遠ざかる平和
「――貴様ら全員皆殺しだあああああ――!」
研ぎ澄まされた白金の剣を抜くと、勇者へと切りかかる。魔法使いと僧侶が一斉にあらゆる呪文を唱えるが、そのすべて体で受け止めた。炎や氷をものともせず切りつける。
――ガンッ! ――ギンッ! 剣と剣が重なる重々しい音が惨劇のチャペルに鳴り響く――。神父は「オーマイゴー」とうろたえる――。
強撃を剣で防ぎながら勇者は顔をしかめる。以前よりは格段に腕を上げている……。
「勇者は滅びぬ! 何度でも蘇るさ!」
復活の呪文があるからか――。
セーブポイントがあるからか――。
「――勇者の力こそ、人類の夢だからだあ!」
「……」
「魔王を倒し真の英雄になるのだ。宵闇のデュラハンよ――そこをどけ! 白金の剣を俺によこせ――!」
「ならば何度でも……何千回でも、何万人でも勇者を切り裂いてやるまでだ――!」
「やめよデュラハン! 戦いは憎しみしか生まん!」
魔王様は正気なのか――。
「――聞けませぬ」
魔族と人間は共存できませぬ――! 平和な世界などは所詮、絵に描いた餅にございます!
カン、カン、ボカボカ。……ポキ。
勇者の剣を粉々に砕いた。
「――くっ、化け物め」
「私の体はドラゴンの牙よりも硬いのだ」
バキバキ、ビリりりり……。
鎧をも砕き、勇者はいつの間にか上半身裸となる。小さな傷からは血が流れている。
勝敗は決した――。
「く……殺せ! お前の勝ちだ、殺すがいい!」
「言われなくともそうするさ――」
せめて命乞いをすればもう少し長生きできたものを……。
「――死ね」
「待つのじゃ!」
白金の剣が勇者の眉間の前でピタリと止まった。最初から……本気で切るつもりは……なかった……。
「……ですが魔王様!」
「殺してはならぬ。戦いは平和な世界をもたらさぬ」
女神が最後に言い残した言葉……平和。
「だが……ではどうすればいいのだ! やられるように、やられるだけなのか――!」
頭に血が上って冷静な判断ができないぞ。首から上が無いのに――!
あ、そうか……あの手があった。
「メデューサよ! 早く、こちらへ来てくれ」
「……はい、デュラハン様あ」
この状況下で……様の後に「あ」を付けないでと言いたいぞ。最前列で見ていたメデューサが結婚式用の可愛らしいドレス姿で登場する。
頭の上の蛇たちも、可愛いリボンを付けている……。
「頼みがある」
「なんなりと」
ゴニョゴニョ。
「わかりました」
ニッコリ微笑むメデューサの表情を……私は一生忘れないだろう。
「聞くがよい魔族の者よ。これから勇者一行を全員この場で石にする――。作戦名『面倒ごとの先送り』」
咄嗟に考えたから、酷いネーミングだ。
「だから、『もういいよ』と言うまで、絶対に目を開けるな!」
「い、い、石だと!」
「ごっそり聞こえているぞ! あほ!」
「聞いちゃった、聞いちゃった!」
「やーい、デュラハンの間抜け! お前の母ちゃん顔なし!」
……腹立つわあ……。
「これはフリじゃないからな。「絶対に押すなよ」じゃないんだからな! せーの!」
「待て! 早い早い! 早過ぎるぞ!」
――慌てて四天王や勇者一行も目を閉じる。
――カッ!
