006
「こ、この卑怯もの。どうやってそれを知っているのだ」
少女はまだ現実を受け入れられず反抗していた。もう少し追い込めば、確実に餌に食いつきそうだった。
「俺もここまでしたくなかったのにね。ずっとそういう風にするから俺もこうするしかねえんだよ。あ、急に捕まりたいな。どうせ捕まったところで極刑を受けるわけでもないから。よく考えてみると、監獄はご飯もくれるし、寝かせてくれるじゃないか。こんな振る舞いをするくらいならそれがいいかもしれない。もう、ない事実も全部じはくしなければならないな。舌が転がって変なことを言えそうだ」
俺は舌を振るった。比喩ではなく、本当に少女の目の前で舌を動かした。
「うう、やめるのだ」
「警備兵さん、俺がいい情報を持っているんですよ。今ちょうど言葉が勝手に出ちゃいそうな状況なので聞いていただけますか」
「やめろと言ったじゃないか!」
今度はこいつが俺の頭をつかんで本人の方に押し付けた。ひょっとすると首を折られたかも知れない瞬間だった。間違ったら、こいつの顔じゃなくて、ルーシーさんの顔を見たはずだ。
「だす、だす、だす」
「だす、何んだ?」
もじもじしながら口を開けた。次の言葉は完全な文章だったが、どこかに潜り込む声だった。
「助けてやるから、望むことを言ってみるのだ」
「何ですって?声が小さくてよく聞こえません。そして手伝うという態度がよくないんですが」
「下手に出るから付き上がるのだな!」
「し…しぬ。本当に死ぬ」
やつは俺の顔を握っていた手の経路を変更して、俺の首を絞めた。きちんと正確なところを締め付けていた。もし、この状態が続けば、俺は確かに気絶するか、死ぬかの、どちらかの運命を迎える威力だった。そうなる前に俺は力ずくでそれを阻止した。ずっとルーシーさんのところへ俺を行かせようとするこいつの努力に感心した。
「次にそうしたら、まじでやるのだ」
「今は本気じゃないみたいな事を言う奴だな」
俺は咳き込みながら、さっきまで思いっきり締め付けられた首のあたりをなでた。
「それが本気であるはずがないじゃないか。私が本気を出せば、そのくらいで終わらないのだ」
「それはありがたい」
誇らしいように胸を出している少女に口を開けた。それより胸も大きいから出せるなよ。自己主張が強すぎじゃないか。自己愛がどれだけ強いんだよ。本人には外見と胸しかないということをアピールするのか。話せば話すほど俺だけおかしくなる気分だ。
「お互いに顔を握りながら何をしているかは分かりませんが、もうこちらに来てください。お嬢さんも、その男性をこちらに送ってくださると感謝します」
馬鹿なことを続けていると、くたびれた顔をしている警備兵が声をかけた。辛抱が限界に達したのだろうか。そうかも知れなかった。むしろ、今まで我慢してくれたのが警備兵という職業を持つ人の立派な忍耐力を見せたのだろう。そろそろ勝負どころだった。
そういえば、手伝うと言われたが、正確にどんな計画なのかは聞けなかった。こいつはどんな作戦を考えたのだろうか。
「まだ、どうするということを聞いていないんだけど、いい作戦はあるんだよね。まさか、何も考えずに言葉だけ出ったとか、そうじゃないよね。先ほどを思えば言葉より体が先んじたようだが。特に丘の二つが」
俺たちは警備兵と向き合った。決めてもいないのに、一身であるかのように動いた。人間、胸がつかれると自然にこうなるのか。お互いに顔色をうかがっている最中、俺がやつを指で刺しながら声をかけたのだった。
「考えがあるのに決まってるじゃないか。私は君じゃないのだ」
「ひどいな。どうして俺がバカなのが前提なんだよ。お前と俺と出会って間もないんだって」
ささやきながら話し合う俺たち二人だった。そのあいだ、警備兵は着実に距離を縮めてきていた。
「おい、早くしろよ。いい考えがあるんだって。もうすぐ警備兵が完全に俺たちの前にやってくるんだ。それで終わりだ」
「さあ、ここに印を押せ。針もやるから、これで指を刺すのだ」
そう言って、やつは背後に回した手に紙一枚と針を持った。手を振って早く持って行けというサインを送っていた。
怪しい紙と印、誰が見ても危険な状況だった。前の状況も危険に極まりないが、後ろの状況も容易ではなかった。普通、このようなものを間違って押し、変なところに就職を口実に誘拐されるのではないか。急に契約書を突き出すとは。いったい俺はどうするのが正解だというのか。しかし、状況はそのような苦悩をする暇すら与えていなかった。警備兵は俺との距離を縮めていた。
「何をしているのだ。早く押せ」
「お前なら、はい、分かりました、と押すのかよ。誰が見ても怪しい契約書じゃないか。一体、こんな状況で契約書がなぜ出てくるんだよ」
「押せば、きっとこの状況から抜け出せる」
こう話している最中にも警備兵は俺たちに近づき、気がついた時には、もう目の前まで来ている状況だった。
「本当に、本当に解決されるよね?」
「そうなのだ。私が保証するのだ」
「本当に本当?」
「本当に本当なのだ」
これ以上なやむ暇がなかった。俺はなんとかなるという気持で、針で左手の親指を刺した。自分の体を意志を持って傷つけるのは変な気分だったが、特殊な状況がそのような感情を耐え抜いて、行動に移すことができるようにしてくれた。血が流れる親指を奴が持っている紙の署名欄に力いっぱい押した。もう、これがどんな効力を持つ紙なのかを知ればいいのだが。
「あついいいいいいい!」
右の方のお尻に、急に火をつけた何かを押したような痛みが走った。突然の痛覚に思わず悲鳴を上げて飛び上がってしまった。周りを見回したが、お尻に突き刺さった痛みの理由と見られることはなかった。俺の悲鳴に驚いたのか、思わず後退した警備兵だけが疑わしい表情で俺を見つめているだけだった。
「どこに痛みがあったのだ」
俺の傍に紙を持っておとなしくしていたやつは、突然、ひそひそとそんな質問をしてきた。まさかという可能性が頭の中を掠めた。先ほどの印を押した紙と関連があるのか。それなら理屈に合う。紙に指を押したあとに痛みが襲ったから。
「これ、お前がやったのか。いったい何をしたんだよ」
俺の問い詰めには答えずに、重ねて痛みの位置ばかり聞いてきた。俺はしかたなくその位置を教えてやった。どうせ取り返しのつかないことだった。
そして次に起こったのは信じられないことだった。いや、信じたくないことだった。はいていたズボンがずり落ちた。やつは俺のズボンをちゅうちょなく下ろした。しかもパンツまですっきり脱げた。腰という持ち場を失った、ただの布切れになってしまったそれらは、力なく路面に散らばっていた。はげ山のようにはげ上がった、行き場を失った尻だけが残った。そしてお尻は大衆に公開された状態だった。公共財となって路地の中でその存在感を存分に発していた。
「見るのだ! この者は私の奴隷だ。ここに証明書もあるじゃないか。お尻に押されたこの烙印がその証拠だ!」
そんな俺は気にせずにやつは警備兵に紙を突きつけた。その堂々とした態度に、俺すらもとは彼女の奴隷だったのではないかという気がするほどだった。警備兵もその威圧感に圧倒されたのか納得していた。紙と俺のお尻を交互に見ていた。
俺とやつを奴隷と主人の仲と納得した警備兵が戻った場所に残ったのは、ズボンと下着が脱がれたまま尻を見せながらぽつんと残された少年と、その主人の少女だった。




