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婚約

夜が明けて、日差しが王城全体に差し込んだ。

 

ナギが自室に戻るとレイヴィアはいなくなっており、セドナがナギを迎えた。


「お帰りなさいませ、ナギ様」

 

セドナが小さく端麗な顔に満面の笑みを浮かべる。ナギと会えるだけで毎回嬉しくなる彼女だった。


「ただいま、よく眠れた?」


「はい。お陰様で何故だかいつもよりぐっすりと眠れました。調子が良いです」

 

セドナが細い両腕を上げて力こぶを作った。十歳の少女の細い腕に出来た力こぶは信じられない程薄く小さかった。


「そうか。良かったな」


「はい!」


ナギがセドナの銀髪を撫でるとセドナは嬉しそうに眼を細める。

 

セドナに触れた刹那、ナギはセドナに告白されたことを思い出した。「愛しています」というセドナの声が耳朶に響き、わずかに狼狽し頬を染める。


「どうされました? ナギ様?」

 

セドナが心配そうな表情をつくる。


「あ……、いや、昨日のことを思い出してね」


「ああ、私が告白して結婚するようにお願いし、正妻は百人までと言ったことですね」 


セドナが黄金の瞳に嬉しそうな光をやどす。


「あ、ああ……」

 

ナギは耳まで真っ赤になった。ここまで直裁に言われるとは思わなかった。酒で記憶が飛んでいるかと思ったら、そうでもないようだ。


「昨日は申し訳ありませんでした、ナギ様」

 

ふいにセドナが真剣な顔をしてナギに頭を下げる。


「どうした? なんで謝るの?」


「ナギ様にたいして、『正妻は百人まで』と限定条件を出してしまいました。身の程をわきまえぬ無礼を平にご容赦下さい。ナギ様がお望みなら、何億人でも正妻を娶って下さって結構です」


「億単位の正妻なんて聞いたことがないよ!」

 

擦り切れるわ! 何処がとは言えんが! 擦り切れるどころか死んでしまうわ!


「……いや、そういう訳じゃない……。何億人もの正妻なんていらないよ……」

 

ナギが吐息を出した。


「では正妻は百人までで宜しいのですね?」

 

セドナが嬉しそうに言って、その天使のような美貌をナギに近づけた。上目遣いで迫るセドナの美貌。夢幻的な美しさがナギを圧迫し、彼の鼓動を速める。


「あ……、うん……」


「ありがとうございます。ナギ様。私ごときの条件を受け入れて下さり感謝申し上げます」

 

セドナは綺麗な所作で深々とナギに頭を下げると顔を上げた。


「では婚約は成立ですね。私は……、私は凄く嬉しいです!」

 

セドナはナギの手を両手で握りしめた。シルヴァン・エルフの美しい小さな手がナギの大きな手を包む込む。


「婚約……」

 

ナギはごくりと唾を飲み込んだ。あれ? 俺、いつの間にか婚約している?


「私……。生まれてきて良かったです……。今、生きてきた意味を知りました……。とっても……嬉し……」

 

セドナの黄金の瞳に涙がにじみ、やがて溢れた。朝日を浴びたセドナの美貌が神々しく光り輝く。

セドナの瞳から大粒の涙が流れ出す。


「セ、セドナ……」

 

ナギは狼狽し、どうすれば良いのか分からなくなった。泣いている女の子に対してどうすれば良いのだろう?


(爺ちゃん、どうすれば言い?)


『自分で考えろ』

 

祖父の無慈悲な返答がナギの脳に響く。


「……私……、私、良いお嫁さんになります。ナギ様のような偉大な方に相応しい立派なお嫁さんになります。……ナギ様がいつも幸福でいられるように、どんなことでもします……。ナギ様のためならいつでも命を捨てます……。ナギ様が幸福ならば私が不幸になっても良いです」


セドナが泣きながら言うと、


「それは違う」

 

とナギがセドナの両肩を掴んだ。


「ナギ様?」

 

セドナが怯えた表情を浮かべた。


「結婚はお互いが幸福になるためにするものだ。だから、俺のためにセドナが不幸になっても良いというのは間違いだ。

 俺もセドナも二人とも幸福になるためにするべきだ。犠牲のために結婚するんじゃない。お互いを尊敬しあって、幸福になる方法を探し続けていくんだ。それが結婚だ」

 

ナギが静かに、かつ強い意志を込めて言う。

セドナは黄金の瞳を数瞬瞬かせると、


「はい!」

 

と輝くような美しい笑みを浮かべた。

 

ナギは無意識にセドナを抱きしめていた。十歳の少女の細く柔らかい身体がナギに包み込まれる。セドナは子猫のようにナギに全てを預けて抱かれたままになる。

 

朝日が満ちる室内で、二人は抱き合ったまま甘く幸福な時間を過ごした。


「それではナギ様。結婚生活について真剣に考えましょう」


「あ……、うん」

 

俺とセドナはベッドに横並びに座り、結婚生活について話し合うことになっていた。どうしてこういう流れになったのだろう?

 

俺は誘導されてないか? いや、まさか十歳の少女に誘導されるなんてあるわけないよな?


「まず、魔神を討滅しなければなりません」

 

セドナが真剣な語調で言う。


「結婚生活が魔神の討滅?」

 

なんて戦闘的な結婚生活だ。結婚生活ってそういうものなのか?


「はい。魔神がいる限り平和は到来しません。ナギ様のような人間種も、ドワーフ、獣人、龍人族、そして私のようなシルヴァン・エルフも魔神は悉く殲滅するつもりなのですから」


「ああ、確かにな」

 

 俺は頷いた。さすがセドナ、論理が明解で頭が良い。


「ですので魔神を倒さない限り、安心してナギ様とイチャイチャと新婚生活を楽しめません。これは世界が終わるよりも困る問題です」


「世界の終末よりもイチャイチャが上か?」

 

凄い理屈だ。セドナの論理構造が心配だ。


「当然です。ですから、結婚生活を幸福なものにするためには魔神を倒すことが最重要事項。第一目的です。一日も早く魔神を殺しましょう。私とナギ様の幸福な新婚生活のために!」

 

セドナは小さな拳を握りしめた。


「うん。分かった……」

 

俺は首肯した。なんだかセドナの迫力に押されてしまう。しかし、魔神は俺とセドナの結婚生活のために殺されるのか。こんな理由で殺される魔神なんて、かつていただろうか?








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