斬首
相葉ナギ、セドナ、エヴァンゼリン、アンリエッタ、クラウディアは地面に降り立った。
彼らの視線の先にバアルがいた。
10歳ほどの金髪碧眼の少年の姿に戻っている。
金髪碧眼の罪劫王は全身から血を流し、尻もちをついて後ずさる。
ナギが弱体化したバアルに止めを刺すために歩を進める。
「ま、待て!」
バアルが叫んだ。ナギから逃れるべく尻餅をついたまま後ろに下がる。
「何か言い残すことでもあるのか?」
ナギが問う。
「お、お前に真実を教えてやる。だから、俺を見逃せ!」
バアルは口から血を吐き出しながら哀願する。
「真実?」
「そうだ! 相葉ナギ、俺はお前の記憶を読んだ。お前は騙されているぞ!」
「誰にだ?」
「お前をこの異世界に送り込んだ。女神ケレスだ!」
「ケレス様が?」
ナギは〈斬華〉を油断なく構えた。
「そうだ。俺はお前の記憶にある存在全ての心が読める。例えそれが神であろうともな!」
「それは凄いな」
ナギが神剣を構えながら静かに言う。
「聞きたいだろう? 聞かせてやる! お前は女神ケレスに殺されたんだ!」
バアルの声に、セドナが瞠目した。
だが、ナギには冷静な顔のままだった。
「俺がケレス様に殺された?」
ナギが静かに問う。
「そうだ! お前は次元震で死んだと説明されただろうが、それは嘘だ!」
「なら、真相はなんだ?」
ナギには、一切の動揺はなかった。
「女神ケレスはお前を選んで殺害したのさ! 理由は、お前が相葉 円心の孫だからだ!」
「俺がお爺ちゃんの孫だからだと?」
「そうだ! お前の祖父・相葉円心はかつてこの異世界で英雄として活躍したのだ!」
バアルの瞳に奸悪な笑みが閃いた。
「爺ちゃんが英雄か」
「そうだ! だから、お前が選ばれた。英雄の孫である相葉ナギよ。お前はおかしいと思わなかったのか? 『偶然、次元震に巻き込まれた』。そう女神ケレスは言っただろう? そんな偶然があるものかよ!」
(もう少しで俺の魔力は回復する。それまでにコイツの心を壊してやる!)
バアルは心中でほくそ笑んだ。隙を突けば必ず逃げられる。バアルはナギの動揺を誘うために言葉を紡いだ。
「女神ケレスの陰謀でお前は殺され、この狂ったクソッタレの異世界に放り込まれたのさ! 『魔神を倒せる人間は英雄・相葉円心の孫である相葉ナギしかいない』。だから、お前は女神ケレスに選ばれたのだ!」
バアルの傷口が徐々に回復していく。切断された腕が生え、全身の傷がふさがってきた。
「それにもう一つ、ショックなことを教えてやる! 相葉ナギ、セドナ、お前らは大精霊レイヴィアにも騙されているぞ!」
バアルの言葉に、セドナが怯えた色を浮かべた。
「相葉ナギよ。お前はセドナを奴隷商人から買い取ったな!」
「そうだ」
ナギが答える。
「奴隷商人は、レイヴィアの仲間だ! セドナは奴隷商人によって保護されていたのさ!」
「なるほど。潜伏するには最適だな。奴隷商人に買われている状態なら存在を隠匿しやすい。建物の中に匿っているならなおのことだ」
「そうだ! それにセドナ!」
バアルはセドナに視線を向けた。
セドナがビクリと怯えて身体を震わす。
「お前もレイヴィアに騙されているぞ! お前はレイヴィアに記憶を改竄されている!」
「改竄? 記憶の改竄?」
セドナの金瞳に動揺が広がる。
「そうだ! 故郷の村を滅ぼされ、目の前で両親を殺害された。その記憶でお前が苦しみ、精神が壊れるのを危惧したレイヴィアは、お前の記憶を勝手に改竄したのさ!」
バアルが悪意に満ちた声を放つ。
「お前の故郷の村。シルヴァン・エルフの村が襲撃された時の記憶は封印されている! 思い出そうとしても、その記憶は朧気だろう? トラウマとなって、お前の精神が破壊されないように護ったのさ! お前に許可すら取らずにな! 哀れだな! 味方と思っているレイヴィアに勝手に記憶を操作されるとは!」
