奴隷
俺は古都ベルンの裏道の奥に進んだ。脳にはレイヴィア様の声が響いてくる。
『そこを左じゃ』
俺は頷いて左に曲がった。
目的地の奴隷商店が見えた。
豪奢で上品な清潔な店だった。それがなおのこと怖い。
だが、怖いと同時に俺はワクワクしていた。
俺がこれから、買う奴隷。『セドナ』は美少女に違いない!
これは神話時代からのお約束だ。英雄譚において、男の周りに美女が集まるのは当然のこと。
源氏物語、シェイクスピア作品、ワーグナーのオペラしかり!
近年ではラノベや、アニメ、漫画の定番である。
俺は興奮しながら店に歩み寄りドアを開けた。
男の店員が俺に向かって頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
30歳前後の温厚そうな紳士だった。少なくとも奴隷商人には全く見えない。
物腰がゆったりとしているが、相当に強い男だというのが分かる。
俺は警戒し万が一襲われたら反撃できるように足の位置を変えた。
「本日はどういったご用件で?」
俺は呼気を整えると男の目を見据えた。
「……奴隷を買いに来た。『セドナ』という人だ。代金はここにある」
俺は金貨の入った革袋を見せた。
「……セドナを、購入されたいと仰せですか?」
店員は一瞬、俺を訝しむような目で見た。
「……少々、お待ち下さいませ」
店員は、恭しく頭を垂れて店の奥に消えた。
俺の心に不安の影がよぎった。
何があった? 俺は何かミスをしたか?
あの店員の訝しむような視線……。どうにも気になる。
『レイヴィア様、聞こえますか?』
俺は心で問うた。
『……すまぬ……。ワシは……もう……限界じゃ……あとは……まか……』
レイヴィア様の声が掻き消えた。
なんてこった、一番肝心な時に……。
何せ、ここは異世界だ。
警察や司法制度が日本ほど整っているわけではない。
いきなり袋叩きにされる可能性もある。
いや、最悪の場合は殺されてどこかに埋められるかもしれない。
もしかしたら、『セドナ』というのは、危険人物……。
もしくは、セドナという人間を買うとどこかの犯罪組織に追われるなんていう、サスペンス映画のようなパターンもありえるかも。
俺が緊張しながら待っていると、ふいに奥から一人の男が現れた。
赤紫の髪と瞳をした男で、年齢は40歳前後。奴隷商人と言うよりは、大学教授のような理知的な風貌の紳士だ。
「お待たせして申し訳ございません。私は当商店の支配人を務めております。エドワード・グロスターと申します」
グロスターはそう言って、俺に頭を下げた。
「……どうも、俺はナギと申します」
「ナギ様でございますか。『セドナ』をお買い求めということで……」
「ええ、そうです」
俺が答えると、グロスターは少し俯いた後、俺に視線を戻した。
「本当に『セドナ』でよろしいのですか?」
俺は怯えながらも、
「はい」
と答えた。
「かしこまりました。ではこちらへ……」
グロスターの後に続き、俺は店の三階まで階段で上った。
そして、豪奢な廊下を歩む。
「正直、『セドナ』を買いたいと仰るお客様がいることに当惑しております」
ふいにグロスターが背中越しに語りだし、俺は心に疑問符を浮かべた。
「どうぞ、こちらの部屋でございます」
俺はごくり、と唾を飲み込んだ。
グロスターが扉をゆっくりと空ける。
部屋は暗かった。奥の部屋に鉄格子があるのがうっすらと見える。
グロスターがパチリと指を鳴らすと明かりがついた。
鉄格子の中にいるモノが俺の視界に映る。
俺は絶句した。そこには信じがたい程に醜悪な生物がいた。
身長は10歳前後の子供程度。
猿のような獣で、全身が黄ばんだ醜い皮膚に覆われていた。
顔は豚と猿を掛け合わせたような面貌をしている。
瞳は黄金色で、その瞳が確かな知性を感じさせた。
「これが、『セドナ』でございます」
グロスターの言葉に、俺は息をのんだ。絶世の美少女を期待していたのに……。まさかこんな化け物とは……。
「ナギ様、これは商人としての誇りにおいてご忠告しますが、こちらの『セドナ』は、買うに値しないやも知れません。ご再考なされては如何でしょう?」
グロスターが、やや低い声で俺に言う。
「本当にこれが、『セドナ』なんですか?」
「はい。正体不明の新種の種族でございます。どのような能力、特性、習性があるのか、皆目検討も付きません」
その時、セドナが鉄格子の中で呻いた。苦しそうな顔だった。
そして、黄金の瞳が「助けて」と懇願していた。俺はそれを読み取ってしまった。
俺はグロスターに顔をむけた。
「買います。手続きをお願いします」
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