命に代えても
ワインを飲み終えると、すぐに軍議が開始された。
侍女達が、優美な動作で紅茶とお菓子を配膳してくれる。
「現在、この地には連合軍5万が集結しております。あと五日で、残り5万が到着する予定です。10万の軍勢が集結し、編成が完了し、兵站が整い次第、北の大地にむけて進軍を開始したいと考えております」
カイン陛下が、言葉を句切り、俺に視線を投じてきた。
「ナギ殿は、どう思われますか?」
「俺もカイン陛下の戦略に賛成です。黒曜宮を除去した以上、進軍は容易となりました。軍勢を北上させるべきです」
現在の戦況を俯瞰的に観た場合、攻勢に転じた方が良い。
「ナギ殿に賛同して頂けるならば、私も安心です」
「そうやね。自信が持てるわ」
カイン陛下とパンドラ王女が、嬉しそうに微笑する。
ずいぶん、俺の事を評価してくれているんだな。
期待に応えられるように努力しないと。
「少し、質問があるんじゃがの。もしかして、そなたら二人も、進撃軍の中に加わるつもりなのか?」
大精霊レイヴィア様が、カイン陛下とパンドラ王女に問う。
皇帝と王女にたいして、敬語をまったく使おうとしない。
そして、ここにいる全員が、それを当然のように受け止めていた。
やっぱり、レイヴィア様って偉いんだなぁ。
「ええ、私とパンドラ殿下も、最前線で闘う覚悟です」
カイン陛下が、落ち着いた声音で言う。
「そうでもしないと士気が上がらへんしなぁ。それに、後方に控えていても、魔神はどうせ人類を皆殺しにするつもりや。どうせ死ぬなら、ウチは闘って死にたい」
パンドラ王女が、強い決意を碧眼に讃えた。
「しかし、パンドラ殿下は、おそれながらまだ10歳であられます。さすがに最前線は……」
クラウディアが、珍しく動揺した声を出す。
パンドラ王女の臣下だから、当然の反応とも言える。
自分の主筋、しかも、10歳の王女様が、最前線で闘うとなれば心配するのは当然だろう。
「クラウディア、貴女の忠誠心にはいつも感謝しとるよ。でも、繰り返しになるけど、ウチは後方に引き籠もって、死を待つような趣味はないんよ。王家の女として、民の為に死ねるなら本望や。それに、ウチは強いで?」
パンドラ王女が、片目を閉じて、ウィンクする。
「もちろん、パンドラ殿下の力を疑うわけではありませんが……」
クラウディアが、複雑な顔で、押し黙る。
「ナギ様は、どう思う?」
ふいにパンドラ王女が、俺に顔をむけた。
「『お姫様は、後方で引っ込んでろ』とか、思ってはる?」
パンドラ王女が、悪戯を楽しむような表情を浮かべる。
「俺の本音を言っても良いのですか?」
俺が問う。
「もちろんや。ナギ様は人類の救世主やからな。皇族だろうと王族だろうと、直言する権利がある」
「なら、本音を言います。パンドラ殿下は、最前線で闘うべきです」
俺が断言すると、クラウディアが、驚いたように俺を見る。
カイン陛下、そして、エヴァンゼリンも、やや意外そうな顔をした。
レイヴィア様とメディアは、面白そうに俺を見ている。
セドナは相変わらず、俺を信じ切った瞳で俺を見つめていた。
「パンドラ殿下は、お若いが、とても強い。俺は罪劫王との戦いのおり、間近でパンドラ殿下の強さを観ました。最前線で闘う力量と資格があります。そして……」
「そして?」
パンドラ殿下が、面白そうに俺を見る。
「『強者は弱者の為に闘う義務がある』。俺は祖父にそう教わりました。王族たるパンドラ殿下は、最前線で闘うべきです。そもそも、後方地帯が安全である保証などありません。魔神がいる限り、この惑星に安全地帯など存在しないのです」
俺は本音を言った。
「せやろ? 英雄ナギ様が言うなら、もう決定やね」
パンドラ殿下は嬉しそうに微笑した。
クラウディアは、目を閉じて、諦めように首を軽くふった。
カイン陛下が、俺にたいして、なぜか尊敬の眼差しを送ってくる。
「でも、ナギ様。ウチは最前線で闘う覚悟はあるけどな。それでも、一応は、うら若き乙女やからね。ピンチになったら、助けたってな?」
パンドラ殿下が、からかうように俺を見る。
「もちろんです。パンドラ殿下は、命に代えても、俺がお護りします。
ご安心下さい」
当然だ。
俺は、5歳児の頃から、爺ちゃんに言われてきた。
『良いかナギ。自分よりも小さな子供が、危機に陥っていたら、命に代えても護れ。それが男だぞ』
男は、子供を護る為なら、死ぬ覚悟をしなくてはならない。
それが出来ないヤツは、どれだけ地位や権力があろうと、『男』ではない。
「……あ、あう……」
なぜか、パンドラ殿下が、俯いて、顔を赤らめている。
どうしたんだろう、快活な彼女らしくない。
「さすが、ナギ様。男らしいです」
セドナが、相変わらず、俺に尊敬の眼差しをむけてくる。
「ナギ……、君は……」
エヴァンゼリンが、小さく首をふる。
「……無自覚なのが、一番手に負えない……」
アンリエッタが、呆れた口調で呟き、紅茶を飲む。
「前にも言ったがのう、そろそろ自覚せんと、女に後ろから刺されるぞ?」
レイヴィア様が、呆れた顔をして、両腕と両足を組んだ。
なぜだ?
俺は、爺ちゃんの教えに忠実に従っただけだ。
それに小さな子供を護るのは、世間一般の常識から考えても、正しいだろう?
「ナギ殿の決意と想いが、伝わりました。そういう事だったのですね」
カイン陛下が、よく分からない言葉を発した。
金髪碧眼の若き皇帝が、温かい笑顔を浮かべている。
「あ、いやカイン陛下、これは違うのです。ナギは、なんというか女性関係や恋愛に、少々、疎いというか、無自覚な面がありまして……」
クラウディアが、慌てて身を乗り出す。
「そうなのですか? まあ、私も恋愛には疎いのですが……。しかし、これはどうみても求愛……」
「いえ、それは違うと思います!」
クラウディアが、ますます慌てて、カイン陛下に言う。
「いや~、またもや、やってしまいましたねナギ様」
メディアが、クッキーをボリボリと食べながら俺に紫瞳をむけてくる。
「やったって何が?」
「今度は10歳の王女様を誑かすとは……。幼女相手だと見境なしですか……」
メディアは、やれやれと金髪のツインテールをふる。
「人聞きの悪い事を言うな」
一体俺が何をしたというんだ?
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