真っ赤な光がチャペル内を照らす。メデューサの石化睨みは……最強だ。この力は優に四天王の力を凌駕している。
チャペルに静寂が訪れた……。
「キャー!」
突然響き渡る悲鳴。
「どうした女魔法使いよ、あ、しまった」
「え、え、なにが起きてんの? うわあ! なにも起きてないんか~い!」
「足からどんどん石になっていくわ! 石になっていくわ~!」
勇者一行が次から次に石に変わっていく。……いや、私は何もしていないぞ。
まだ始めて十秒も経っていないぞ。目を閉じることすら我慢ができないのか。
……黙祷とかできないのか。
「愚か者どもめ――、絶対に見るなと言っていたじゃないか」
勇者が一人、目を閉じたままキョロキョロウロウロしている。一番我慢強いようだ。だが無防備。上半身も裸で剣は粉々。
勇者の肩をポンと叩き、小さな声でささやいた。
「お疲れ。もう目を開けてもいいぞ」
「――! その声は、顔なし! ううう……その手には乗らないぞ」
「ほら、見てごらん。魔王様もカッチカチだ。思わず笑ってしまうぞ」
「えっ! 石化の睨みって、ラスボスにも効いちゃうの?」
目を開けた勇者は、メデューサとバッチリ目が合った。ガン見状態だ。
「あ」
「もう遅い」
「だ、だ、だだだ、騙したなデュラハンよ!」
「目を開けていいとは言ってないもん」
「もんってなんだ! いや、言ったじゃん! 「もう目をあけてもいいぞ~」と!」
爪先から徐々に石になっていく。いったいどういう原理なのだろうか。細胞中のミトコンドリアにでも作用しているのだろうか。
「ち、ち、ちくしょー! 魔王を倒してハーレムを手に入れるはずだったのに――」
「安心するがいい勇者よ。石化の呪いはいずれ解ける日が来る。
――その頃には人間も魔族も争いのない平和な時代になっているはずだ――」
……頭の先まで石になった勇者の肩に手を置いた。もう聞こえてはいないか……。真の勇者であれば……石にならないスキルくらい携わっていたのだろう。
「もういいよ。ありがとうメデューサよ」
「はー疲れた。瞬きできないから目が乾くのよね」
パチパチと瞬きを繰り返すメデューサ。人を石にすることくらい……お手の物なのだろう。
「大変じゃデュラハンよ!」
――しまった、女神様のことをすっかり忘れていた――。
「女神様が、足から石になっていく!」
ズルッ! まさかの、そっち?
目を開けちゃったの――!
「あんた、石化が効かないんじゃなかったのか?」
――女神様だろ? 一撃必殺系が効かないスキルがあるだろ?
ペロっと舌を出すな。
「油断しちゃった。人間になっていたのを忘れてたわ」
「ドジー!」
――って言うか、絶対に見るなと言ったよね。
「泣かないで魔王様、また会えるわきっと」
二人してチラチラメデューサを見ないであげて! メデューサが責任感じちゃうから!
「一緒にいられた時間……とても楽しかったわ。少し……眠るね」
「いやだ、死なないでくれ!」
「死んだりはしないわ。石になってあなた達を見守るだけよ。よいしょ」
ポンと音を立てて……尻に刺さった白金の矢を自分で引っこ抜く。ケツ筋で矢を受け止めたのか……。
やっぱ、あんた最強だわ……。
「実は奥まで刺さってないの。真剣白刃取りよ。お尻に矢が刺さったまま……石像になるなんて、カッコ悪いじゃない」
ウインクしないで! カッコいいようでぜんぜんカッコ悪いから――!
奥までって……わざわざ言わないといけないことなのか?
「笑っていいところよ。……わたしも……笑顔で石像に……なりたい……から」
美しい笑顔で女神様は石像の姿になってしまわれた。
魔王様がクスンクスンと泣いている。男泣きとは……呼べないのかもしれない。
女神様も……心の底から平和を願っていたのか……。
魔王様と手を取り合って……。
「あのお……」
「なんだ。というか、お前は誰だ!」
「俺も……石にしてもらっていいかなあ」
勇者一行の……弓矢使いだった。頭を照れ臭そうにかいている。
――目をじっと閉じ続けていたのか――。真面目かっ!
石にしてくれと言いに来るくらいなら、さっき目を開けてみんなと一緒に石になっておけと説教したいぞ、協調性のない奴め!
……頭が痛いぞ。もう一度メデューサに頼もうか。――いや、
「お前だけは石にしない。してやらない」
「えー、そんなあ」
「一人だけ国王のところへ帰るがいい。勇者一行の愚行を人間の世界に言い聞かせ広めるのだ」
吟遊詩人になって平和を歌にし語り続けるのだ。それこそが誠の勇者なのだ――。
「地味な……勇者ですね」
「平和のためだ。剣や武器で平和な世界など、逆立ちをしても作れぬのだ」
次の日――、魔王城の玉座の間にはドレスをまとったまま石になった美しい女神像が飾られた。なんか……じっとこちらを見ているようで嫌になる。
なんか今、ペロっと舌を出していた気がする……。
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