罪劫王バラキエル
皆様、お久しぶりです。新章・『罪劫王バラキエル』編がスタートします。
今後は、物語のラストに向けて伏線の回収などが少しずつ出て来ます。
最終話までの構想は完全に出来ていますので、最後までお付き合い頂ければ幸甚に存じます。
どうか、今後とも拙作『異世界幻想記』をよろしくお願い申し上げます。
【場所……罪劫王バラキエルの居城。憂悶宮殿】
魔神領の南端にある罪劫王の居城・憂悶宮殿。
規格外に巨大なその憂悶宮殿の『玉座の間』に一体の罪劫王がいた。
罪劫王の名はバラキエル。
彼は外見は人間と全く変わらない姿をしていた。
少し長めの金髪に赤い瞳。
均整の取れた長身で、年齢は20歳ほどに見える。
純白を基調として黄金色で装飾された服を身につけており、貴族的な美貌の所有者だった。
罪劫王バラキエルは今、玉座の間で一人ピアノを演奏していた。確かな技巧を持つ旋律が奏でられ、広い室内に響き渡っている。
バラキエルは目を閉じ、恍惚とした表情でピアノを弾き続けていた。
やがて、一人の怪物が玉座の間に入ってきた。
蜥蜴の頭と人間の肉体をした怪物で、黒い鎧とマントを身につけていた。
彼の名はネビロス。公爵位を持つ悪魔であり、バラキエルの側近であった。
彼は出来るだけ静かに玉座の間を歩き、上官であるバラキエルに近づいた。
罪劫王バラキエルがピアノやヴァイオリンを演奏している時、大きな足音を立てるのは禁忌だった。バラキエルの演奏を邪魔したという理由で、処刑された悪魔や魔物は数え切れない程いる。
(公爵である自分とて例外ではない)
ネビロス公爵はそう確信しており、冷や汗を流しながら静かに歩く。
ネビロス公爵は、バラキエルいる階の前から、かなり離れた位置で立ち止まった。
そして、出来る限り音を立てぬように努力して、片膝をついて拝跪する。
本来ならば罪劫王バラキエルが演奏中の時は、御前に出たくはなかった。
だが、罪劫王バラキエルは時折、10日間も一切休憩せずに演奏をする事さえある。
火急の報告がある為、罪劫王バラキエルの演奏中に謁見せざるを得なかった。
罪劫王バラキエルはネビロス公爵を無視し、恍惚とした顔で演奏を続けた。
ネビロス公爵は罪劫王バラキエルの奏でるピアノの旋律を聴きながら、
(なぜ、バラキエル陛下は、人間どもの芸術などに興味を持たれるのだろうか?)
と訝しんだ。
罪劫王バラキエルは人間の芸術に耽溺し、自ら「芸術家」を自認するという非常に奇妙な趣味を持っていた。
魔神軍の中では異端といっても良い。人間や亜人という存在を劣等種として見下す彼らの中で、人間や亜人の生みだした『芸術』にここまで耽溺するのは罪劫王バラキエル位のものだ。
罪劫王バラキエルは、あらゆる芸術に精通し、数多の音楽、絵画、彫刻、詩文を自ら創作してきた。
ネビロス公爵のようなごく平均的な悪魔や魔物に取っては無意味な時間の浪費にしか見えない行為である。
この玉座の間には、罪劫王バラキエルの作った数多の絵画や彫刻が飾られていた。
2時間後、ピアノの演奏が終わり罪劫王バラキエルが声をかけた。
「ネビロス公爵、何かあったのかな?」
罪劫王バラキエルはネビロス公爵に顔をむけず、羽根ペンで楽譜に書き込みをしながら言った。
「はっ。ご報告申し上げます。現在、人類連合軍と称する人間どもの軍勢が、この憂悶宮殿に向かって進軍しております」
ネビロス公爵が、武張った声音で言う。
「ほう」
罪劫王バラキエルは、なおもネビロス公爵の顔を見ず楽譜に書き込みを続けながら答えた。
「我らの恐ろしさを弁えぬ不届き者どもに鉄槌を下さねばなりません。下等な人間どもの軍勢を殲滅する許可を頂戴しに参りました」
ネビロス公爵が、進言する。
「何か良い戦略でもあるのか?」
