過去2
薄暗いテント型の住居の中、ひとり酒を煽る褐色の美貌の女性。
長年人狼族の族長を務めるカルエラは酒精を孕んだ吐息を深く吐く。
思い出してしまう。
あの娘を見るたびに。
日に日に似てくる自分の愛しかった可愛い娘。
子供が望めないほどに傷を負った自分の胎に宿った奇跡の子。
女神様が授けてくれた宝物。
娘と共にある日々は全てが幸せだった。
強力な魔獣に村が襲撃されたとき、族長である夫は命をとして自分と娘と村を守ってくれた。
とても悲しかったが、娘と村の仲間で支えあった。
夫の意思を継ぎ、自分が族長にもなった。
ある日近隣の村が人間に襲われたと聞いた。自分の娘が魔獣討伐に向かった村だった。
これまでも何度も人間どもが獣人族の村を襲い老若男女問わず攫っていった。
忌々しい人間ども。だが自分の娘がたかが魔獣や人間ごときに遅れを取るとは思わない。自分はそう思った。誰もが認める一流の戦士なのだ。
必ず帰ってくると。
だが娘は戻らなかった。
焦った。あり得ない。そんな馬鹿なと。嫌な予感がした。急いで村に向かったが村には誰も居なかった。生きているものはひとりもいなかったのだ。
辺りには惨たらしく見せしめのように殺された獣人たち。
残された匂いで感じた恐怖、怒り、戸惑い、困惑、嘆き、悲しみ、諦観。
残された異質な魔素は人間が行使した魔法の残滓。
そして理解した。人間どもは同胞を人質に我が娘を魔法で隷属させたのだ。
しかし約束は違われ同胞は殺されて娘は連れていかれた。
儂は怒りと娘の安否に支配され、同じく憤る仲間たちと娘を探す旅に出た。
亡き夫に誓って必ず無事に助け出すと。
そして娘を攫った人間どもは必ず殺すと。
何年も何年も何年も何年も何年も探した。
獣人の寿命は緩やかだ。人間とは違いエルフ族に次いで長命だ。
とある人間どもの城塞都市で人間どもが撒き散らす人間臭い汚臭の中で薄くなって消えてしまいそうな我が娘の残り香を嗅ぎ分けたとき女神に感謝したほどだ。
だが――
だが―――
だが――――
女神のごとく美しかった自慢の娘はもういなかった。
人間どもの慰み物として凄惨の限りを尽くされた後だった。
見るに耐えない有り様だったのに目が離せなかった。
四肢を無くしてただの肉塊に成り果てた愛しかった娘。
度重なる調教と魔法による洗脳で精神は壊れしまっていた。
そしてその胎は大きく膨らみ人間の悍ましい種で根付かされていた。
哀れで憐れで涙が止まらない。
悔しくて憎くて怒りが止まらない。
怒り狂った仲間と共に人間を一匹残らず男も女も子供も年寄りも赤子も殺し尽くした。
そうして人間の街をひとつ滅ぼした。