、痛い、痛い! いや、痛いです。やめてください!]


幸い、チキンレースで先に諦めたのはキャシーだった。俺はそれを聞いてから、キャシーの頭からこぶしをはがした。俺の頭の中も痛みでいっぱいだったが、満足感はそれを超えた。キャシーは頭を抱えていた。


「お仕置きだ。人を勝手に奴隷にして、それにズボンを脱がして、それも下着まで。お前は羞恥心もないのか」


「仕方ないじゃないか!君が奴隷であることを証明するのに最も簡単で速い方法だったのだ。奴隷の烙印の位置がそんな所ではなかったら私もそうするつもりはなかったのだ。なぜ、君は烙印もそんな所にいて、人を疲れさせる。むしろ私が慰められなければならない方なのだ。見たくないのを見てしまったから」


「人の大事なところを見て言うのがそれだけか。俺はお前のせいでお嫁にできなくなったんだ!何かもっと言うべきことがあるじゃないか。見る物のではない物を見たように言うなよ!」


「どうせ見せる程の物もなかったじゃないか。そんなに貧弱なものを出して何を望むのだ」


キャシーはため息をついて首をひねった。路地裏の間から夕焼けがキャシーを彩っていた。 色彩を失ったものも、どんな色でも受け入れられそうなキャシーのほっぺも夕暮れに染まった。もちろん、俺は反応しなかった。もはや奴が美少女だとしても、そんなものには騙されるにはいかないのだ。


「見ることもないって、俺のパートナーに謝れ!さあさあ、謝れ!謝れ!」


俺は股間をキャシーの目の前に突きつけて圧迫した。揺れる俺の股間がキャシーの近距離で存在感を発揮していた。


「どこに汚いものをつきつけるのだ。早く退けるのだ。ほおに届くのではないか。本当に頬に触れているのだ」


「ハハ、そんなに届くのが嫌なら謝ってみるよ。ほら、ほら」


キャシーはもっと得意になって腰を前後に振う俺に鉄拳制裁を加えた。しかし、当たった位置が全く良くなかった。あれ、殴られた位置がどこですって。俺がこう思っていた頃、体はもう後ろに倒れていた。俺は悲鳴やうめき声を抑えながら路面を転がっていた。異世界に来てからもう二番目に転がる路面だった。


「変なことするから、そうなるのだ」


「ふ…ふと…」


不当という言葉すらまともに叫ぶことができなかった。セクハラしたのは事実だから、不当なのではないかという気持ちもあったが、勝手にセクハラを先にしたのはあちの方だった。ズボンも下がり、貧弱とまで言われた。俺の意志とは関係なく、無意識的に溢れ出る涙を再び押し込んだ。


俺が起き上がれたのは、キャシーの拳で殴られ3分ほど経ったころだった。やっと気を取り戻し、痛みが鈍くなってきた。股間をつかまえたままダンゴムシのようにうずくまっていた姿からやっと脱出した。


「因果なのだ」


よろめきながら立ち上がった俺に、キャシーはつれない言葉をかけてきた。俺はそれ以上答えなかった。キャシーは俺を見つめ、立ち上がって尻を払った。


「さあ、ご飯でも食べに行くのだ。君もお腹が空いてるんじゃないか」


キャシーの口から出たのは意外な物だった。あいつの口からそんな言葉が出るとは想像もできなかった。俺はあまりに意外なことに不審な目でキャシーを眺めていた。


「なんだ、その目は。まるで、私の口からそんな言葉が出てくるとは想像もつかず、ショックを受けて、ひょっとしたらという気持で疑っている眼ではないか」


「正確すぎるよ!読心術でも使うのかよ」


「誰が見ても見え透いた表情だったので、言ってみただけなのだ。まさかそれほど正確だとは思わなかったが」


「それでもお前がそんなことを言うとはな。普通は誰も予想できないって。世の中に誰がお前の口からそんな言葉が出ると思うのかよ」


「私と知り合ったばかりなのにそんなことを言うのか。言うことだけ聞いたらほぼまぶ達の話のようではないか」


「でも世の中にはキャラクターというのがいるからな。ちなみに、お前は全然そんなキャラクターじゃなかった。むしろ、そんなことを言って一人だけご飯を食べながら、俺が苦しんでいる姿を楽しむような、そんな感じだ。あ、そんな考えだったのか!」


俺は悟りを得たような表情を作った。


「そんな下心があるわけないじゃないか!そんな考えをする君がもっと恐ろしいのだ。いくら私でも一抹の良心はあるのだ。これ以上心が変わる前に早くついて来るのだ」


そう言って、キャシーは歩き始めた。


「何をするのだ。ぼけっとしていないで早くついて来い」


俺がそれを聞いた後も痛みでじっと立っていると、そんなことを言ってきた。俺はよろよろとキャシーの後を追った。どうやら町に行くつもりのようだった。俺が入って来た方向へ引き返すことになった。


「きゅるるる」


どこからか聞こえてくる空腹を言い張る声に、俺はキャシーの方を振り向いた。キャシーは顔を赤く染めた。夕焼は関係なかった。リラックスして横になっていたキャシーのまゆ毛が急傾斜になり始めた。眉間が縮こまった。


キャシー、おなかがすいたら、そう言えよ。


「君はいつも一言多いのが問題なのだ!」


キャシーの力を込めたチョップに肩をたたれながら、俺は丘の上の路地を降りた。見下ろせる村は赤い海のようだった。

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