罪劫王バラキエルは優美な声音で問う。
「私に一案がございます。人類連合軍がこの憂悶宮殿に到達する前に奇襲をして包囲殲滅すべきです」
「奇襲ねぇ、はたして奇襲など出来るかな?」
罪劫王バラキエルが、どこか上の空で問う。
「十分に可能です。私に指揮を任せて頂ければ人類連合軍10万を鏖殺してご覧にいれます」
ネビロス公爵は一度言葉を切ると、蜥蜴のような顔をあげて語を継いだ。
「その為にも人類連合軍の偵察部隊を、真っ先に討伐する必要があります。偵察部隊を駆除すれば人類連合軍は我らの軍勢の動向を掴みにくくなります。敵の情報を遮断し、しかる後に敵軍の後方に位置する補給部隊を叩きます」
「ほう、良いね。軍事学の定石だな」
罪劫王バラキエルはなおも楽譜に羽根ペンを走らせていた。
だが、ネビロス公爵は思った以上に上官である罪劫王バラキエルが自分の進言に興味を示したのを見て、
(これなら、私の進言を受け入れて頂けるかもしれん)
と期待を持った。
「恐悦に存じます。敵の軍勢は10万。対して憂悶宮殿に駐屯するバラキエル陛下の麾下の軍勢は13万。数的優勢を持つ我らが敵軍の補給部隊を叩けば……」
ふと罪劫王バラキエルは片手をあげてネビロス公爵の会話を止めた。
ネビロス公爵は蜥蜴のような頭部を下げて口を閉ざす。
「つまり、人類連合軍の偵察部隊を殲滅。その後、補給部隊を叩き、混乱させて指揮系統を乱す。頃合いを見て四方から一斉に攻撃して包囲殲滅戦を敢行する。ネビロス卿の戦略はこんな所か?」
人間の青年の姿をした罪劫王が、美しい声音で問う。
「仰せの通りでございます。包囲殲滅戦を決行する際、陛下におかれましては、どうかその偉大なる権能で相葉ナギ一行を討ち果たして頂きたく存じます」
ネビロス公爵は、一層深く頭を垂れた。
(バラキエル陛下は、軍略をよく理解しておいでだ)
ネビロス公爵は自身の進言が採用される確信を得て、笑みを漏らした。 だが、次の瞬間、ネビロス公爵の笑みは凍り付いた。
「その案は却下だ」
罪劫王バラキエルは、端正な顔をネビロス公爵に向けた。
「はっ?」
ネビロス公爵はあまりの事に、蜥蜴のような頭を上げて罪劫王バラキエルを直視した。
「聞こえなかったのか? 却下だと言ったのだ」
金髪赤瞳の罪劫王が、優美な声で告げた。
ネビロス公爵は数瞬茫然とし、やがて上官に尋ねた。
「では、一体どのような作戦を、陛下はお考えなのでしょうか?」
ネビロス公爵が問う。
「もちろん考えている」
罪劫王バラキエルは赤瞳に奇怪な光りを宿して、自身の作戦をネビロス公爵に告げた。
ネビロス公爵は驚愕して全身を震わせた。
罪劫王バラキエルの作戦はネビロス公爵が想像もしなかったものだった。
「しかし、それでは……」
ネビロス公爵が、震える声で言うと、罪劫王バラキエルは端麗な顔に不遜な笑みを浮かべた。
「卿は相葉ナギ一行と私が闘った場合、どちらが勝つと考えている?」
ネビロス公爵は絶句して、自身の上官を見た。
やがて、ネビロス公爵は低頭して答えた。
「罪劫王バラキエル陛下の勝利は確実かと存じます」
これはネビロス公爵の本心だった。罪劫王バラキエルの恐るべき権能があれば、相葉ナギ一行は確実に鏖殺されるだろう。
「ならば憂うべき事はなにもない。ネビロス公、もう下がるが良い」
罪劫王バラキエルの命令に、ネビロス公爵は頭を垂れた。そして、玉座の間から退出する。
だが、ふとネビロス公爵は思う。
(相葉ナギ一行は倒せるだろう。だが、我が軍の被害は……)
ネビロス公爵の身体が震えた。
やがて、閉めた扉の奥から、罪劫王バラキエルが奏でるピアノの旋律が聞こえてきた。
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