モナリザ
満足して食事を終えた後、俺とセドナは冒険者ギルドを出て古都ベルンの街を散策していた。
今日の目的、古都ベルンの探検だ。自分の住んでいる街くらいは把握しとかないとね。
古都ベルンは、かなり大きな城塞都市だ。セドナに聞いた所ヘルベティア王国で3番目に大きい大都市だそうだ。
古都ベルンを歩きながら必要品を買うついでに店の店員さんに話を聞いて情報を収集する。古都ベルンの人口は12万人。高さ20メートルをこえる城壁によって防御されている。
交通の要衝であるため商業が発達している。
こういう大都市でスタートできたのは運が良かった。
もし、小さな寒村だったりしたら生きていくのも大変だっただろう。
俺は鼻歌を歌いながら街路を歩いた。アイテムボックスに多額の報奨金があり、料理の腕がプロ級。そして《食神の御子》という恩寵スキルもある。
一定の収入を確保できそうだという安心感で思わずスキップしたくなる。やっぱりお金があると安心だ。
「ナギ様、嬉しそうですね」
セドナが、クスリと微笑む。
「うん。さて……どこかに、喫茶店はないかな?」
「喫茶店をお探しですか?」
「うん。美味しいコーヒーを飲みたいんだ。なにせ冒険者ギルドのレストランのコーヒーはマズイからね~。無性に美味しい本格的なコーヒーが飲みたくなった」
「ナギ様は、さすがに風雅ですね。分かりました。このセドナめが命を賭しても美味しいコーヒーを手に入れます。そしてナギ様に献上いたします」
「いや、命をかけなくていいからね……」
どうも、セドナは真面目すぎて暴走するきらいがあるかもしれない。注意しておこう。
しかし、街が本当に賑やかというか活気づいている。
何やら街全体が沸き立っているようなソワソワとしているような……。この感覚はどこかで……。あっ、思い出した。祭りの準備だ!
「なあ、セドナ。もしかして、古都ベルンで祭りの準備をしているのかな?」
「はい。その通りです。三日後から古都ベルンで大祭が催されます。女神アリアドネ様をまつる一年に一度のお祭りです」
「祭りか~。いいなァ」
俺も爺ちゃんも祭りが大好きで、よく一緒に祭りに行った。
「あ、あの……ナギ様……」
セドナが、俺の服のそでを摘まんだ。
「どうした?」
「あの……よろしければ、私と一緒に祭りに行って頂けませんか?」
セドナが頬を染めながら言う。
「勿論だよ。一緒に祭りを楽しもう」
俺が言うとセドナが頬から湯気がでそうなほど真っ赤になり、激しく頷いた。
しばらく俺とセドナは舗装された街路をのんびり歩いた。
やがてセドナが俺の手を握ってきた。俺は微笑して優しく握り返す。
これが兄と妹ってやつか……。
俺は嬉しくてニヤついた。
正直言うと、兄弟、姉妹というのにすっごい憧れていたのだ。
俺は両親を赤ん坊の時になくして、爺ちゃんしか家族はいない。
兄、姉、弟、妹がいる奴らが羨ましかった。
これで俺もお兄ちゃんかぁ……。
少しばかり胸をそらして歩く。兄として妹には威厳を見せないといけない。
ちなみにセドナにも、他人に俺達の関係を説明する時は、
「兄と妹です」
と答えるように言ってある。血縁関係でない義兄弟や養子が多くいる世界なので、それで通用するそうだ。
人間とシルヴァン・エルフで種族すらも違うが異種族での婚姻もある世界なので奇異なこととは思われない。
まさか主人と奴隷です。なんて答えるわけにはいかないからな。
次の刹那、俺の鼻孔にコーヒーの匂いが届いた。
(これは……)
《食神の御子》で鋭敏になった俺の鼻が、コーヒーの旨さを解析する。
これは美味しいコーヒーだ、と確信した。
匂いの元をたどると30メートルほど先に喫茶店が見えた。
俺はセドナとともに喫茶店に入る。瀟洒で上品な喫茶店だった。
テーブル席が5つほど。壁も天井も白い。
カウンターには18歳くらいの綺麗なお姉さんがいた。
「いらっしゃいませ」
俺とセドナは椅子に座ると、コーヒーを注文した。
「セドナはコーヒーをブラックで飲めるの?」
俺が尋ねるとセドナは小さな胸を張った。
「勿論です! 私は大人ですから!」
ふんす、と鼻息を出した。ブラックが飲めると大人なのか? という疑問は口に出さないでおく。
コーヒーが出来るまでの間、店内を眺めてる。壁にある絵画を何気なく見ると俺は驚愕した。
「……なんで、あの絵がここに……」
俺が呻くようにいうとセドナも肩越しに振り返って絵画を見る。
壁にかけられた絵画。それはダヴィンチのモナリザだった。
なぜ、モナリザが異世界にある?
