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「少々お待ちください。手続きをするのに時間が少しかかるそうです」


目の前にいる美しい女性はそう言って、台所に消えた。それほど広くない家は、頭をのばせば、居間からも台所が見えた。急須でお茶の葉が落ちていた。やがて居間にほのかな茶の香りが越えてきた。


「俺は、死んだんですか」


俺は差し出してくれたお茶の片方を飲みながら尋ねた。


「はい。ほかに話す方法もないほど、あっさり死んでしまいました」


目の前の女神様もそう言ってお茶を飲んだ。同じお茶を飲んでも人によって差があるんだな、という感情が自然と感じられる気品があった。おそらくそうでしょう。俺の前にいる女性は、一見、人のように見えるが、自分を女神だと紹介したから。


「後悔はありませんか」


俺は飲んでいたお茶を用心深く置いて答えた。


「後悔と言えるものもありません。たいした事ない人生を生きてきたのですから。他人のように夢に向かって一生懸命に走っていったわけでもなく、命をかけて誇りを追求したこともありませんでした。他の人が行く学校も登校拒否に行きませんでした。そのように家の中に閉じこもっていた毎日でした。生きて最も成功したことは、死ぬ前に火災現場で子供を救ったことです。俺が死んでしまったんですが」


俺はその現場を思い出した。火事現場だが、炎も見えなかったそこを。俺は今まで思い違いをしていた。火魔は舌をぺろぺろさせてすべてを飲み込むと思っていた。けれども、俺が向かい合ったのは灰色、ただ灰色だけだった。視界がぼやけた。生きるために地面を這い、もがいたが無駄だった。その過程で偶然、一緒にいた子供だけは生かすことができ、みんな無駄ではなかったが。


「後悔しないとは幸いです。多くの方々がここに来て後悔していますから。こんなふうに死ぬと思ったら、最善を尽くして遊べばよかった、仕事なんて辞めてみることなのに、夢をあきらめるのではなかった、なんておっしゃいながら」


俺は飲んでいたお茶を一気に飲み干した。のどを通っていく液体の流れが温度を通じて感じられた。


「さっきも言いましたが、後悔することもないです。俺の人生に忠実ではなかっただけに、一生、遊んで死んだようなものですから。思いっきり遊んだ人に後悔があってはいけません。もちろん友達もいなかったし、俺には世界というのは部屋の中が全てだったし、家族も俺を諦めて、インターネットに載せる書き込みは全部が社会のせい、たまに窓の外を通る学生たちを見ながらおぼろげになり、女とは一生、縁がなかったし、恋愛もしてませんけど。あれ、言ってみると、俺、すごく後悔な人生を生きたんじゃないですか。友達もいなかったし、恋愛もできなかったし、友達といってもインターネット友達なのに。わかってみると、すごく後悔極まりない人生を生きたようですけど! 完全に引きこもりですけど!」


「ご本人は引きこもりだったのを、もうお分かりになりましたか」


「そりゃ引きこもりって、ちょっと気持ち悪い人じゃないですか。部屋に閉じこもって出てきもしないし」


「該当ですね」


「友達もいないし」


「それも該当ですね」


「やっていることは一日中インターネットとゲームばかりすること」


「同じですね」


「彼女は当然いない」


「以下同門」


「ウアアアアアアアアアアア!」


俺は悲鳴を上げながら現実を直視した。信じられないが、俺は引きこもりだったのだ。前の事実がこれを裏付けていた。俺はどうして引きこもりになってしまったのか。ただ家の外に出ていないだけなのに。そのうち、なんだかんだでインターネットばかりするようになって、それにはまってしまっただけなのに。その結果、友達もいないし、恋愛もできない人生を送っただけなのに。


「あのう、わかってしまいました。俺は引きこもりでした」


「はい」


彼女は笑顔を絶やしていた。いわゆる営業用の笑顔という物のようだった。


「どうすれば彼女を作れるでしょうか。」


「もしかして今、私に聞いているんですか」


女神さまは笑顔のまま静止していて、本人に言っていることだと気付いたのか、指で自分を指差した。


「はい、女神さま以外の人はいませんから。俺が後悔していることと言えば、その中でも一番後悔することといえば彼女を作くられなかったことだと思います。考えてみたら、そのような結論に至ってしまいました」


「私はそんなアドバイスをさせていただくのは···」


「考えてみてください。一生を生きていて彼女どころか、友達の女も作れなかったんですよ?こうなると、俺には女性が嫌う香りでもあるのか疑ってみなければならないほどです」


