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001

まったく、女神だと言ったが、信じられない。女神アパートに、金に窮する女神とは。こんなに権限のない神がどこにいるというのか。先ほどは、本当に驚くところだった。死んだと思っていたのに、起きてみたら、なんという美人が目の前にいて、自分を女神だと紹介したから、十分そうするわけだが。正直、死んだ時の記憶がはっきりしていなかったら、詐欺だと思うか、狂った人に会ったと思う瞬間だった。それにお茶まで出してきた時には、ちょっと疑うところだった。冷静さを装っていたから揺らぐこともなかったが。


「私は女神ですが、死後転生専担部署で働いている女神です。先ほど申し上げましたように、人間の前世に影響を与えるようなことはしません。今回はあなたの担当になって、このようにご挨拶することになりました。ルーシーと申します。」


両手で握っていた茶碗を置いて、頭を下げてきた。思わず従ってうつむいた。さっきまで揺らんでいたが、落ち着いて挨拶をしてきたのを見ると、こういうのがプロの精神ということなのかもしれない。俺も雰囲気に乗って、遅れたが自己紹介をすることにした。


「俺は弘前二斗です」


「承知しています。名前、弘前二斗。性別は男性。血液型はO型。好きなものはゲームとマンガ。もと、学生だったが死ぬまで不登校だったので結果的に無職。家の外に10歩以上に出るのを憚れた。範囲をもっと狭めて言えば、部屋の外に足を運ぶことさえほとんどない。そして死ぬ前に女の子を救ったことを除いて、人生で一番大きな業績はやってたオンラインゲームのキャラクターが有名ギルドに属して、有名だったこと。好きなAVジャンルは…」


「あああ、そこまで言って十分ですから!」


俺は手を伸ばせ、よろめきながら女神さまを止めた。彼女は自分なりのいたずらをしたのか、手で口元を隠しながら軽く笑っていた。


「とにかく私は女神のルーシー。二斗さん、あなたを転生させるためにここにいます。あなたは手続きを経て特定の世界に転生することになります。正直に言って、特に何かを成した意味のある人生ではありませんでしたが、最後に子供を救ったことがプラスポイントとなり、記憶や体を保ったまま生まれることも可能ですね。選択は本人にかかっています。じっくり考えてから選択していただければと思います」


「いつも骨がある言葉を言いますね、ルーシーさんは。でも、転生。今、転生だと言いましたよね」


「はい、そうです。二斗さんは正式に転生の手続きを経ていただいて転生が可能です」


「転生なら、どこで生まれますか。俺が住んでいた日本ですか。それとも漫画に出てくるように異世界ですか。俺が直接、選択することも可能ですか」


「やはり漫画を見て育った世代なので質問が多いですね。「転生」という常識から外れた言葉にも、別に疑問を提起しないのもそうですし」


「ダメ元ですから!」


「私が生まれ変わりだと言って、お金をゆすり取ったらどうしようと思うのですか」


「まさか。ルーシーさんを見る限り、そんなことはないと思いますよ……もしかして、料金を請求するつもりですか」


俺は急に不安になって質問した。


「いまさらお聞きになったのですか。幸い、料金を要求したりはしません。詐欺師もこんなことを言うと思いますが、私は厳然と政府の部署で働いている女神なんですよ。二斗さんに詐欺を働いたりはしないんです」


「おお!では、ルーシーさん、さっきの俺の質問の答えはどうなるんですか」


「確かに。答えさせていただきますと、二斗さんの望む世界を選んでよみがえることが可能だということです。ただ、元々生きていた世界を選択した場合、記憶を持ったまま蘇るオプションは選択できません。死者の復活のようなものになりうるので。以外にはどちらでも選択可能でございます」


俺は快哉を叫んだ。死んでこんな幸運を享受するとは。漫画の中で不遇な事故で死んでしまい、異世界に生まれ変わった主人公たちをどれほど多く見てきたか。そして、彼らを見ながら、「俺にはあんなことが起きなかな」と妄想した日々は、一体どの程度なのか。妄想の果てになって、「ここは現実だ」と落胆したことが一体、何度か。俺はやっとその機会を得たのだ。主人公の人生を自分のものにする機会を。不慮の事故で命を失った主人公、転生を助ける女神、転生の結果としてチート能力を得るようになる主人公、その能力をもとに冒険で大活躍、そして増え続ける仲間とヒロインとの幸せな異世界生活。すべてが俺の旅路であり、人生になる予定だった。よだれが出ることをなんとか押さえた。悩む必要のない問題だった。これまでの人生で直面した問題の中で最も簡単だと言える。当然、記憶を持ったまま元の体に転生して悠々自適なライフを生きていく。以外の選択肢はなかった。さらに、チートの能力まで持つことになれば、なおさらだ。


