敗因
ナギは暫し無言だった。
やがて、ローマ帝国至上最高の英雄に語りかけた。
「俺には分からない。だが、多分、魔神に頼った時点で負けていたのだろう思う。少なくとも、全盛期の貴方なら、魔神に頼るようなマネはしなかった筈だ」
ナギが、憐れむような口調で言う。
「そうだな……。その通りだ……」
カエサルは四つん這いの姿勢から仰向けに倒れた。
そして、ナギを見ながら自嘲の笑みを浮かべる。
「全盛期の私なら、魔神に縋って頼るような醜態は犯さなかっただろうな……。覇業は己の力のみで行うもの。誰かの力を当てにして成し遂げられるものではない」
カエサルは自分を軽蔑した。
「この結果は当然のものだな……」
カエサルの顔が急速に白くなる。失血死する直前、人間の顔は白くなるのだ。
やがて、カエサルは死んだ。
ローマ帝国最大の英雄は、目を閉じたまま死体となった。
沈黙が降りた。
カエサルの『黒鎖の拘束』によって、拘束されていた大精霊レイヴィアと大魔導師アンリエッタは自由の身となった。
やがて、メニュー画面が、ナギの脳裏に出現した。
『ナギ様、お疲れさまでした。勝利をお喜び申し上げます』
「ああ……」
ナギは吐息した。
勝利を喜ぶ気分にはなれない。
あまりに疲れ過ぎた。
セドナはまだ眠ったままだ。
こんなに翻弄された闘いは初めてだった。
さすがにカエサルは名将だった。
『カエサルの能力と魔力を《食神の御子》で喰って、奪い取りますか?』
「可能なのか?」
『はい。ナギ様は、大幅にレベルアップしました。神律の諸条件も揃ってきましたので、カエサルの能力と魔力を喰う事ができます』
「では頼む」
『了解です』
メニュー画面が、《食神の御子》を発動させた。
白い光がナギの肉体から迸り、カエサルの肉体を包む。
カエサルの肉体が、光の粒子となった。
そして、ナギの胸に光の粒子が吸い込まれる。
それが終わると、メニュー画面が、
『完了しました。これでカエサルの魔力、そして能力を全て利用できるようになりました』
「便利なスキルだな」
『女神ケレス様のスキルですから当然です。そして、私のサポート能力の偉大さのお陰です。感謝してくれて良いのですよ? ほら、褒めて、褒めて』
「ありがとう、感謝する」
『うわ。素直に感謝されるとは予想外でした。なんか、拍子抜けです……』
「面倒くさいヤツだな、とは言わないでおく」
『言ってるじゃないですか!』
メニュー画面が、ツッコんだ。
相変わらずだな、とナギは苦笑する。
何気ないやりとりだが、気分転換できた。
急速に心の緊張が取れる。
メニュー画面も、分かった上で、俺と掛け合いをしてくれたんだろう。
良い奴だ。
『ナギ様、お疲れでしょう。これより、神界にきて女神ケレス様のもとで休息なさって下さい』
メニュー画面の発言にナギは驚いた。
「神界に行けるのか?」
『はい。ナギ様たちは、多くの魔神の配下たちを倒されました。その功績により、女神ケレス様のもとで神界にて休息が可能です』
メニュー画面によると神々の願いを実行した者には報奨を与える事が可能だそうだ。
つまり神律の枠内で、一定の褒美を女神ケレス様は、ナギ達に与えられるという。
「神律か……。ルールが、複雑で面倒そうだな」
『神々と宇宙の法則ですので、複雑なのは致し方ないかと……。女神ケレス様として歯痒いと思いますよ。もっとナギ様たちを大々的にサポートしたい筈です。ですが、神律を破ると、宇宙が消滅する危険がありますので』
「怖いな……。まあ、女神ケレス様が慎重になるのも分かる」
ナギは肩を竦めた。
そして、仲間達に女神ケレス様のいる神界で休憩できる事を伝えた。
「助かるよ。正直、ボクはもう体力の限界だった」
勇者エヴァンゼリンが苦笑する。
「しかし、神界とやらで休憩する間、この『黒曜宮』から出てしまう事になる。大丈夫だろうか?」
槍聖クラウディアが、疑問を述べる。
時間の経過。
敵の動向。
罠。
様々なモノが気がかりだ。
『ご心配なく、神界にいる間は、この異世界での時間は停止した状態です。つまりタイムラグがなく、この異世界の次元に戻る事ができます』
メニュー画面が、懸念を払拭する。
「つまり、俺たちが神界で休憩する間の時間は、気にしなくても良い。その間、この異世界では時間が経過しない、という事か?」
『その通りです』
ナギは、その事をメンバーに伝えた。
「安心じゃな。セドナの身体も気がかりじゃわい。ゆっくりと休ませてもらおう」
大精霊レイヴィアが、気絶して寝たままのセドナをお姫様抱っこしながら言う。
「……休みたい」
大魔導師アンリエッタが、珍しく弱音を吐いた。
『では、ナギ様たち御一行様を神界にご案内します』
メニュー画面が、そう告げるとナギ達を白い光が包み込んだ。
そのままナギ達は、神界に転移した。




