献策
【視点……相葉ナギ】
【場所……人類連合軍の本部の天幕の中】
◆◆◆◆◆◆◆
人類連合軍10万は、北上を続けていた。魔神軍からの妨害は一切なかった。
驚くべき事に、この後に及んでも偵察部隊さえも妨害されなかった。 その為、偵察部隊からの情報が次々に本軍に届いてくる。
野営地の天幕の中で、俺は仲間達と敵の情報を見ていた。
大きな円卓の中央部に敵の城塞の映像が浮かんでいる。
自軍の偵察部隊が魔法で撮影した映像だ。かなり近くまで肉薄して映像を撮っており、鮮明な映像が取れていた。
「これが罪劫王の居城か……」
俺が呟くと、セドナが、
「宮殿みたいですね」
と言った。
地平線まで続く荒野があり、その中に宮殿が佇んでいた。
巨大な宮殿だった。
あまりに巨大すぎて、面積が把握できない。一体、東京ドーム何個分あるんだろう? 100個分くらいかな?
「随分広い宮殿じゃのう」
大精霊レイヴィア様が、長い足を組みながら言った。
「しかも、外見が歪で見ていると不快になってくるわい」
レイヴィア様の言葉に全員が賛同した。
「確かに不快ですね。色々な建築様式が混ぜ合わさって、統一性がない」
「いろんな宮殿をデタラメに合体させて繋ぎ合わせたみたいな造りだね」
槍聖クラウディアと勇者エヴァンゼリンが言う。
二人の言うとおり、この宮殿は異常だった。
普通宮殿は、外見を統一化する。例えば、バッキンガム宮殿とか、ヴェルサイユ宮殿だとか有名な宮殿は、全て統一化された様式美になっている。
だから、バッキンガム宮殿やヴェルサイユ宮殿は、美しい外見を誇っている。
だが、この宮殿は建築様式の統一が一切ない。
地球の建築で例えるなら、ギリシャ建築、ローマ建築、ロマネスク建築、ゴシック建築など色々な建築様式があるが、それらがグチャグチャに混ざり合っている感じなのだ。
色合いも同様に無茶苦茶で、一部分だけなら美しい箇所もあるのに、全体を見ると不快になる程に醜悪に見える。
「……奇妙なのは他にもある」
大魔導師アンリエッタが、赤瞳を映像に向けながら指摘する。
「……堀もないし、城壁もない」
大魔導師アンリエッタが、宮殿の映像にむけて指を差す。
「確かに奇妙ですね」
メディアが、小首を傾げる。
「少なくとも、この映像で見る限りは防御機能がないな」
俺は指で顎を摘まんだ。
「ほんまに不可解やね」
パンドラ王女も、不思議そうな顔をする。
荒野のど真ん中に立てられており、川もない。こんな場所に城塞を建てるなら、城壁と堀を造るのが普通だ。
城壁の中に宮殿を建てるならまだ分かるが、あるのは剥き出しの宮殿だけだ。
防御機能が皆無だ。まるで京都みたいだ。
「見えない防御機能……、例えば魔法による防御施設などがあるとかかな?」
勇者エヴァンゼリンが、俺に灰色の瞳をむける。
「それは有り得るかもな」
俺は頷き、カイン陛下に視線を投じた。
「カイン陛下のお考えは?」
俺の問いにカイン陛下は難しそうな顔をした。
「……判断に迷う所ですね……」
カイン陛下は端正な顔に憂慮の色を浮かべた。やがて、数秒沈思した後、俺に尋ねてきた。
「ナギ殿はどう思われますか? どのように作戦を進めるべきだとお考えでしょうか?」
「敵の思惑や情報が完全に読める状態で戦争できた例など古来よりありません。情報不足なのが当たり前です。罠があればそれを打ち破る気概で、即座に進撃するのが良策だと思います」
俺の意見は殆ど爺ちゃんの受け売りだが、それ故に自信を持てた。
爺ちゃんからは幼稚園児の頃から歴史の話を教えて貰った。
爺ちゃんとの会話が脳裏に蘇る。
確か、あれは俺が10歳くらいの頃、自宅の広間で大河ドラマを爺ちゃんと観ていた時に交わした会話だ。
