招かれざる客
挙式の前日、魔王城一階の美容院は大繁盛を見せていた。
大勢のモンスターが明日の挙式のために髪形を整えに来ているのだ。長い列があちらこちらにできている。こういうときは、首から上が無くてよかったと思うぞ。
「あ、おはようございます、デュラハン様」
「お、お前は」
――メデューサ! しかも、散髪?
頭の蛇たちが……みんな微妙な表情をしているぞ。まだそんなに伸びていないのに。
「メデューサも明日の魔王様の挙式のために、美容院に来たのかい」
「それもあります。でも、本当は……」
ちょっと下を向いて口ごもる。
「失恋……しちゃったから。テヘ」
「……」
古いぞ……冷や汗が出る……。今どき失恋したからって髪の毛を切る女子がいるなんて……。いや、髪を切るだけならそこまで罪悪感はないかもしれないが、たくさんの蛇の頭を切り落すのかと思うと……。
なんか、すっごく悪いことをした気分になる。
「ええっと、あのー、まだメデューサは失恋した訳ではなく……」
「え?」
急に頬が赤くなる。いや、赤くならないで! 勘違いしないで! 私はただメデューサの蛇たちが可哀想だから……って、言えねー。
「もうちょっと長い方が可愛いと思うぜ」
「ぜ」とか言ってるし……。
「本当……に?」
「ああ、もちろんさ。ショートボブも似合うけど、肩くらいにまで伸ばしてみたらどうだい」
「優しいんですね。デュラハン様」
「……」
いや、美容院の床が血みどろになるし……。長蛇の列がさらに長くなるし……。
「蛇たちも喜んでいます。長いとシャンプーしてもなかなか乾かないから大変なんですけどね」
シャンプー大変で切られる蛇たちが……やっぱり滅茶苦茶気の毒になる。シャンプーのとき、蛇たちは目を閉じているのかが凄く気になる。
「じゃあ、セットだけしてもらいます」
「うん、それがいい。ナウでヤングだ」
小さく手を振ると、クルッと向きを変えて走り去っていった。……可愛い。
メデューサは普通にしていれば普通に可愛い子なのだ。
「罪な男ね。デュラハン様」
後ろから急に声を掛けられてドキッとしてしまう。
振り向くとサッキュバスがニヤニヤしながら背後に立っている――! いったいいつから二人の会話を聞いていたのか!
「鼻の下を伸ばして、デレデレしちゃって」
「してはおらぬ! そもそも私には顔が無いのだ」
鼻の下を伸ばせるはずがないだろ。
「モテる男は辛いわね。でも、泣かしちゃ駄目よ」
「……ああ」
言われなくても分かっている。石にされないのなら別に怖がることも避けることもないのだ。
散髪の時だけ見ないようにしていればいいのだ――。
「そんなことより、もうそろそろ奴らが魔王城に到着する頃だ」
「知ってるわ」
「くれぐれも注意するんだぞ」
「誰に言っているのよ。勇者なんか、わたしの妖惑の力で骨抜きにしてやるわ」
――それを注意しているのだ!
――くれぐれも勇者にベロチューするんじゃないぞと言っているんだ!
「ここが魔王城か」
一度来たことがあるだろと言いたいぞ。
「写真撮影は禁止だ」
勇者一行は……まさかの私服姿で到着した……。大きなボストンバッグを担ぎ、まるで旅行気分だ……ため息が出る。
「その姿では誰もお前達が勇者一行だと気付いてくれないぞ」
「ああ、大丈夫大丈夫」
二回繰り返して言うな。
「ちゃんと勇者の装備はバッグに入れて持って来たから。明日はそれに着替えるさ」
「鎧兜やマントも装着するさ」
勇者の後ろから戦士もひょっこり顔を出す。女魔法使いも僧侶もバッチリメイクを決めている。
「あのキス魔は……いないだろうか」
「ああ。サッキュバスなら最近はお気に入りの……カフェに入り浸っている。鉢合わせしないようにお前達はゲストルームから出ないことを推奨する。ついてくるがいい」
魔王城の大きな門をくぐり城内一階のゲストルームへと案内した。
魔王城の内庭には狂乱竜クレージードラゴ―ンがいつも腹を空かせて殺気立っている。魔王様がお与えになる市販の安物ドッグフードだけでは……絶対に足りていないからだ。窓の内側に勇者一行の姿を見つけると、ズシン、ズシン、と接近してきて、ヨダレをダラダラと垂らす。
「お、おい、この窓ガラス、強化ガラスなんだろうな!」
勇者一行は目の前に迫り来る狂乱竜に皆オドオドする。
「磨りガラスだ。プニュプニュのソフトテニスボールでも下手したら割れる」
割っちゃ駄目だぞ。
「……」
「よいか、魔王城内のモンスターは物分かりのいいモンスターばかりではない。命が惜しかったら注意することだ。こっちだ」
勇者がゴクリと唾を飲んだ。
勇者が泊る部屋を開け中へ案内する。魔王城内の部屋はどの部屋も普段から綺麗に掃除が行き届いている。自慢ではないが……自慢だ。
「……悪くないな」
「当たり前だ。我ら魔族はジェントルマンなのだ。今日と明日だけは貴様らを客人として迎え入れる」
「エアコンは……ないのか」
まだない。
「電源プラグの形が違うから、ドライヤーが使えないなあ」
旅行前に調べておこうね。
「シャワーのお湯って、なんで水より勢いが弱いんだろうね」
水を給湯器に通すから水圧が下がってしまうんだよ。他の部屋とかで使い過ぎるんよ。
「このレースのカーテン、外から透けて見えるんじゃないでしょうね」
遮像効果に優れているから大丈夫だよ。それでも気になるなら部屋の照度を下げるか、レースだけでなく遮光カーテンも閉めてね。
次から次によく文句が思いつくものだ……。
「モーニングコールの設定って……?」
「――調子に乗るな勇者一行よ! ここはビジネスホテルじゃないのだ」
これ以上怒らせればいかに穏便な私でも抜くぞ、剣を。
「わりい、わりい、冗談だから気にするなって。長旅でみんな疲れてるだけさ。それじゃあ明日はよろしくな、デュラハン」
……。
「ベッドに寝そべってポテチを食べるんじゃないぞ」
「分かってるって」
本当に軽い奴らだまったく。
魔王様暗殺計画でも練っているのかと用心していた自分が馬鹿馬鹿しくなるぞ。
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