意見
20日後。
不気味な程に進軍は順調だった。
相変わらず偵察部隊は一切疎外されず、敵地の情報が的確に送られてくる。
本軍である10万の人類連合軍に対する奇襲もない。後方の補給線や連絡線を攻撃される事すらなかった。
俺とパーティーメンバーは、いつも通り連合軍のほぼ先頭で軍馬を進めていた。
「不気味じゃのう」
大精霊レイヴィア様が、瞳に警戒心を宿していた。
「そうですね。こうまで平穏に進軍できる状態が続くとかえって疑心暗鬼になりそうです」
俺は地平線の先を見ながら言った。
「普通は、後方の補給部隊を襲撃したり、後方の補給線と連絡線を寸断したりするのですが……」
こちらは大軍であるが故に、その戦術をされると非常に困る。だから、ずっと後方への攻撃を警戒していた。
俺が敵軍の総司令官なら、絶対にやる。
だが、この後に及んでもまだ敵軍には何の動きもない。
「どういう事なのかな? あと三日で罪劫王の城塞に到達してしまうよ?」
勇者エヴァンゼリンが小首を傾げる。歴戦の戦士である彼女からしてみると不可解でしょうがないようだ。
「レイヴィア様、アンリエッタ。敵軍による魔法を使用した罠はありませんか? 魔法を使った高度に隠蔽された罠とか……」
こちらからは見えない大規模な魔法の罠などがあれば、こちらは大損害を受ける。
「ないのう」
「……何もない。常に感知魔法で警戒している。けれど大規模な魔法の術式は感知されない」
レイヴィア様も、アンリエッタも断言した。
魔法においては異世界屈指の魔導師二人のお墨付きだ。おそらく魔法の罠はないだろう。
俺たちだけでなく、10万の将兵達も気が緩む所か、かなり疑心暗鬼になり警戒心を強めて緊張している。
見えない影に怯えるような進軍を、連合軍は続けた。
敵軍に大きな動きが見えたのは翌日だった。
偵察部隊が、急報を告げてきた。
「魔神軍に動きあり!」
「10万を超える敵軍が城塞から出て、布陣を開始しました!」
偵察部隊からの報告を受けて、緊張と同時に安堵の空気が漂った。
敵軍に明確な動きがあれば、こちらは具体的な戦略と戦術をたてられる。
「逐次、情報を送り続けろ」
カイン陛下は偵察部隊に命じた。すぐに魔法を使って偵察部隊にカイン陛下の指示が送られていく。
「ようやく敵が動きはじめたようです」
カイン陛下が、安堵したような顔で言う。
「城塞の前の平地で決戦をするつもりですね」
俺も心が晴れたような気持ちになる。
大軍同士が予定の戦場において、双方の最大規模の兵力を整えて激突するのが決戦だ。
「敵の狙いが明確になったようやね」
パンドラ王女が微笑する。
俺たちは頷き、進軍を続けた。
◆◆◆
だが、魔神軍は決戦のために布陣をしたにも関わらず、なんの妨害工作もしてこなかった。
相変わらず、人類連合軍の偵察部隊は一切妨害を受けずに正確無比な情報を収集して定期的に総司令部に送ってくる。
「何を考えているのか……」
俺は馬上で肩をすくめた。決戦をすると決めたなら、まず偵察部隊の排除が第一優先事項だろう。軍事学の常識だ。
「また不気味な状態に戻ったね」
勇者エヴァンゼリンが苦笑する。
「こちらを不安にさせる為にあえてこういう作戦をしている可能性はないでしょうか?」
メディアが俺に問う。
「それはないと思う。こちらを不安にさせたり、精神的に動揺させたいなら、夜間に小部隊で奇襲攻撃をしたり、後方に一軍を回して嫌がらせをした方が効率的だ」
俺は即答した。魔神軍が俺の言った作戦を実行したら、こちらの不安と恐怖心は倍増する。
また、精神だけでなく、将兵に人的被害も出る。
今のままの状態は、精神面においても有利な位だ。
「今回の罪劫王の目論見は、皆目見当がつかん。支離滅裂かと思えば敵軍の布陣は重厚で整然としているしな」
槍聖クラウディアが、馬上で言う。
クラウディアの言うとおりだ。軍事学の常識を無視したかと思えば、変な所で定石通りに常識的な戦術を実行する。
こちらの進軍を阻むように城塞を建造したのも、戦争の常道として正しい。
なんだかチグハグだ。理性と狂気が混同しているような感覚がする。「あの……、もしかして今回の罪劫王は……」
セドナが、何かを発現しかけて口をつぐんだ。
カイン陛下とパンドラ王女が思いの外、セドナの発言に注目していたので憚られたのだろう。
皇帝と王女様に視線を注がれたら、そうなるよな。
「どうぞ、お考えをお聞かせ下さい、セドナ嬢」
「ウチからもよろしゅうたのみますわ。どんな意見でも良いから教えて欲しいんよ」
カイン陛下とパンドラ王女が、優しい声音で言う。
セドナは恐縮して一礼すると、口を開いた。
「あくまで……、これは私の直感のようなものですが……」
とセドナは一度言葉を切った。そして、一拍おくと語を継いだ。
「敵軍の総司令官である罪劫王が、狂人だという可能性はありませんか?」
「狂人……」
俺が呟き、総司令部の面々が、顔に複雑な表情を浮かべた。
「それは考えていませんでしたね。なる程、狂人ですか……」
カイン陛下が、指で顎をつまみ、深く考えはじめた。
「そう考えると辻妻があうな……」
俺は何度か小さく頷いた。
ついつい人間としての軍事の常識で敵を推し量っていた。
それと先の罪劫王ディアナ=モルスが、軍略家としては有能だったので今回も軍才のある敵だという先入観があった。
「罪劫王ディアナ=モルスは、忌々しいほど狡猾だったからな……」
俺は独語した。
王宮に襲撃を仕掛けて、人類側の最高君主である五王に暗殺を仕掛ける。
黒曜宮を建造して、こちらの進軍を疎外する。 俺とパーティーメンバーを黒曜宮に入れて戦力を分断。
くわえて地球の英雄、偉人、悪党どもを手駒にして俺たちと闘わせた。 どれも、嫌になる程悪辣で上手い戦略だ。
「そう考えると腑に落ちるな」
「うん! 一番、分かり易いよ!」
「……同意」
槍聖クラウディア、勇者エヴァンゼリン、大魔導師アンリエッタが、迷いが晴れたような顔をする。
人間は理解できず、分からない事を恐れる。
憂慮している事態を言語化すると安心する生き物なのだ。まあ、爺ちゃんの受け売りだけど。
「さすがは我が『愛し子』セドナじゃ、鋭い直感じゃのう」
レイヴィア様が手放しで褒める。相変わらずセドナに甘いなぁ。
「そ、その……、直感ですので正解かどうかは分かりません。申し訳ありません」
思った以上に好反応だったのか、逆にセドナがあせってし
まっている。
「いや、良い意見だったよ。お陰で迷いが少しは晴れた。今後も遠慮無く意見を言ってくれ」
俺の言葉はお世辞じゃない。事実、何か今回の罪劫王の姿のようなもものが朧気ながら見えたような気がする。
「元々、進軍中は誰でも疑心暗鬼になり警戒心も強くなる。戦争は不確定要素ばかりだからね。こうやって自由闊達に意見を出し合う事が重要なんだ」
「分かりました」
セドナが、微笑して頷く。
セドナの意見のお陰で、司令部の空気が少し明るくなった。
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