確か大河ドラマの内容は、関ヶ原の合戦の前に石田三成が悩んでいるシーンだった。石田三成や西軍の武将達が、敵軍の情報が分からず、ずっと悩んでいるのだ。
子供心に、石田三成や西軍の武将達が、「悩み過ぎてオロオロし過ぎているなぁ」と思っていた。
「良いか、ナギ。古来より戦争になった場合、敵の情報が全て分かるなどという事は有り得ない」
と爺ちゃんは言った。
「そうなの? じゃあ、どの位なら分かるものなの?」
10歳児の俺が質問した。
「大体、1割位しか情報がないのが古今東西の戦争の基本じゃ。関ヶ原でも、ワーテルローの戦いでもな」
「1割……、そんな程度なんだ……」
俺は驚いた。
「そんな程度じゃよ。だから、戦争が始まったら情報不足は当たり前だと覚悟して、即座に攻撃した方が勝利する確率は高い。
関ヶ原において徳川家康は、本拠地の江戸に籠もらず、すぐに西軍に向かって進撃したから勝てた。江戸に籠もって長期戦をしていたら敗北していたかもしれん。
ナポレオンも、もしワーテルローの戦いで、夜明けと同時に即座に攻撃を開始していたら勝てたという歴史学者が多い。ナポレオンがモタモタと戦闘開始を遅らせたせいで敵の援軍が来て、ナポレオンは敗北したんじゃ」
爺ちゃんが、威厳ある声で言った。
「爺ちゃん、『ワーテルローの戦い』って何?」
「……すまん。まだ教えていなかったな……」
爺ちゃんが困った顔をした。
過去の回想から戻った俺は、クスリを笑みを浮かべた。
爺ちゃんはもの凄く優秀で困った顔なんてあんまりした事がないから、ついつい珍しくて思い出し笑いをしてしまった。
(懐かしいな……)
そして、俺は頭を切り替えて軍略を練った。
爺ちゃんの教えを下に現在の戦況を客観的に分析し、最善策を脳内で検討する。そして、自分の意志で「やはり、これが最適だ」と決断した。
「ここで進軍を遅延させて、魔神軍の援軍でも来たら厄介です。このまま進撃して敵の城塞を陥落させ、罪劫王を討ち取りましょう」
俺が力強く断言すると、全員が頷いた。
「確かにナギ殿の仰せの通りですね。魔神軍の援軍が来たら恐ろしい事になります」
カイン陛下が、感心した顔で俺に賛同する。
「そうか、援軍の可能性があったのう。うっかり忘れておった。さすがじゃのう、ナギ」
大精霊レイヴィア様が褒めてくれる。
「ナギ様がそう仰せなら絶対に正しいですね」
セドナが相変わらず過剰な尊敬を俺に向けてくる。『絶対に正しい』は、言い過ぎだと思うよ?
「うん。ナギの言うとおりに進撃した方が良いね」
「確かに敵軍に時間を与える利点など何もないな、さすがナギだ」
勇者エヴァンゼリンと槍聖クラウディアが言う。
なんだか、俺の決定で進軍が決定されたような雰囲気になってきた。
「……ナギの意見に賛成。魔法の防御施設があっても私とレイヴィア様がいれば、どうとでもなる。ナギが正しい」
大魔導師アンリエッタも、賛同した。
「ナギ様はほんまに優秀やな。頼もしい限りやわ」
パンドラ王女が褒めてくれる。
うっ。段々心苦しくなってきた。爺ちゃんの受け売りで俺の独自の考えじゃないのに……。
「決まりですね。ナギ殿のご献策を受け入れ、予定通り進軍します!」
カイン陛下が、俺の意見で進軍すると決定した。
10万の軍隊の作戦が俺の意見で動き出す事になった。
俺はふと吐息をついた。
ついこの間まで、ヒキコモリの高校生だったのに、いつの間にか皇帝陛下と人類の運命に影響を与えるまでになっている。
『人の運命などまるで分からないものじゃぞ。時には信じられない事が起こるのが人生というものじゃ』
爺ちゃんの声が、俺の脳裏に響いた。
本当に人の運命などまるで分からないもんだね、爺ちゃん。
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