「どのくらいの時間がありますか」


俺が聞いた。足がじっとしていられなかった。


「そうですね。特にいつまでだ、と決まった時間はないのですが、手続き完了の電話が来るまででしょうかね。それまではじっくり考えて決めていただければいいです」


「決めました、女神さま。俺は記憶と体を持ったまま生まれ変わります」


女神さまの言葉が終わるや否や、俺は答えた。即答に女神さまも驚いたのか、ぎくりとしたのが見えた。


「催促しませんので、ゆっくり悩んで下さい」


「違います。十分、悩んで下した決定です。これ以上の意見の変更は俺にはありません。まあ、そうとも。こう見えても俺も男です。男に二言はないです。さあ、俺の固い意志を見てください。俺が言葉を変えるなら、それは俺の二つの玉を取る時だけでしょう」


俺は女神さまの手を握って言った。急に握られた両手に女神さまは、少なからず当惑した様子だった。口元が不自然に上がっていた。さっきから、たくさん驚いたり、戸惑ったりするんだなと思った。


「わ、わかりました。それではこちらに用紙にチェックを入れていただき、署名を記入してください」


「はい!」


俺は必要以上に元気よく言った。思わず沸き上がる冒険の欲求をおさえ切れなかったようだ。男に生まれた以上、当然のこと、必然、運命だった。


ペンと紙をもらって、テーブルの上で用紙を作成してきた。これだけ作成すれば、俺も夢見ていた異世界の生活を楽しむことができるのだ。叶えられないくらいなら、死ぬことのほうがましな夢、あくせく生きていかなければならない現実の人生、そんなものとは縁のない人生だろう。元々の人生でもあったのかと思うが、今は本当に関係ないことなので、大丈夫だった。 最善を尽くす必要もない。適当に生きていれば与えられる便宜主義な展開、王道に沿って走る、楽な人生。俺はその道を歩む予定だった。きっと楽しい人生だろう。


俺は右手で熱心にペンを動かしながら想像の世界を広げ始めた。1マス、1マス、記入していくごとに妄想の吹玉が1つずつ立ち上がった。


経験値の限界突破や急速成長はどうだろうか。他の人とは違って、レベルが上がる上限がないのだ。しかも、同じモンスターを狩っても得られる経験値の量がレベルが違う。これをもとに、ものすごい成長を重ねて世界の最強者に仲間入りする計画だ。冒険家としてのスタートは遅れたが、誰よりも早くレベルアップして強者になる。それに限界もないから俺はたちまち成長して名実共に最強者になる。完璧な計画だ。


もしくは、すべてのダメージを無効にするのもいいだろう。どんな攻撃も俺には通じない。ダメージを受けなければ俺が負けることもない。俺は極度に安全な状況の中で優位を占め、戦いを勝ち抜く。誰もが防げないとされていた魔王の無慈悲な攻撃を防ぐ俺の姿はどうだろうか。自分は、みんなを崇める人になるのではないだろうか。


逆に、自分の攻撃が即死級の致命傷を発生させるのも一つの方法だ。攻撃がそれほど強力なら、相手が誰であってもどうしようもないだろう。ただ攻撃をすれば、強者がばたばたと倒れていくのだ。武力で王国を制覇した敗者まで俺に一発で打ちのめされる姿は人々に畏敬の念を抱かせるに十分だろう。


「記入済みです」


気がつくと、いつの間にか手は用紙の最後のページに署名をしていた。紙でペンを離して喜悦を感じた。


「はい、これで受付は完了です。どうか、希望の世界で希望される人生を生きていけることを切に願います」


にっこり笑いながら、女神さまは俺から用紙をもらい、かばんの中に入れた。それを見ると、これから新しい人生を生きていくということを実感し始めた。俺はそろそろ浮かれた気分を隠せないようになった。


「女神さまはここでお仕事をするのですか」


気分がよくなった俺は、待ちながら女神さまとの会話を満喫しようと思って質問した。


「いいえ、こちらは私の家です。今日は事情があって会社ではなくこの家でお会いすることになりました。もしご迷惑をおかけしましたら、申し訳ございません」


「いいえ、いいえ。迷惑だなんて、全然かまいませんよ。ただ、女神さまの家といえば、豪華な邸宅を想像していましたが、そうではなくて不思議ではありますね」


「申し上げた通り、サラリーマンの女神ですから。生活することでぎりぎりです」


女神さまが住む場所でも、お金の呪縛から逃れることができないということが怖かった。早く異世界で豪華な生活を満喫しないと。


「そういえば、転生特典は何がありますか」


俺はふと忘れていたことを思い出した。さっきまでそんなに妄想していたくせに。転生と言えば特典と決まっているのだった。俺が望む異世界の悠々自適なライフも、この能力がなければ無用だ。強い力があってこそ、魔物があふれ、強い冒険者のいる異世界で生き残ることができる。そして、そんな展開になってこそ、望んでやまない人生を送ることができる。