バアルが、毒のような哄笑をした。
これ程悪意に満ちた笑声をエヴァンゼリンも、アンリエッタも、クラウディアも聞いたことがなかった。
エヴァンゼリン達は武器を構えつつも戸惑い、ナギとセドナに視線を送る。
「相葉ナギ、セドナ! お前は女神ケレスにも、大精霊レイヴィアにも騙された哀れな生け贄だ! セドナ! お前は奴隷商人に買われている時、自分が庇護されていることに気付きもしなかっただろう?」
バアルが瞳に悪意を込めてセドナを見る。
セドナは静かにバアルに問いかけた。
「……レイヴィア様は私を護るために奴隷商人に保護させたのですね?」
「そうだ!」
バアルが、立ち上がる。
「ならば納得しました。レイヴィア様が私に真実を告げなかったのは、私を護るため。ならば、それは当然のことです」
「……は?」
バアルは茫然とした。なぜ、セドナがレイヴィアを擁護するのか分からない。
バアルは人の心は読めても、人の心を全く理解してはいなかった。人間の思考も心情も理解できないために、ひたすら戸惑う。
「私が『自分は奴隷だ』と思い込んでいれば、より安全だったというのは理解できます。全ては私を思ってのこと。レイヴィア様には感謝しています」
「……なんだと?」
バアルは訳が分からず声を低めた。
「今思えば私は奴隷でしたが、待遇が良かったです。食事も美味しいし、部屋は清潔で綺麗だし。毎日お風呂に入れるし。世間知らずなので気付きませんでしたが、奴隷にしては待遇が良すぎました」
セドナの端麗な顔には何の動揺も浮かんではいなかった。
バアルが、恐怖を感じて数歩後ずさる。
「罪劫王バアル。話は終わりか?」
ナギが〈斬華〉を霞構えにした。鋭い殺意がナギの瞳に宿る。
「ま、待て!」
バアルは片手を突き出して制止した。恐怖がバアルの胸中を満たす。
「な、なぜ、平静でいられる! お前は騙されていたんだぞ!」
「そうだな。だが、お前を殺すことには変わりはない」
僅かの迷いもなくナギは宣告した。
「……ま、待て!」
バアルは恐怖に青ざめながら後ずさる。
「動くなよ。楽に殺してやる」
ナギの語調は水のように静謐だった。
「なんでだ?」
バアルは理不尽を咎めるような表情を浮かべた。
「なぜ、お前らは平静でいられるんだ!」
「お前は人の心を読めても、理解できてはいなかったんだな」
ナギは哀れむような瞳をバアルにむけた。人の心を理解していないバアルが、ナギ達を動揺をさせ、精神を乱す話術を駆使できる訳がなかった。
「さらばだ。罪劫王バアル。言い残したことがあるか?」
神剣〈斬華〉が白く、鋭く光った。
「ま、待て! お、俺は! 俺の肉体は、実は人間の死体なんだ! この10歳の子供の肉体は本物の人間の子供のものだ! 俺を殺せば、この子供の肉体が壊れるぞ!」
「そうか。それで?」
ナギは〈斬華〉を握りしめた。
「俺は昔人間の子供を殺した! そしてその子供の肉体を奪ったのだ! 俺が死ねば、この子供の肉体も破壊されるぞ!」
「二つほど、勘違いをしているな、罪劫王バアルよ」
ナギとバアルの距離が3メートルにまで縮んだ。
「一つ目は、俺はお前が本当に人間でも殺す。『生きる価値がない悪党は殺すしかない』。それが俺の信念だ。二つ目は……」
その時、ナギは〈斬華〉を横薙ぎにした。
鋭い斬撃が走り抜け、バアルの首を切り飛ばした。
首から血が噴出し、バアルの首が地面に落ちて転がる。
「二つ目は自分で考えろ」
ナギは〈斬華〉を血振りした。
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