暴風、災い運びて3
赤々と辺りを炎がウネり村を焼き尽くす。
舐める火の粉がパチパチと爆ぜ、生き物のように弾け迫り来る。
幼い子を抱きしめ人狼族の母親が身を潜めて周囲をキョロキョロ見廻し誰もいないことを確認して駆け出す。
「あらあら、見ぃ〜つけた〜。お宝発見。人狼族のメスとガキワンセット〜。うっふふふ〜」
燃えるような赤髪のポニーテールを靡かせた冷酷な笑みを浮かべた女、ビビィがニヤリと笑い往く手を遮った。
「さあさあ、おとなしくしなさいな。抵抗しなければ他のヤツみたいに殺しはしないんだからねぇ。アタシの手を煩わせるんじゃないよぉ」
ニヤニヤしながら手に持つ鞭をピシィッ!としならせゆっくりと近づいてくる様に人狼族の母親は我が子を抱いて絶望感に支配されて後ずさる。
背後に逃げ場など無い。あるのは今なお燃える村だった焼け跡、逆らって女に焼かれ炭火になった同胞たちの亡き骸のみ。
「くく、そうそう。そうやって素直に飼い主の言うことよ〜く聞いてるのが一番賢い生き方なのよぉ〜。さあ、アタシと一緒に――――」
「下衆が。同じ地上に生きるものとして恥を知れ」
風斬り唸る草笛の音のような飛来音。
ギラリと輝くは鈍色の鋭い穂先。
突如迫る矢刃を素早く鞭を振るい打ち払うビビィ。
次いで幾本も宙空を切り裂き迫る矢襲。
それらを炎の波となった鞭がことごとく焼き尽くすが、その間に獣人母子に逃げられてしまう。
目を細め忌々しそうに吐き捨てる。
「どこのどいつよっ!仕事の邪魔するくそヤロウはっ!!」
返事の代わりに矢の雨が何本も降り注ぐが、炎の鞭が渦を巻き全てを燃やし防ぐ。
「そこかぁっ!こそこそ隠れてるじゃないよっ!!」
蛇のようにのたうつ炎鞭が燃え朽ち傾いた居住跡目掛け伸びやり破壊する寸前、影が素早く両手に構えた槍を掲げ躍りかかる。
「汚らわしい人間がっ!我らの領域から立ち去れっ!!」
金色の鬣を怒りに逆立てた若き戦士ザイファラウルが槍を突き立てんと襲撃する。
貫かんと迫る槍を紙一重で躱し燃える鞭を振るい叩きつけるビビィ、流れるように身体を回転させ受け流すザイファの鬣を僅かに焦がす。
「おやぁ?随分若くてイキのいい男前のオス犬じゃないかぁ?これは貴族のご婦人どもがこぞって高く買ってくれるねぇ。ついてるついてる、とんだ掘り出しもんだぁ。んふふ」
自身の周囲に鞭を振るい槍の範囲外から巧みな軌道と炎の二重攻撃で翻弄し、より良い獲物を見つけて蠱惑的に舌舐めずりするビビィ。
「あ、でもよく見ると意外とアタシの好みかも。アタシの夜の相手のペットにしてみんなに自慢するのもいいかもっ!迷うわぁっ!!」
「……何処までも厚かましく愚かで身勝手極まりないものだっ!人間というものはっ!!」
距離を取ったザイファは心底嫌そうに嫌悪にしかめ面しながら素早く背中の矢筒から矢を数本取り出し弓につがえると、連続して撃ち放った。
「んふふふっ!それがアタシら人間よおっ!!オマエら下等な獣どもには理解できない選ばれし崇高なる上位種族なのさぁっ!だから何をしても許されるんだよぉっ!!シャアアアアアアッッッ!!!」
爆発する波打つ炎の奔流が飛来する矢刃を滅し、大蛇となり舐めるように地表を焼き這って責めるビビィ。
それを倒壊した住居を盾に躱しながら矢を撃ち、隙あらば槍で攻撃するザイファ。
幾ばくか膠着するが、ザイファの矢筒から矢が無くなってしまい、心の内で舌打ちする。有りったけの矢を持ってきたがあっという間に底を尽きた。
致命となるべく撃ち放った必殺の矢を全て炎の鞭という魔術を行使した武器かなんらかの技で伏せがれた。
この人間の女は並の戦士どころのレベルではない腕前だ。
強い、恐ろしいほどに洗練された技量を持つ。生き物を殺すただそれだけに特化された闘い方だと理解出来る。
残るは槍と剣と隠された複数の暗器の小刀。
だが通用するかどうか。
今なお槍の間合いに持ち込み、果敢に接近戦を挑むがことごとく斬り込む寸前であしらわれてしまう。
日々戦士として鍛錬する故に解る。
己れも戦士として死戦を幾度も経験した。それ故に悔しいことに実力の差ががありありと解ってしまう。本気で殺す気ならとっくに命を奪われているはずだが、それをしないのは女な言った通り生け捕りにするつもりなのだろう。
自身の力量に絶対の自信がある。負けることなど微塵も考えていない、感じてさえいない戦い方。
逆に言えば、それは油断に繋がるということだ。
ならばそこに勝機を見出すしかない。
ザイファはそれに賭け、握る槍に力を入れた。