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013

「トカゲだ。あいつは食えるだろう。今日は飽食できるな」


俺は目の前を這い回るトカゲを見ながら舌づつみを打った。ゆっくり近づいて、すばやくトカゲをひったくろうとしたが、俺の気配に気づいたのか、トカゲは草むらのむこうに消えてしまった。


獲物を目の前で逃して力が抜けた。俺は地面に手をついて座り込んだ。今日で五日目。俺がこの森で生存した日々だった。二日、二日だけ耐えれば、文明の世界に戻ることができる。この事実だけがここでの生活を支えらせてくれた。ここへ来た目的が薄れてきた。


この話をするには五日前に戻る必要がある。どうして俺が過去に回帰したように森で食べ物を調達して生活しているのか。それも月と槌の仕事をしばらく休んでまで。発端は極めてよい趣旨からだった。


冒険者ギルドで俺の適性について知った翌日、俺は町の病院に行った。目的は回復魔法を学ぶためだった。魔法を学ぶためには修練が必要だというが、ちょうど村には優れた実力を持つことで有名なヒーラーがいたのだ。聞くと、かつて宮廷で働いていたほど実力のあるヒーラーであるが、引退後に人々を助けるためにこの町に流れ込んできたようだ。実力には異見がないということで、どうか修練を頼むために訪ねようと決心した。


いくら自分にしか使用できないとしても、せっかく得た能力だ。後でどう役に立つかも分からないし、すごい敵性だというからそのまま腐らせるのはもったいなかったのだ。俺の右手には思い切って用意したお土産のヤングドレイクの汁もあった。相当な打撃だったが、あと数日お金を節約すれば大丈夫だろう。有名なだけに食べれば若さを取り戻すほどだというのだから。


「病院に入ると、受付で若い看護師が俺を迎えてくれた。


「おはようございます。訪れたことがありますか」


「いいえ、前にご連絡した弘前二斗です。病院長に会う約束をして来たのですが」


事前に病院長と会う約束をしてあるので、訪問の目的を明確に伝えた。看護師は聞いたことがあるらしく、わかったという顔をして病院の応接室に俺を案内してくれた。門の前に着くと挨拶をしながら本人の席に戻った。俺はノックをして応接間に入った。


「おはようございます。以前に話した弘前二斗と申します。これはつまらないものですが」


俺は横を向いてソファに座っている病院長らしきおじいさんに挨拶をした。しかし、待っても挨拶が戻ることはなかった。俺はぎこちなくお土産を持った右手を差し出したまま立っているだけだった。あまりにも無口な人かと思って、いったん礼儀をわきまえて向かいのソファーに座った。俺は用意したお土産を病院長の前の方に持って行った。


「買わない」


「え」


だしぬけに返ってきた言葉にうっかり答えてしまった。それより何だって。買わないなんて。ひょっとして俺を訪問販売員だと勘違いしているのか。


「儂がこう見えてもここの病院長だ。たとえ老いたとしてもまだ回復魔法だけは現役だ。健康食品を売ろうとするなら、他の所を調べろ」


何かしっかりと勘違いをしているようだった。誤解を解く必要があった。


「誤解されているようです。私は弘前二斗です。前に約束をした者です」


「……」


しばらく沈黙が流れた。俺は返事を待っていた。


「何だって。よく聞こえないな」


病院長は耳に手を添えて、もっと大きな声で話してほしいというジェスチャーを取った。


「ただ耳が聞こえないだけだったんですか!」


いつものように突っ込んでしまった俺は間違ったのを感じたがもう遅い。思いついたことを口にした後だった。


「今買えばもう一つくれる?儂でも耳よりあるが、その程度ではだめだ。二つをくれると、考えてあげないこともないが」


全く関係のないことを言ってくる病院長だった。そしてさっきまでは必要ないと言ったじゃないですか。何を自然に取引しようとしているんですか。思ったより耳が悪いようだった。ここには補聴器のようなものはないのだろうか。ありそうなものだが。


「そしてサンプルを見るべきではないか。少し飲めるサンプルのようなものはないか。ふうん、ヤングドレイクの汁なんて、一度くらい体験できないこともない」


「完全に興味津々じゃないか!この人、興味ないふりをしていたくせに、ヤングドレイクの汁にだけ興味があるじゃないか。目を離せないな!」


俺は早く誤解を解き、訪問の目的を説明するために、耳元で話すことにした。席を立って病院長のそばに近寄った。そして、耳元に口を近づけようとした瞬間。


「こんな年寄りに好意を示してあげるのはいいが、残念ながらそんな趣向ではない。いくらなんでも男はちょっと」


「何を誤解しているんだよ!このじいさんが!」


一騒ぎの後、やっとまともな会話ができるようになった。ソファーで病院長の耳元で叫びながら話すという奇妙な姿だったが。誰かが見たら大きな誤解をするに違いない場面だった。


