ムース・チョコレート
ラミアのスイーツ店という店に入ると、満室で20分待たされた。
ようやく椅子に腰を下ろすと、美人のウェイトレスさんがメニューをもってきた。
「どうして、この店にしたの?」
俺が問うと、セドナが黄金の瞳を動かした。
「あの人達の食べているスイーツが美味しそうでしたので……」
よく見ると店内にいる人達はほとんど全員、同じスイーツを食べていた。
確かに旨そうだ。
饅頭みたいな形のスイーツで、ホワイトチョコレートに包まれている。
真っ白な雪玉のような外見だ。
メニューを見ると『白き妖精の香り漂うホワイトなムースな、ホワイトチョコレート&秘密のムース』とかいう、もの凄く頭の悪そうな名前が書いてあった。
この店の店主は頭大丈夫か?
『白い』と『ホワイト』が重複してるし、ムースが2回も書いてあるぞ。幼稚園児の落書きみたいだ。
「まあ、いいや。これ2つ頼みます」
俺が注文すると、美人のウェイトレスさんが、
「承知しました。『白き妖精の香り漂うホワイトなムースな、ホワイトチョコレート&秘密のムース』でございますね?」
店員さんが、舌の噛みそうな長い名前をスラスラと言う。
「……いや、もう普通にホワイトチョコレート&ムースでいいんじゃないですか?」
「『白き妖精の香り漂うホワイトなムースな、ホワイトチョコレート&秘密のムース』でございますね?」
美人ウェイトレスさんが、目を大きく見開いて無表情で言う。
「ハイ、ソレでお願いシマス……」
怖いよ。ウェイトレスさんの目に殺意があったよ。モンスターよりも怖えよ。
怖い美人ウェイトレスさんが去った後、セドナが小さな声で俺に注意した。
「ダメですよ、ナギ様。こういうお店は独特なこだわりがありますから……。うまくやらないと……」
「ああ、なる程。これからは気をつける」
本当に気をつけるよ、刺されるかと思った。
20分後に、ウェイトレスさんが来た。
「『白き妖精の香り漂うホワイトなムースな、ホワイトチョコレート&秘密のムース』でございます」
ウェイトレスさんが、綺麗な滑舌で頭が悪そうな名前を言う。怖い……。
でも、スイーツは美味しそうだ。
饅頭のような形の表面全体にホワイトチョコレートがかけられている。
そのため雪の塊のように純白で美しい。
俺とセドナはナイフとフォークで切り分けた。切り裂くと、中にクリームと赤いムースがあらわれた。
一口食べる。
口内に苺の味が広がる。ムースは苺味だったのか。ムースが冷たく、舌先で蕩ける感覚が堪らない。
対面に座るセドナは、黄金の瞳を輝かせてパクパクと夢中で食べている。
急いで食べても気品がある所は流石だ。だが、ホッペタにムースがついてるぞ。
「セドナ」
俺はセドナのホッペタについた苺ムースを指でとった。
「フヒャっ」
セドナが不可思議な声を出す。
俺が指先についた苺ムースを舐めて食べるとセドナは尖った耳をピンと
張り、顔中を真っ赤にして俯いた。
「ほら、ドンドン食べなさい」
俺は兄らしく威厳を出して言った。
セドナが、「は、はひ……」と変な声を出して俯きながら食べ出す。
うん。今のはお兄ちゃんらしかった。……いや、父親と娘かな?
兄弟も、両親もいなかったから、どうも分からん。
俺はナイフとフォークで、スイーツを切り分けた。
チョコレートの外皮の下にクリームの膜、そして苺ムースがある。口に放り込む度にチョコ、クリーム、ムース、三つの味が混ざり絶妙なハーモニーを奏でる。
配分がいい。これでチョコとクリームが多すぎても、少なすぎてもムースの味を損なう。これを作った人はセンスが良い。
俺はムースを舌で味わった。苺の芳醇な味と甘味が、味覚を刺激する。最高だ。
コップに入った水を飲んで流し込むと喉越しに妖精の香りのような味が広がる。
ああ、そうか。これが妖精の香りか……。
名前に意味があったんだな。
ドンドン食べて、甘味を楽しむ。
数分で食べ終えてしまった。
メニュー画面が開いた。
『《食神の御子》発動。
「白き妖精の香り漂うホワイトなムースな、ホワイトチョコレート&秘密のムース」というアホな名前のお菓子を記憶しました』
初めて気が合ったなメニュー画面。お前もアホだと感じたか。
白き妖精の香り漂う(以下略)を食べ終えると、俺とセドナは店を出た。まだ食い足りない……。
本当に胃袋が大きくなったな。いや、正確には空腹ではないが、まだ食べられるという感じだ。
喰ったわりには腹も出ていない。変な感じ。
「ナギ様、ご馳走様でした」
セドナが律儀に頭をさげた。
「いいんだよ。セドナが稼いだお金でもある。俺達は家族なんだから」
「はい!」
セドナが、夢幻的な美貌に笑みを咲かせた。可愛い……。俺の妹は世界一可愛い。
宿屋に向かって街路を歩くと冷たい風が吹いて、俺とセドナの髪を揺らした。セドナの美しい銀髪が、滝のように流れる。綺麗だ……。
