嵐の前の4
俺の名前はザイファラウル。
みんなからはザイファと呼ばれている。
俺は人狼族の中でも細身な方だが、身のこなしと腕っ節は村の男衆の中でも群を抜いてると自負している。
そんな俺は人狼族の族長であるカルエラ様とその孫であるヴェネライラ様の護衛を務めている。
ヴェネライラ様は、いや、ヴェネは俺の幼馴染で妹みたいな存在だった。
人狼族はほとんどが金糸か、くすんだ灰色の毛色を持って生まれてくるのだが、彼女だけは違った。
美しい白銀の髪と真っ白な肌に宝石のような透き通る銀の瞳。
こんな人狼族は今まで見たことなんて無かった。
初めて出会った時は、彼女はまだ赤ん坊であり、族長が何処から連れて帰って、この少女を護るように仰せつかった。
赤子でありながら思慮深そうな不思議な銀の瞳に吸い込まれそうだと当時幼い俺は思った。
そして彼女はすくすくと育ち、幼くも神話の女神かと思うほど美しく成長していった。
俺は妹みたいに思っていたが、俺と同い年の人狼族の男たちは彼女を好ましく思っていたようだった。
俺の両親は俺がまだうんと小さな頃に人間に殺されてしまっていてが、族長は俺にだけ彼女の出生を教えてくれた。
彼女の母親は身重でありながら人間と勇敢に戦い、自らの命と夫を宿した子を引き換えに失ってしまったと村人たちには伝えられていた。
だが真実は違う。
俺は苦しげに、血を吐くように語る族長から聞かされた彼女の生い立ちにやるせない憤りと凄まじい怒りを覚えた。
人間どもの鬼畜下劣な所業。
俺から両親を奪うばかりか飽き足らず、非道極まりない真似を……彼女の母親は人狼、だが父親は……
同じ大地に住む生き物とは思えない外道な畜生。
それが人間だ。
魔物の方がなんと可愛げがあることか。
奴らの狩りは俺たち獣人。
今まで何人の同胞が命を奪われ、誇りを汚されたか。
俺も人間は見つけ次第始末しているが、奴らのような無慈悲ではない。
女子供には手は出さない、俺たち獣人は魔物ではないし、人間のような悪魔ではない。
二度と彼女のような哀しみを背負う者を産み出してはならない。
その為にも俺はもっと強く在らなければならない。
彼女が少しずつ大人に育つにつれ、俺は思った。
彼女の中には誇り高く人狼族の血と忌々しい人間の業が流れている。
このことは彼女自身も族長から聞いているようだが、それに負い目を微塵も感じさせず見せずに気丈に振る舞う。
そんな強くあろうとする儚くも凛とした生き方に憧れとともに揺るぎない想いは確信に変わっていった。
俺は彼女を、ヴェネを、ヴェネライラが好きだということを。
いつしか俺は彼女を妹からひとりの女として見るようになった。
はにかみ見せる無邪気な笑顔。
天真爛漫に振る舞うまるで妹というよりも弟のような男友達であり、悪友でもあった。
ともに狩りをし獲物を仕留め、食事を分け合いともに眠る。
ともに技を磨き、ライバルとして認め合う。
俺は彼女を見守り、身護る。
ときおり見せる無防備すぎる姿、恥じらい無く全てを晒け出し、一緒に水浴びした時の女神のような大人になりかけながらも完璧な裸体は目に焼き付いて離れなかった。
村の男衆が夢中になるのが分かる。
彼女は博識で聡明で、勇敢で勇猛で、無邪気で無防備で、眩しく美しく、儚く泡となって消えてしまいそうな雰囲気を醸し出して守りたくなる。
だがそれが、ともにあることがとても心地良かった。
彼女と一緒ならば、どんな厳しい苦境も辛い困難な壁も乗り越えられるような……
だが、彼女は女だ。
いずれ彼女の傍には番になる男が現れるだろう。
その隣にいるのは――――