白銀たなびくは、祀ろはぬオオカミ2
吹き荒れた。
銀の風。
その場のすべての演者たちが闘いのステージ上に現れた真の主役に注目する。
美しい。
銀砂の煌めきを一身に受けたような人狼の少女。
幼さを残した美と戦さ場の女神。
誰もが眼を奪われてしまう。
「さあて、どうやってブチコロしてやろうかあ。オレが真っ当に生きようとあくせくやってんのによ、カタギに手ェ出しやがって。天辺キタぜこれ」
剣呑な輝きを白銀の双瞳に宿し呟く。
魔獣の皮であつらえた狩衣からしなやかな華奢な、しかしよく鍛えられた腕を伸ばして握り拳をゴキリッと形作る。
「ヴェネッ!?な、なんで来たんだっ!危険なときは逃げろと言っただろっ!!」
ザイファが惚けた様子から正気にかえり戸惑う。
くるりと振り返り微笑むヴェネライラ。ニッコリと花も綻ぶ可愛らしい笑顔で。
「ふんっ!」
「グハァッ!?」
そしてザイファに頭突きを喰らわした。
「あ〜?なんだ、このヘタレチ○ポ野郎。テメエ肝心なときに役に立てねえなあ。せっかくヤリやすいようにしてやったのに。勝手にでひとりで盛り上がってんじゃねー」
頭を押さえて悶絶するザイファを冷ややかに見下ろし悪態を吐く。
「それと、ババアっ!テメエも童貞野郎焚きつけてんじゃねえっ!!要らねー世話焼くなっ!!めんどくせーんだよっ!!」
唐突に現れた孫娘に罵声を浴びせられキョトンしていたカルエラ。
「くく、はは、はっはっはっ!そうか、そうか。いや、すまんな。そうだな、お前たちも成人だ。要らぬ年寄りの世話だったか」
傷だらけの瀕死な有り様を意に介さず豪快に笑う。
「………ヴェ、ヴェネ。あ、あれは違うんだ。酔ったお前を介抱しようてしてだな。決して寝込みを襲おうとしたわけでは――――」
頭を押さえたザイファが必死に弁解してくるのを射殺すような憤怒の視線で一瞥する。
「あ?」
「申し訳ございません。ヴェネライラ様」
耳は垂れ、尻尾が丸まったザイファが綺麗な土下座を披露した。
子犬のように丸まったザイファをヴェネは見る。
傷だらけ、火傷だらけの痛々しい身体。あちこちに戦いの跡が残る。一流の戦士であるザイファがここまで手こずるとは。
倒木に寄りかかるカルエラも血だらけであり、痣だらけだ。内臓も骨もだいぶやられているのが解る。
「ふぅ………ザイファ、顔を上げろ」
ヴェネがひと息吐き、土下座するザイファを呼ぶ。
呼ばれたザイファが気まずそうにしながら顔を上げる。
その傷だらけの煤けた唇に柔らかい何かが触れた。
ヴェネライラの唇。
「つ、続きは生きて帰ってからな……っ!」
そっぽを向いたヴェネ。表情は伺いしれないが、獣耳が真っ赤に染まっていた。
眼を見開き、ポカンと呆けたままのザイファ。
「………お、おう………っ」
一緒の間を置き、何が起きたか理解し茹で上がったように赤面し返事をする。
燃え燻る焦げた死臭が漂う残骸の戦場に似つかわしくない甘い空気が支配する。
その甘々な雰囲気を生暖かく観賞していたカルエラは思う。
この二人なら大丈夫だと。いずれ可愛いひ孫の顔が見れるかもしれない。ならば、こんなとこで早々にくたばっていられない。しかし身体は死に体のご覧の有り様。
だが、心配はない。
何故ならば自分の孫娘がここにいるから。
「ガーハッハッハッ!!何をごちゃごちゃイチャイチャやってやがるうぅっ!!何者だかぁ知らんが俺様の力の前には――――」
甘々な空気を醸す場をぶち壊す巨漢ジャフが突然現れた獣人の少女に殴り掛かる。
「ちょ、ジャフ――――」
急な寸劇に固まっていたビビィがようやく動き出す。目の前の獣人の綺麗な娘は金になるから殺すな、と釘を刺そうと。
「邪魔だ。木偶の坊が」
厳つい岩の兜で武装した顔面に少女の華奢な腕から繰り出した拳が減り込み砕き、遥か後方に巨体が吹き飛んだ。
「なっ!?」
自分の真横を相方の巨軀が紙屑のごとく唸り上げ吹っ飛んだことに驚愕するとともに、瞬時にこの拳を構える獣人の小娘が尋常ではない力を備えていることを理解したビビィの決断は早かった。
「召喚っ!イフリートっ!!プロミネンスヴァイトっっっ!!!」
切り札である炎の精霊を迷わず召喚する。さらに精霊の炎を身に纏いつつ、周りのすべてを灰塵と化す極熱波の渦流を解き放つ。
魔力消費は膨大だが、自身は炎の鎧を纏い余波を完全無効化し、敵だろうが味方だろうが自分以外は殲滅する大魔術。
これをまともに喰らわして生き残ったヤツなど魔術師の旦那、あの男だけだ。
「燃え尽きなっ!犬っコロがっ!!」
獣人の小娘などあっという間に焼き尽くし、骨すら残さずに灰にする。
はず、が。
火炎の龍蛇が荒れ狂いのたうち、すべてを滅却するべく渦巻く。
その渦中を銀の旋風が駆け抜ける。
涼やかに、不敵に、獰猛に、笑みを浮かべて。
「獣技/ビーストアーツ 貪狼天崩牙」
たなびく風が渦巻く炎を斬り裂き、白銀の少女が直進する。
「そんなっ!あたしの炎がっ!?」
突き出された華奢な二の腕。
その先の小さなしなやかな掌。
細い指に生える爪先は可愛らしくも鋭く。
それは研ぎ澄まされた刃。
白銀の少女そのものが鋭利な剣、刀身そのものだ。
纏う炎もろともビビィの肉体を貫き抜いた。