過去
この世界は大きなひとつの大陸になっている。
正式な名称は無く、世界大陸とか果てしない大地とか呼ばれている。
この大陸を支配しているのがふたつの種族。
人間と獣人だ。
この二大種族は遥か昔から神々の時代から争っており、決着は未だついておらず時たま小競り合いが発生している。
大きな戦争だと300年前に起きた獣魔戦役で人間、獣人双方に多大な死者が出たそうだ。
この時に最前線で闘っていた人狼族はほとんど死んでしまったと、婆ちゃんが言っていた。
婆ちゃんはオレぐらいの歳で最前線で戦った数少ない生き残りなのだ。
その時の傷が身体のあちこちに残ってるを未だに一緒に風呂に入るたびに見ている。
特に左眼の傷は深く、あと割れた腹筋にある大きな裂傷は背中まで貫いて致命傷だったらしく子宮を貫き若くして二度と子供は出来ない身体になってしまった。
でも幼馴染で将来を誓い合った爺ちゃんと一生懸命何年も頑張った結果ようやくひとりだけ奇跡的に子供を授かったんだ。
それがオレの母ちゃん。
ん?異世界には回復魔法は無いのかって?あるよ、ちゃんと。でも魔法が使えるのは人間だけなんだよね。
その代わり獣人は身体的に優れて、様々な特技を持っている。
人間は人間で魔法や特殊なスキルを持って身体能力に劣る獣人に対抗するのだ。
んで、オレの母ちゃん、アズリアリ(この名前は獣人族の古い豊穣の女神の名前)は、爺ちゃん婆ちゃんの血を受け継いで立派なそれはもう女神みたいな美人さんに成長したらしい。
らしいってのはオレは母ちゃんに会った事はない。
オレがこの世界で産ぶ声上げた時には首と四肢の無い死んだ母親の死体の切り開かれた大きな腹からだったから。
覚えているのは溢れかえる熱い血潮と温もりが段々と冷たくなる虚無感。
オレを泣きながら抱く悲痛な表情の婆ちゃん。
オレが幾ばくか成長して前世からの転生者であることを理解する頃に苦い顔で渋る婆ちゃんに何があったのか聞いたのだ。
この世界には、いや人間の世界と言った方がいいだろう。
人間は遥か昔から獣人を亜人や魔族と呼び、生きたまま捕らえ隷属させる。
つまり、『奴隷』にする。
オレの母ちゃんは人間に奴隷として捕まってしまったのだ。
婆ちゃんたちは行方が分からなくなった母ちゃんを必死で何年も何年も何年も探して人間側の大陸でようやく見つけた。
変わり果てた姿の娘を。