「多分、部屋に閉じこもってばかりいたから、そんな香りもすると思うし、そうじゃなくても、そんな格好だったら……」


「何か言いましたか」


「いいえ、続けてください」


女神さまは俺の質問を否定した。どうやら、俺の聞き間違みたいだ。


「彼女!」


俺は咆哮した。座っていた座布団を蹴って立ち上がり、両腕を突き上げた。さながら竜の雄叫びが感じられるほどの迫力だと思った。終始、魅力的な笑みを浮かべていた女神さまも顔をしかめた。瞬間的だったが、目撃してしまった。


「でも女ですよ!考えてみたら腹が立ちますね。この程度なら悪い顔でもないし、背も適当じゃないですか。でも、女が一人も絡まらないなんて、ひどいじゃないですか。一人、一人もいなかったんですよ。 路上をぶらつくだけのやつらは、毎月、彼女を変えながら,俺には一人もいなかったんですよ。これは全部、不平等のせいです。貧益貧です。富益富です。やつらがハンサムという資源を基に稼げば稼ぐほど、我々は貧しくなるだけです。どうして世の中はこんなに不公平なのですか!あなたは女神だて言いましたよね。どうにかしてください!」


俺は机をたたいてから立ち上がって熱弁をふるった。急に原因の分からない怒りがこみ上げてきたからだ。お茶を飲んでいた女神さまの肩をつかんで揺さぶった。


「ちょっと、ちょっと待ってください。お茶があふれます。止めてください。確かに、私は女神と申しましたが、人間の死後以前のことに関与する権限はありません。その部分については、人生を蔑ろにされたとしか言う葉が……お茶があふれてきます」


「今、お茶が問題ですか!お茶などいくら零してもいいです。ここには、ある男の人生がかかっているんです!」


「ここは私の家ですうう。そしてもう死んだじゃないですかあああ。それに、人生とよばれるような人生も生きなかったのにいいいい」


「この女神さま、何気なくひどい言葉をはめ込むね!」


「うるせ!」


とっさに女神さまの声だと思ったら、女神さまではなかった。女神さまは、へっぴりとした表情で,俺と音が聞こえる方向を交互に見つめていた。壁から直接的に流れるドンドンという音が耳元を殴った。


「このアパートの住民はお前ひとりか!ひとりでぎゃあぎゃあぎゃあ言ってあがって。そんなに大声を出したいならカラオケでも行け! このXXXXXXみたいな奴め!」


そんなにひどいことを言うなんて。声の主人と見られる隣家の人に接触してはいけないと思った瞬間だった。


「すみません、パーティーさん!」


前にいた女神さまが今まで聞いた中で一番大きな声で叫びた。


「あれ、この声はルーシーじゃねえか。そういえば、この部屋はルーシーの部屋だな。でも、さっきまで聞こえていた声は男だったのに」


そこまで言って、声はしばらく聞こえなかったが、すぐに気がついたように続いた。


「ああ、そういうことか。ルーシーも、もうそんな時になったんだな。ルーシー、ごめんな、良いところを邪魔して。でも、あまり騒がせるなよ」


「そ、そんなことではありません、パーティーさん!」


ルーシーさんは顔を赤らめて答えた。俺によってこのような状況が起ったという事実に、おかしくなった。


「気にしなくていいよ。代わりに後で話してくれ」


笑いながらパーティーさんと呼ばれた女性は、言葉を終えた。パティさんの言葉と、ルーシーさんのその言葉を否定する断末魔を最後に壁を挟んで続いた二人の話は途絶えた。


「誰ですか。今の女性の方は」


「あ、パーティーさんというお仲間の女神さまです」


「また女神さまですか。近所にも女神がいるなんて不思議ですね」


「ここは女神アパートなんで。入居者は女神たちだけです。支援で運営されているので入居金も安く、価格に比べて良い所です。価格が価格なので施設がそんなに良くはないですが。先ほどご覧になったように防音もあまりよくないですし」


「女神さまにも、何か事情があるものですね」


「私も、ただのサラリーマンですから」


ルーシーさんは肩を落とした。俺もまた座布団に座った。


「そうだ、ルーシー! 今度うちですき焼きするんだけど、お前も来る?」


また壁越しに叫びが聞こえてきた。どうして壁越しに会話をすることが文化のようになってしまったのか。 コミュニケーションの仕方が何か間違っている。


「いいです。ぜひ、お呼びください」


ルーシーさんも意思の伝達のためにつられて声が大きくなった。


「どんどん!」


それと同時に、天井から音が聞こえてきたのだ。最初は2回、次は4回。重い何かで底をつく音だった。4回聴こえるのが聞こえたとき,俺たちはそれが何を意味するのかに気づいた。


「すみません!」


上の階から聞こえてくる抗議の声にルーシーさんと俺、壁の向こうのパーティーさんはこう答えた。返事は6回の鈍い音だけがいらだたしく聞こえた。

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