カインとパンドラ王女
黒曜宮全体が鳴動し始めた。
罪劫王ディアナ=モルスの死によって、黒曜宮が、存在する力を失ったのだ。
地震のように室内が揺れ、亜空間が歪み出す。
大気が振動し、ナギ達の肌を打つ。
「亜空間に綻びが出たのう」
大精霊レイヴィアが、あたりを見渡す。
「黒曜宮が、消滅するのですか?」
槍聖クラウディウアが、桜金色の髪の大精霊に問う。
「ああ、術者である罪劫王ディアナ=モルスが、死滅したからのう。これだけの大質量魔導建造物を維持するのは不可能じゃよ。もうじき、完全に崩壊して、消滅するわい」
「それって、大丈夫ですか? 俺たちは巻き込まれて死んだりしませんか?」
緊張した声をナギは出した。
「心配いらぬ。ワシが、お前らを魔法で守りきってやるわい」
大精霊レイヴィアは、微笑した。
「頼もしいです」
勇者エヴァンゼリンが、安堵の色を美貌に浮かべる。
そう話している間も、振動が激しくなり、もはや立っているのも難しい程に、空間の全てが揺れ動いていた。
「『聖浄の揺り籠』」
大精霊レイヴィアが、魔法を唱えた。
青い魔法光が輝き、球体の光が、ナギたちを包み込む。
結界魔法の一種で、球体内部にいる存在を保護する魔法だ。
やがて、轟音が響いた。
同時に、膨大な赤黒い光が弾ける。
「!」
ナギ達は思わず眼を閉じた。
あまりに膨大な光量に、眼を開けている事ができない。
耳を聾する轟音とともに、黒曜宮が崩壊した。
気がつくと、ナギたちは草原地帯にいた。
黒曜宮は消滅し、消滅の衝撃からは、大精霊レイヴィアが守りきってくれた。
ナギは、あたりを見渡した。
黒曜宮に突入する前の風景だ。
ふと空を見上げる。
青空が広がり、太陽が燦然と輝いている。
陽光が、草原地帯に降り注ぎ、風が吹いていた。
ナギは、思わず深呼吸をする。
空気が清らかだった。
間違いなく、黒曜宮の外の世界。
つまり、正常な普通の空と大地だ。
「ようやく出られた……」
ナギが、吐息をつく。
風がそよぎ、草木の匂いがする。
「久しぶりの大地ですね」
セドナが、嬉しそうに大地を足踏みする。
「なんだか、すごく懐かしいよ。本物の土や草の匂いだ」
勇者エヴァンゼリンが、大地に膝をついて、手で土と草に触れる。
ナギも、大地に片膝をついて、両手で草と土に触れた。
草と土の感触が、ナギの手につたわる。
ふと、気付くと、草花があった。
勇者エヴァンゼリンが、嬉しそうにピンク色の花弁にそっと触れる。
灰色の瞳の勇者の顔がほころぶ。
とても楽しそうに草花を愛でる姿に、ナギは思わず見惚れた。
「草花が好きなのか?」
ナギが問う。
「うん。というか、自然が好きなんだ。ボクは元々農民だったからさ。土の匂いや植物が好きでね」
灰金色の髪の少女が、少し恥ずかしそうに微笑する。
「そうか……」
「魔神を倒したら、また作物を育てたいな……」
美貌の勇者の顔に、遠い未来を思い描いた。
「必ず出来るさ。さっさと魔神を倒そう」
ナギが、エヴァンゼリンの肩をたたく。
「うん。そうだね」
美貌の勇者が、いつもの快活さを取り戻した。
その時、馬蹄の音が響いた。
ナギとエヴァンゼリンは立ち上がり、後方を振り返る。
「あの軍勢はなんでしょうか?」
セドナが、優れた視力で、遠方から近づく大軍勢を見た。
「……ずいぶん多い。数万単位」
大魔導師アンリエッタが、赤瞳でこちらに迫る軍隊を見る。
馬蹄の響く音が、地鳴りのように響く。
鋼鉄製の鎧兜を身につけた数万の軍団が動く振動で、大地が揺れる。
「連合軍の軍旗だ」
槍聖クラウディアが、指摘する。
こちらに近づく大軍団は、連合軍の軍旗を掲げていた。
連合軍とは、五つの大国、
ヘルベティア王国
アーヴァンウ王国
エスガロス王国
オルファング王国
グランディア帝国
そして、大陸にある人間族の国家群による精鋭軍だ。
各国の軍旗と同時に、太陽と月を模した連合軍の軍旗を掲げている。
「つまりは味方じゃの。ほっとしたわい」
大精霊レイヴィアは、腕を組んだ。
やがて、大軍団が停止した。
その中から、二つの騎士団が、近づいてきた。兵数は双方とも、3000騎ほどだ。
一つは、グランディア帝国の軍旗を掲げた、純白の鎧兜に身を包んだ騎士団。
もう一つは、ヘルベティア王国の軍旗を掲げた騎士団だ。
「不死隊と、ヘルベティア王国軍か」
ナギが言う。
不死隊とは、グランディア帝国のカイン皇子の直属精鋭軍だ。
総数3000人ほどの少数部隊だが、選りすぐりの猛者だけを集めた部隊で、その戦闘能力は、10万の兵士に匹敵すると言われている。
先頭に、カイン皇子の姿が見えた。
「パンドラ王女殿下もいますよ」
セドナが、明るい声を出す。
ヘルベティア王国の騎士団の先頭には、青髪碧眼の10歳の王女の姿があった。
カインとパンドラ王女が、振り返り、それぞれの騎士団に待機するように命じた。
そして、カインとパンドラ王女は下馬して、歩いてナギ達の元に来た。
「お久しぶりやわ、ナギ様。セドナさん、皆さん」
パンドラ王女が、くだけた言葉で笑顔を咲かせる。
「ご無事で何よりです。ナギ殿」
カインが、端正な顔に微笑を浮かべて、再会を祝す。
カインは握手をもとめ、ナギはそれに応じた。
(相変わらず、気さくな人だ)
と、ナギは思いながら握手する。
「ありがとうございます。しかし、随分、早いご到着ですね。黒曜宮が崩壊して、すぐとは……」
「黒曜宮を遠方より、監視しておりました。ナギ殿一行が、黒曜宮を攻略した後、即座に動けるように軍隊を編成していたのです」
(有能だな)
と、俺は感心した。
カイン殿下は、父親である皇帝カスタミアを亡くしたばかりだ。
それなのに、これだけ迅速に連合軍を統率するとは、並大抵の政治手腕ではない。
最前線に、王女の身ながら来たパンドラ殿下も、傑物だ。
10歳の王女様が、最前線に来たとなれば、将兵たちの士気は奮い立つ。
頼もしい味方が来てくれて、心強さで胸が熱くなった。
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