「転生特典ですか。二斗さんには転生特典がありません」


「……」


しばらく静寂が流れた。聞き間違っていたのかもしれない、そう思って、また女神さまに聞いた。


「転生特典はどんなものがあるんですか」


「どうしてまたお聞きになるかは分かりませんが、二斗さんには転生特典がありません。正確に聞きました」


「転生特典がない…」


「はい、そのとおりです。何か問題でもありますか」


首をかしげて女神さまはそう言ったが、首をかしげたいのは、俺のほうだった。俺は腹の中で何かが煮えくり返るのを感じた。


「それはどういうことですかあああ!」


俺はまた女神さまの肩をつかんで振った。肩の揺れに合わせて、女神さまの首も前後に動いていた。


「二斗さんは記憶と体を維持するオプションを選びました。こちらは新しい生を続けて生きていけるようにしてくれる代わりに、別に特典などはつけておりません。転生特典付きの商品は、記憶を失い、生まれ変るオプションです。もう振らないでくださいいい。うう、気分が悪くなりましたああああ」

「なぜ言えませんでした?」


「申し上げる前に二斗さんがあまりにも例のオプションを強くご希望なさって…タイミングを逃しました」


「今、今、変更します」


俺は藁にもすがる気持で言った。


「記入済みの商品は撤回できません」


戻るのは絶望だけ。撤回不可の商品だったということだった。俺は絶望に絶望を加えることにした。


「それを何とか。できれば男をあきらめます!玉切れします!」


「ああ、ズボンは下ろさないでください!あ、見えたようです。パンツの隙間から何か見えた気がしますううう!」


女神さまは、あわてて手で目を覆い始めた。俺は半分は降りたズボンを上げられず、立っていることしかできることがなかった。転生特典がないなんて、何の意味もなかった。


「どうして…どうしてこんな風に変わってしまったんですか。転生といえば転生特典と決まっているでしょう」


女神さまは目を覆って、顔をそむけたまま、お話しになった。


「はい、以前は二斗さんが選んだオプションにも確かにそういうものがありましたが、なくなりました。転生以後を管理する部署からクレームがたくさん入ってきたので。以前に住んでいた世界で使っていたものをあまりにも無分別に作り出し、異世界の文化などが破壊されすぎるとか、チートユーザーたちが暴れすぎて異世界のバランスが取れなくなるとかいう言葉が多かったんです。当方も対応しにくくなって転生特典は記憶を失う商品に限ってのみ提供しています」


「そ、そんな」


俺は座り込んだ。服が一重なくなっただけで、お尻が冷えた。


「その、それでも二斗さんが転生する世界もきっといいところでしょう。二斗さんは今まで能力なんかなくてもよくやってきたし、きっと新しいところに行かれてもすぐに慣れるはずです」


「慰めなくても大丈夫です」


俺はズボンをはいた。ズボンなど、どうでもいいが、あいまいに下がっているのが気になったからだ。ごそごそする音が聞こえると、女神さまはこちらを振り向いて、すぐにまた首を横に振った。上げる途中だったからだ。沼にはまってしまった俺は本当にどうでもよかった。


そのような状況を破るように電話が鳴り始めた。初めて聞くはつらつとした着信音だった。まるで魔法少女アニメーションのOSTに入るような。


「申し訳ございません。少々お待ちください。職場の電話なので」


女神さまは仕切りをつけて台所へはいった。ピンク色の仕切りが反動でそよぐっていた。靴下の床を踏む音が聞こえてきた。中からは通話の真っ最中なのか、女神さまの声が聞こえてきた。声を聞いてみると、「え」という頻度が高いことからして、良い話ではなさそうだった。俺はこれ以上、落ちるところはなかったが,不安になった。しばらくして仕切りは再び開いた。ピンク色のカーテンが開いた割には、女神さまの顔には微笑みがなかった。


「手続きが遅延しているそうです。少なくとも2週間はかかると。二斗さんは私の担当ですので、2週間は私の家で一緒に過ごさなければならないと思います」


そう言う女神さまの目にはあきらめの色が漂っていた。

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