夜の闇の中でもセドナの髪は月光のように輝く。俺は思わず見惚れた。
宿屋の前につくと、バルザック、エリザ、ルイズがいた。
バルザックが山賊の親玉のような顔に笑みを浮かべ、エリザとルイズはヒラヒラと手を振ってきた。
「よお、元気か?」
バルザックが野太い声を出す。
「どうやら、全快したようさね」
エリザが、煙管をふかしながら言う。
「ナギ君、セドナちゃん、こんばんは~」
ルイズが微笑する。
「どうも」
「こんばんは」
俺とナギが挨拶する。
「どうしたんですか? こんな時間に?」
俺が尋ねると、バルザックは凶悪な面相に笑みを浮かべた。笑顔が怖え。とって喰われそうだ。
「遅くなっちまったが、ジャック・オー・ランタン討伐成功の祝勝会だ。野暮用があったせいで遅れてホントすまねェ。さあ、今から店に行くぞ。俺達の奢りだ!」
バルザックが俺の肩に巨木のような腕をまわした。極悪非道な顔が間近に来る。ヤクザに脅迫される人間の気持ちが、今、よく分かった。
「こんな時間にですか?」
セドナが尋ねる。
「おうよ。冒険者や大人の世界では酒盛りは一晩、夜が明けるまでと決まってるのさ。それにチョイト、言っておきたいこともあるしな」
バルザックが得意げに言う。
「あんただけのルールだろうさね。ま、酒は私も嫌いじゃないが」
エリザが煙管の煙を飲む。
「アハハ~、でもセドナちゃんもいるし程々にしないとね~」
ルイズがセドナに背中から抱きつく。おい、ルイズ。抱きつくのは良いが、ドサクサに紛れてセドナの耳を甘噛みするな。
「行きましょう! 酒は好きだ」
俺は力強く答えた。実は俺は結構酒好きだ。酒豪の爺ちゃんに付き合い、子供の頃から晩酌につきあってきた。酒の味もよく分かる。
それにバルザックが小声で言った、「言っておきたいこと」も気になる。その台詞だけが妙に真剣味があった。
どうしても聞いておかないといけない気がした。……何やら、妙な予感がする。
バルザック達に連れてこられた店は、瀟洒で落ち着いた感じのバーだった。もっと荒くれ者どもがたまり場にしているような場所を想像していたので、少し驚いた。
バーのカウンターには、ダンディな50歳ほどのマスターがおり、グラスを磨いている。う~ん、カッコイイ。
20歳くらいの美女がウェイトレスをしていて、バルザックは彼女にワインを頼んだ。そしてセドナに林檎と練乳のジュースを注文する。
バルザックって存外、紳士的なんだよな。所作もよく見ると品がある。冒険者の前は何をしていたんだ?
バルザック達がテーブルに着くと、俺とセドナも椅子に座る。
ウェイトレスがワインとジュース、グラスをおいた。
ワイングラスに酒を満たすと俺達は祝杯をあげた。
「よし、じゃあ、ジャック・オー・ランタン討伐成功に乾杯!」
「乾杯!」
バルザックの音頭と同時に、俺達はワイングラスを掲げる。セドナも林檎ジュースの入ったグラスを掲げた。俺はワインを喉に流し込んだ。ほう、これは中々良い。
酸味のきいた赤ワインだ。良い葡萄が使われている。
渋い苦味だけど、喉越しが良い。
俺はグラスをテーブルにおいて、スワリングした。
こうしてワインを回して、空気を入れて味と香りを変化させる。
そして、飲む。うん、微妙に変化した。味の変化は苦味の減少だ。わずかに甘味が増えている。
いいワインだ。
メニュー画面が開いた。
『おお、本格的……。はじめて貴方に感心しました』
メニュー画面に褒められるとは思わなかった。
今日は良い日だ。
すぐにグラスが、空になった。
空になった俺のグラスにバルザックがワインを注ぐ。
俺もバルザックのグラスにワインを注いだ。
エリザは気持ちよそうに煙管をふかしながらワインを飲み、ルイズは、酔って顔を赤くしながらセドナの胸を触ってセクハラしだす。
いや、ルイズ。お前、何やってんの?
セドナが犯されないか、心配になってきた。
1時間後、ワインを三本空けた。バルザックが、俺を誘ってカウンターに移動する。
「なあ、ナギよ。話がある。聞いてくれ」
バルザックが真剣な顔をする。真剣な顔でも、ヤクザな顔のままで怖い。
「何ですか?」
俺が若干、怯えながら問う。
「実はな、かなりヤバイ話だ。勇者エヴァンゼリンが、この街にきたのは知っているか?」
「ええ、凱旋パレードみたいなのを見ましたよ。凄い人気」
「多分、勇者エヴァンゼリンはダンジョンを攻略するために、この街によったんだ」
「ダンジョン?」
「ああ、そうだ」
バルザックがワイングラスを傾ける。
「話はそのダンジョンだ。そのダンジョンはな、十二罪劫王の1人、ダンタリオンがダンジョン・マスターとして君臨しているらしい」
「十二罪劫王?」
俺の胸中に冷たい風が吹いた。
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。