「それで君はこの年寄りに回復魔法を学びたくてやって来たと」


ついに本来の目的に合った会話が成立していた。俺は大声で叫んだ。


「はい、そうです!」


「そうか。見たところ、回復魔法にも優れた適性を持っているようだし、儂も年を取ったから後学を養成するのも悪くない。まだ魔法を使うのは現役だというが、儂も年老いた体だからね。ふうん、絶対にヤングドレイクの汁に夢中になってはいない」


いや、このおじいさん、本当にヤングドレイクの汁が好きじゃないか!これくらいなら今度訪ねる時、もっと買って来なければならない。お金があれば。


「ところで、年を取るのがどうして心配なんですか。回復魔法を使うと体を回復させて病気や問題のあるところを直せばいいのでは」


「うん?ボケた年寄りのじいさんだって。君は何を言っているんだ!」


「そんなこと言っていませんが、本当のようですね!いったいどうやって書抜きして聞くのですか!」


俺はささやくような声でそう叫んだ。もう一度、我慢して、さっきのことを言い直した。


「ああ、そうだったのか。すまないな。最近、耳がよく聞こえなくてね。君はまだ知らないようだが、回復魔法にもいろいろな系があるんだ。儂が使う回復魔法は、いわゆる外傷を回復させる魔法だ。だから、自然な老化や病気などは、儂が治療できる対象に該当しない。そういう患者の場合、うちの病院では薬草のような薬で治療をしている」


「では、私が使える回復魔法はどんな性質ですか!」


「それは知らないよ。個人が持っている魔法の性質は発現させないと分からない。その前までは根っこが分かるだけだ。たとえば、回復魔法にはいろいろな系があるとしたが、その根は同じだ。だから回復魔法を学ぶ基礎は同じだよ。残りはどんな方法で、その特徴に合う修練をするのか、と儂は思う」


「要するに基礎修練はヒーラーなら誰でもできるということですね!」


「そう」


病院長は俺の姿を見ることができるように座り直した。耳元に顔を寄せていると急に振り向いたので、危うくぶつかるところだった。すばやく頭を後ろに引いてよかった。


「そういう意味で君が儂を訪ねてきたのは、実に正しい選択だった」


「正しい選択だとすると!」


「先日、儂が新しい修練の方法を開発したんだ。長くかかる基礎修練の時間を画期的に短縮してくれるすごい方法だ。この方法だけ使えば一週間くらいなら簡単な基礎学習を終えることができるだろう。ただ、少し大変だというの欠点だが」


「それはすごいですね!そんなリスク程度は何でもないです!むしろそのくらいの壁がないと体がうずうずするほどです!」


異世界でいつまでものびのびと修練してはいられない。多少の困難が伴うとしても、そのリスクを負う必要があるのだ。一日も早く俺の回復魔法を磨き、どこかに役立たせる必要があった。そのため、病院長の提案は実に興味深いものだった。


「そうか、君の情熱はよく分かった。この修行方法について簡単に説明すると、マナの基本的な原理を利用することだね。分かるけど、マナは自然界に存在し、大気中をさまよっている。うちの魔法使いはそういうマナを使って魔法を発生させる。つまり、うちの体は変換装置なのだ。マナを受け入れ、そのマナを体内で魔法という形に変換させて送り出す。儂はその点でこの方式を着眼した」


「そうですか」


俺は分かったようにうなずいた。もちろん実際には初めて聞く話だった。マナが大気中に存在するとか、そんな話はさっきわかった。


「この近くには山が一つある。マナの宝庫と呼ばれるほど、異常に大気中のマナの濃度の高い山だ。その山で自然に近くなった姿で七日ほど過ごすと、マナと親しくなる修練を短期間で終えるという事実が分かった。言葉通り、マナに囲まれて、マナを受け入れる修練だ」


七日間を山で過ごす修練か。そう簡単ではなさそうだが、思ったことに比べると生ぬるい方だった。強者との連続百人対決や、道場破りの百回のようなものではないからだ。詳しい修練の内容は聞いてみないと分からないが、月と槌の仕事を休むことになるのを除けばいい訓練のようだった。


「わかりました!どうか私にその修練をさせてください!」


「簡単じゃないよ」


「覚悟していたところです!」


「すみません。返事がなかったので、とりあえず入ってきました。病院長、外から病院長を訪ねてきた方が……」


顔の届くところまで近づいた俺と、病院長の様子を受付の看護師が見つめていた。もう一度言うが、ソファに並んで坐って、顔の届く直前まで行った二人を、看護師が見つめていた。見たところ、ノックをしたが反応がなくて入ってきたようだった。そして表情は説明がなくても十分に理解できた。


「し、失礼しました!」


慌てて顔を隠せながら門を閉めて出て行く看護師さん。反応のみると、誤解したのに違いない。いや、十分に理解はするけど。


「これからは詳しい修練方法を教えてあげよう」


この状況を理解できなかったのか、聞こえなかったのか、病院長は屈せずに修練の説明をしようとしていた。

こんばんは。いつも、ありがとうございます。下にある評価とブックマークは作者の力になります。再び、ありがとうございます。

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