「ああ、レオナルド・ダ・ビンチのモナリザですね。ナギ様はモナリザがお好きですか?」
セドナが何気なく言った。
「レオナルド・ダ・ビンチを知っているのか?」
「はい。勿論です。レオナルド・ダ・ビンチといえば、高名な芸術家にして『来訪者』ですから」
セドナによればレオナルド・ダ・ビンチは俺と同じ来訪者として有名らしい。レオナルド・ダ・ビンチは突如異世界から現れ、数多の芸術品と業績を残した偉人として大陸で知らぬ者はいない存在だそうだ。
「ああ、そうか……。そういうことか……」
俺は得心した。何やらこの世界は文明のレベルに見合わない進んだ技術が存在すると思ったら何のことはない。俺と同じように地球から来た人間が技術を持ち込んだんだ。
何やらこの異世界を居心地良く懐かしく感じるのも理解できた。
俺の先人の地球人がこの異世界に地球の技術、文化、風習などを持ち込んだんだ。
俺は椅子に深く体をもたせた。ということはこの先、地球の文化や芸術に触れ合うこともあるだろう。
そして、地球人と出会えるかも知れない。
面白いな。これも『縁』って奴か。
そこまで考えたときコーヒーが来た。
綺麗なお姉さんが丁寧にテーブルの上にコーヒーを置く。白磁器の綺麗なカップにコーヒーが満たされている。
俺がカップを取るとセドナもカップをつかんだ。
俺はコーヒーの匂いをかいだ。
うん、芳醇だ。香りだけで心地よい。
香りをひとしきり楽しむ。セドナも俺をまねて香りを楽しんでる。
俺は一口、コーヒーを飲んだ。これは旨い!
冒険者ギルドの粗悪なコーヒーとは段違いだ。
なめらかな舌触り、苦味と酸味のバランスが完璧に調和している。
コクもある。舌と喉に溶けるような感覚が広がる。
コーヒーの液体の奥にある、僅かな甘さも最高だ。
カフェインが脳に届いて俺の脳が、覚醒する。
文句なしの美味しいコーヒーだ。ブルーマウンテンに似ているが……、
少し違う……。
『《食神の御子》発動。このコーヒーを記憶しました』
メニュー画面が開いた。
このコーヒーをメニュー画面も認めたらしい。
俺がコーヒーを楽しんでいると対面に座るセドナがコーヒーを苦そうに飲んでいた。美しい眉を寄せて必死でブラックのコーヒーを飲む。
俺は苦笑してテーブルの上にある砂糖壺から角砂糖をつまんだ。
そして、砂糖をセドナのコーヒーに入れる。
「あっ」
セドナが小さな声を出す。俺は角砂糖を3個入れた。
「子供は、甘くして飲みなさい」
俺がお兄さんぶって言うとセドナは膨れたような嬉しいような複雑な表情をした。
だが、一口飲むとセドナの美貌に幸福な微笑が浮かんだ。
うん。コーヒーは美味しく飲むのが一番だ。




